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第八十六話 理想の瓦解

前回


 椿(つばき)陽子(ようこ)との接触を隠していたことを問い詰められた久住(くずみ)双葉(ふたば)はそれまで溜まりに溜まっていた不満を吐き出し、岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)との決別した。

 一方皇國(こうこく)では神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の集まりの中で宣告された通り、魅継(みつぎ)家の東風美(あゆみ)を除く一族全員が集められ、そして閏間(うるま)三入(みいる)によって皆殺しにされた。

 最寄り駅で車を降ろされた久住(くずみ)双葉(ふたば)は空を見上げ大きく溜息を吐いた。


 終わった……終わらせてしまった……。――スマートフォンの画面に映る麗真(うるま)魅琴(みこと)からのメッセージ受信の通知に、彼女は内容を見ることなく画面をオフにし、ポケットに仕舞った。


 双葉(ふたば)にとって魅琴(みこと)は初めて深く付き合った友人である。

 親の仕事の都合で通う学校が安定しなかったことと、彼女自身の内向的な性格もあって、中々友達を作れなかった。


 いつしか彼女は漫画やアニメにのめり込み、暇さえあれば絵を描くようになっていた。

 そんな彼女は、高校の時、辛い境遇に置かれることになる。

 彼女をそこから救い出してくれたのが、ついさっき決裂してしまった岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)だった。


 ずっと応援してきた二人の恋、それは実った。

 だが、同時に二人とは考え方が変わり過ぎてしまっていた。

 最早二人の友人でいることは出来ない、そう強く感じさせたのが椿(つばき)陽子(ようこ)を巡る一連の出来事だった。


 そんな双葉(ふたば)に、聞き覚えのある声が掛かった。


「あれ? 久住(くずみ)さんじゃん、久しぶり!」


 ぞくり、と双葉(ふたば)の背筋に寒いものが奔った。

 そう、この声の主に良い思い出はない。


 高校の頃の同級生、曽良野(そらの)千花(ちか)

 おそらくは、双葉(ふたば)に対して陰湿な虐め行為を陰で行っていた中心人物。

 それでいて確定的な証拠は(わたる)魅琴(みこと)をしても上げることは出来なかった。


 とは言え、二人との付き合いが始まってから虐めは鳴りを潜めたので双葉(ふたば)自身深追いはしていなかったし、高校卒業後進路も分かれたので、()()()()()()()今の今までは双葉(ふたば)の記憶から完全に消えていたのだが。


曽良野(そらの)さん……。ひ、久しぶり……。」


 双葉(ふたば)はまるであの頃に戻ったかのようにおどおどとした対応しか取れなくなっていた。

 相変わらず、この千花(ちか)双葉(ふたば)の事を見下したような浮かべている。


「今何してんの? まだ漫画家とか目指してるの?」

「ええと、今は……。」


 答えに詰まる。

 何より、千花(ちか)双葉(ふたば)莫迦(ばか)にしていた、見下していた、そしておそらく虐めていた理由は、双葉(ふたば)の絵の「下手の横好き」であった。


 ここで双葉(ふたば)がばっちり成功を収めるか、あるいはその途上を順調に歩んでいれば見得を切ってぎゃふんと言わせられただろう。

 だが、現実は甘くなかった。


「ま、まだ諦めてないんだったら頑張ってよ。(わたし)久住(くずみ)さんの事も応援してるんだから。」

「も……?」


 千花(ちか)の言葉に双葉(ふたば)の顔から血の気が引いていく。

 彼女にとって最も耐え難い現実は、自身の夢が行き詰っていることではなかった。


 千花(ちか)は得意気な笑みを浮かべ、スマートフォンを操作して画面を双葉(ふたば)に見せつけてきた。


「だから久住(くずみ)さんもぜひ応援して欲しいんだよね。今度アニメになるこの漫画、作者は(わたし)の妹だからさー。」

「あ、うん……。青空(あおぞら)千絵(ちえ)……先生だよね……。あの歳で凄いよね……。」


 人気漫画家、青空(あおぞら)千絵(ちえ)、本名、曽良野(そらの)千絵(ちえ)

 実は双葉(ふたば)は彼女とも面識があった。


「あー、そう言えば千絵(ちえ)久住(くずみ)さんってアシスタント仲間だったんだって?」

「うん、まあ……。」

「そっかそっかー。ま、千絵(ちえ)は昔から絵も話作りも上手かったからなー……。」


 千花(ちか)の言葉は露骨に双葉(ふたば)と比較し、彼女の才能の乏しさを貶していた。

 だが、双葉(ふたば)に返す言葉は無かった。

 さっさとこの場を切り上げて立ち去ってしまいたかった。


「あの、曽良野(そらの)さん。(わたし)、もう行くね? 妹さんの事は(わたし)も応援してるから……。じゃ……。」


 双葉(ふたば)はその場から逃げるように立ち去った。

 背中越しに千花(ちか)のあの心底存在を見下した薄ら笑いを想像し、吐き気を覚えながら。

 きっと千花(ちか)からは尻尾を撒いたように見えて可笑しいに違いない。――そう高校時代の苦い記憶と共に反芻しながら……。




⦿⦿⦿




 久住(くずみ)双葉(ふたば)は高校卒業と共にかねてよりの夢であった漫画家を目指し始めた。

 アルバイトの合間に出版社への持ち込みを繰り返し、担当編集の紹介でプロ漫画家のアシスタント業に就くなど、本人なりに手応えのある日々を送っていた。


 だがそれは、後輩アシスタントとして青空(あおぞら)千絵(ちえ)こと曽良野(そらの)千絵(ちえ)が入ってくるまでの事だった。

 才能のある後輩が入ってくる、そのこと自体は双葉(ふたば)にとって大した問題ではなかった。

 周りから凄い逸材が出たからと言って、自分には自分の道があるとは思っていた。

 だが、彼女はよりにもよってあの曽良野(そらの)千花(ちか)の妹だったのだ。


 勿論、千絵(ちえ)は何も悪くない。

 だが、千絵(ちえ)が心底楽しそうに自分には到底描けないような絵を書く度にどうしても思ってしまうのだ。


 この()は自分と同じ目に遭わなかったに違いない。

 つまり、千花(ちか)は自分の事を「絵を描く様な陰気な趣味だから」莫迦(ばか)にして嫌がらせをしてきたわけじゃない。

 だとすればこの妹も自分よりもよっぽど的にされ、こんなに心底楽しそうに描ける筈が無い。


 つまり、自分が千花(ちか)の虐めに遭ったのは、自分が下手糞だから。

 誰と比べてか、最も身近な妹だ。


 千絵(ちえ)との才能、技量の差を思い知る度に、どうしても高校時代の記憶を思い出して辛くなる。

 彼女は彼女、自分は自分と考えはしたものの、それでも千絵(ちえ)だけが成功して自分は夢を叶えられなかったら、それは千花(ちか)の勝ちになるような気がしてしまった。


 それからというもの、止せばいいのにと自分でわかってはいたものの、双葉(ふたば)は何かと千絵(ちえ)と張り合おうとした。

 彼女がSNSでイラストをアップすれば自分もアップし、そのバズり方を比べたりもした。

 そして当然の如く打ちのめされる。


 千絵(ちえ)が賞に投稿すれば自分も負けじと投稿した。

 千絵(ちえ)は処女作が佳作を受賞したが、自分は箸にも棒にもかからなかった。


 自分はこのままじゃ駄目だ。

 生まれてここまで嫌がらせにもめげずにやってきた意味が失われてしまう。


 双葉(ふたば)は日に日に追い詰められていった。



⦿⦿



 ある時、双葉(ふたば)は自分と千絵(ちえ)の差をどうしても知りたくて先輩アシスタントにアドバイスを貰おうとした。

 それが彼女にとって、第二の不幸の始まりだと、この時は思いもしなかった。


「うーん、言っちゃっても良いのかなこれ……。」


 その先輩はかなり躊躇(ためら)っているように思えた。

 だが彼の態度は一方で双葉(ふたば)にとってヒントになるようなことを何か知っているということでもあった。

 双葉(ふたば)はどうしても知りたかった。


「あの、(わたし)、何でも聴きますから是非教えてください。どんなことでも。」

「うーん……。」


 先輩は頭を掻き、そしてポツリと呟いた。


久住(くずみ)さんってさ、ぶっちゃけ顔以外描くの好きじゃないでしょ?」

「え?」


 双葉(ふたば)の中で世界が揺れた。


「あ、いや……。ちゃんと描けてるとは思うよ。ここまでアシスタントとしてやってきた仕事ぶりを見てもそれは間違いない。デッサンもしっかりしている。でも、そこには愛が無いって言うかさ……。」

「愛、ですか? そんなの、わかるものなんですか?」

「わからないならそれは問題だと思わない? 別の言い方をすれば、例えば千絵(ちえ)ちゃん、ああ、もうデビューするから青空(あおぞら)先生って呼ぶべきかな。彼女の絵には『希求力』があるんだ。描き手が何を見せたいか、何で魅せたいかがよくわかる。」


 そう言うと先輩は一枚のイラストを双葉(ふたば)に見せた。

 最近千絵(ちえ)がSNSにアップしてバズった絵の一枚だ。


「これなんか、どう思う?」

「どうって、確かに凄く上手いですけど……。」

「うーん、じゃあさ、リンクの方を踏んでみな? (ぼく)から言えることはそこに全部書いてあるから。あ、これ、皆まで言わせないでくれって意味でもあるからね。」


 リンクされているのは、イラストコミュニケーションサービスサイトの同じイラストだった。

 それを下にスクロールすると、双葉(ふたば)の顔は真っ蒼になった。


「え⁉ ちょ⁉ ええ⁉」

「察してくれたかな? 正直(ぼく)としてはかなりやっちゃった感を覚えて後悔しているよ。だから気を悪くしないでくれよ。後、このことはみんなには内緒にしておいてね。」


 千絵(ちえ)のイラストに付けられたタグは露骨だった。

 双葉(ふたば)から見て、そこには剥き出しの欲望が渦巻いていた。


 先輩が暗に突き付けたもの、それは双葉(ふたば)の絵の「希求力」の不足。

 その希求力の正体、即ち、フェティシズム、エロス。


 双葉(ふたば)眩暈(めまい)がした。

 これが自分と千絵(ちえ)の差なのか。


 絵自体は普段の千絵(ちえ)のイラストと何ら変わりはない。

 だが、一度そういう目で見てしまうともう彼女のイラストはとんでもなく如何わしいものに思えてしまった。


 千絵(ちえ)は心底楽しんでこれらの絵を描いている。

 いつものイラストだ、それは間違いない。


 今の自分には、屹度(きっと)()()()()()を楽しんで描けはしないだろう。


 先輩はそんな失意に暮れる双葉(ふたば)を置き去りにして、そそくさと出ていってしまった。

 彼女にとってそれは、今までにない大いなる挫折だった。



⦿⦿



 その後双葉(ふたば)は、どうにか千絵(ちえ)と自分の差を埋めようとした。

 担当編集や他のアシスタント、それから師匠の漫画家やその仲間達にも相談してみることにした。


 だが、結果は芳しくなかった。

 時には彼女の控えめな体型について露骨なセクハラを受けたこともあった。


 双葉(ふたば)は日に日に精神をすり減らしていき、遂には筆を折って別の道を進むことにした。

 これ以上は保たないと、自分でもよく分かった。

 漫画家の夢は一旦諦め、普通の生活をして落ち着いたら趣味で色々描いてみようと考えた。


 それは「千花(ちか)への負けを認める事」であるとも頭を(よぎ)ったが、それを天秤にかけてもこれ以上の継続は不可能だった。


 そうして双葉(ふたば)は漫画家になる夢に費やした二年に別れを告げ、一年の受験勉強の後大学へ入学。

 嘗ての友人だった魅琴(みこと)から三年遅れ、一年浪人した(わたる)からは二年遅れで大学生となった。


 そしてそこで、双葉(ふたば)は出会った。

 自分の夢を阻んだものの正体を知ってしまった。


 この日本の社会構造に潜む根本的な欠陥が自分を追い詰めていたと、真実に目覚めてしまったのだ。


 世の中に蔓延(はびこ)る悪しき欲望の搾取構造を壊さなければ、自分の夢は報われない。


「『あんな絵』が持て囃されるような風潮さえなければ、自分はあんなに苦しむことなく漫画家になれたのに。」


 そう信じた彼女は、自分の生き方を大きく変えることになる。


 これが久住(くずみ)双葉(ふたば)の、空白の四年間の事実である。

 彼女が武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)に拉致され、岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)と再会したのは、まさにそんな最中のことだった。

 彼女は自分の考えは「社会規範に抑圧され、まだ今は受け容れられない」と考えていた。

 従って、「ちゃんと話せば受け容れられる」と考え、早い内から考えを開示していた虎駕(こが)憲進(けんしん)とは異なり己の考えを隠し通していたが、それでも虎駕(こが)とは考え方の反りが合わず衝突してしまうことになる。




⦿⦿⦿




 家に帰り、ベッドに寝そべっていた久住(くずみ)双葉(ふたば)の電話が鳴った。

 掛けてきた相手は椿(つばき)陽子(ようこ)だった。


「もしもし、陽子(ようこ)さん?」

双葉(ふたば)! 今から会えないか? 頼む、拙いことになったんだ!』


 何やら急を要する様で、陽子(ようこ)の声は随分と慌てている。


「どうしたの、陽子(ようこ)さん? 拙いことって何?」

『この間捕まえた二人の内一人が逃げ出した! (わたし)達の居場所もバレるしアンタが見つかったら狙われる!』

「この前の二人ってあの……!」


 双葉(ふたば)は咄嗟に窓の外を見渡した。

 どうやら尾行らしき人物は見当たらない。


「わかった。場所は(わたし)が指定していい?」

『……とりあえず聞くよ。遠すぎて辿り着けなくても困るからね。』


 その後、場所を伝えた双葉(ふたば)は家族にアルバイトと嘘を吐いて家を飛び出した。

 双葉(ふたば)にとって、陽子(ようこ)は何としても助け出したい人物だった。

 もう自分には陽子(ようこ)しかいない、というのもあるが、何より「父親に自由を奪われ生き方を決められてしまっている。」というのが双葉(ふたば)にはどうしても許せないのだ。



⦿⦿



 二人が落ち合うと決めたのは近くの公園だった。

 陽子(ようこ)を待つ間、双葉(ふたば)は不安で胸が張り裂ける思いだった。

 既に東瀛(とうえい)除丸(じょがん)を飲んでしまった彼女は神為(しんい)が使えず、今敵襲に遭ったら一たまりも無いからだ。


双葉(ふたば)!」


 それだけに陽子(ようこ)の姿が見え、彼女に声を掛けられた時の双葉(ふたば)がどれだけ安堵した事か。

 双葉(ふたば)は迷い無く陽子(ようこ)の方へ駆け寄った。


双葉(ふたば)、アンタ神為(しんい)が無くなってるね……。飲まされたんだね?」

「うん、まあ……。」

「拙いな……。今日は持って来てないんだよ。」


 陽子(ようこ)は辺りを見渡し、敵襲を警戒する。

 そして、彼女は何かを見付けたようだ。


双葉(ふたば)、アンタ着けられたね。」

「え?」


 陽子(ようこ)が見つけたのは根尾(ねお)弓矢(きゅうや)伴堂(ばんどう)明美(あけみ)に依頼した双葉(ふたば)の尾行だった。

 プロフェッショナルである彼らは流石に双葉(ふたば)には気付かれなかったものの、陽子(ようこ)の目は誤魔化せなかったらしい。

 陽子(ようこ)は目線で人数を数え、そして考え込む。


「参ったな……。これじゃ向こうに帰ることは出来ない……。」

陰斗(かげと)君は今、どうしてるの?」

「親父の所さ、相変わらずね。親父は今、陰斗(かげと)のことをあまり自分の手元から離そうとしない。何時でも追い掛けられる術式を持っていた逸見(へみ)さんもいなくなっちゃったからね。」

「そう……。」


 双葉(ふたば)は今、陰斗(かげと)の身を案じる陽子(ようこ)の態度を少し煩わしく思っていた。

 彼女から見て、陽子(ようこ)は父親だけでなく弟の陰斗(かげと)にも縛られて見えた。


 陰斗(かげと)君なんて放っておけば、全部解決するのに……。――頭の中にそんな考えが過る。


 だが、そんなことを口に出せば陽子(ようこ)との関係も終わりかねない。

 双葉(ふたば)にとって、自分を頼ってくれる陽子(ようこ)は失えない最後の友人だった。


陰斗(かげと)君って、確か陽子(ようこ)さんの所へ飛んで来れなかったっけ?」

「ああ、まあね。でもそれには親父が『支配』を解かなきゃいけないんだ。」

「支配?」

「親父の術式神為(しんい)の一つさ。支配下に置いた者の神為(しんい)を自由に使える。逆に、支配されてしまった者は神為(しんい)を自由に使えなくなってしまうのさ。陰斗(かげと)は基本、親父の手元で支配下に置かれているからね……。」


 陽子(ようこ)の表情に悔しさが滲む。


「親父の奴は今、おかしくなってしまっている。何か新しい力に目覚めたらしい。それで前以上に冷静な話し合いが通じないんだ。」

「そんな……。それじゃあ陽子(ようこ)さんは一体どうするの? そんな状態のお父さんと運命を共にするなんて……。」

「勿論、真っ平だ! だが、勝てないんだよ(わたし)じゃ親父には……!」


 頭を抱える陽子(ようこ)を見て、双葉(ふたば)はまるで自分の事の様に胸を締め付けられた。

 自分ではどうしようもない力の差と環境に苦悩する姿が他人のものとは思えなかった。


陽子(ようこ)さん、このままじゃ……。」

「わかってる。一旦、いくつか確保してある隠れ家の内の一つへ二人だけで行こう。後の事はそれから考える。暫く付き合える?」

「うん、勿論だよ。」


 双葉(ふたば)陽子(ようこ)はとりあえず場所を移動した。

 この時漸く、双葉(ふたば)は自分の背後で何やら気配が動くのを察した。


「ごめんね陽子(ようこ)さん。(わたし)が鈍いばっかりに……。」

双葉(ふたば)が謝る事じゃないさ。無理を言っているのはこっちなんだから。迷惑かけて(わたし)こそごめん。」

「そんな、迷惑だなんて……。」

「とりあえず、向こうについたら親父に連絡する。逃げた一人、牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)を捕まえるように言われてるんだ。『一人では無理そうだから、応援に陰斗(かげと)を寄越してくれ。』って伝えてみるよ。」


 陽子(ようこ)に先導され、双葉(ふたば)は夜の闇を走る。

 道に沿って流れていくライトがなんだか双葉(ふたば)にはとても美しい光の芸術のように思えた。

 その先に待ち受けている運命を、彼女はまだ知らなかった。




⦿⦿⦿




 狭く、簡素なアパートの一室。

 だがその扉は異様な邪気を放っていた。

 中に人がいるのは察せられるが、同時に良からぬことが行われているようにも思える。


 何かに怯える若い女の声と、高圧的な壮年男性の下卑た太い声がする。

 バチン、と大きな音と共に、女の甲高い悲鳴とのた打ち回る音がする。


 女は何かを強要され、少しでも逆らったり機嫌を損ねたりすると罰を与えられているらしい。


 部屋の中で行われているのは、そんな邪悪な調教であった。

 中にいるのは男が二人、女が一人。

 壮年の長身男性がどうやらこの場を支配しているらしい。

 小柄な青年は感情の無い死んだ魚の様な眼で女を見下ろしている。


 そして若い女は怯えながらその碧眼で二人の男を見上げていた。

 へたり込んでいなければその身長は恐らく小柄な青年よりも高いであろうが、その肉付きの良い抜群のスタイルを持った白く美しい裸体を(すす)塗れにした彼女は明らかに逆らう気力、心が折れていた。


 皇國(こうこく)新華族の一角、別府幡(びゅうまん)家の令嬢である彼女黎子(れいこ)は今、下劣な叛逆者の虜囚となる辱めを受けていた。


「お願い致します……。もうお許しくださいませ……。何でも……何でも言うことをききます故どうかこれ以上は……。」

「そうかね。(ようや)く素直になって来たようだねえ……。」


 髭を蓄えた口元を歪ませて笑う長身の痩せた男は道成寺(どうじょうじ)(ふとし)椿(つばき)陽子(ようこ)の父にして武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の首領である。

 そしてどうやら彼女に仕置きしているのはその隣に控えている青年、椿(つばき)陽子(ようこ)の双子の弟である道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)であった。


「どうか……どうか……。」

「まあ、流石に自らの神為(しんい)を自由にできないとあっては素直に従う他無いよねえ? 逃げ出したお友達もじきに陽子(ようこ)が見つけ出すだろう。その時はあの牧辻(ひらつじ)家の娘にもあれこれ仕込んでやらなくては……なあ陰斗(かげと)……。」


 陰斗(かげと)は答えない。

 だが、その冷酷な眼差しは父の指示があればいつでも放電により彼女らに苦痛を与えるということを物語っていた。


「素直になってきたことだし、まずは服従の誓いでもして貰おうかね。新華族、別府幡(びゅうまん)家のお嬢様?」

「服従……? 誓い……?」

「何、簡単なことだよ。地べたに額を擦り付けて、我輩(わがはい)に絶対服従する誓いを立てるのだ。」

「そんなっ……!」


 次の瞬間、父親の合図とともに陰斗(かげと)の手から電撃が放たれ、黎子(れいこ)は悲鳴を上げた。


「ひぎゃああああっっ‼」

「この程度の事で一々息子の手を煩わせないでくれ給え。素直になったと思ったが、もう少し調教を継続しなくてはならんようだね!」

「ごめんなさい‼ ごめんなさい‼ 誓います‼ 誓わせて頂きますからぁっ‼」


 黎子(れいこ)は泣きながら懇願し、額を床に擦り付けた。

 所謂(いわゆる)完全なる屈服の姿勢、全裸土下座である。


「さあ、誓いを述べたまえ。言っておくがこんなものは序の口だよ。何せ君には、我輩(わがはい)の子をたくさん産んで貰わねばならんのだからね。」

「こ、子供をっ……⁉」


 黎子(れいこ)は肩を震わせる。

 これから自分の身に降り掛かる災禍に身を竦めていた。


「ほら、早くし給え。それともまだ電撃が足りないかね?」

「い、いいえっ‼ 誓います‼ (わたくし)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)様に絶対の服従を誓い、一切逆らうことを致しません‼ どうかこの(わたくし)の罪深き肉体を存分に革命のお役に立てるようご活用くださいませ‼ どうか道成寺(どうじょうじ)様の元気なお子様を沢山産ませてくださいませ‼」


 黎子(れいこ)の必死の、哀願にも似た宣誓を聞いた首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は身の毛のよだつ様な(おぞ)ましい高笑いをあげた。

 屹度(きっと)彼は今、自らの支配欲を満足の絶頂に高めているのだろう。


「実にいい誓いだ。そう、(きみ)は罪深い存在なのだ。わかるね、新華族のお嬢様?」

「はい、ヤシマを倒す協力をして済みませんでした。」

「そんな(きみ)の一族の罪も、我輩(わがはい)の子であり親となる息子を産むことで清めることが出来る。有難く思い給え。」

「はい……。黎子(れいこ)は果報者で御座います……。」


 新華族にとっての誇り、それは国家奪還への功績を認められ、神皇(じんのう)自らの意思によって貴族に取り立てられたことに他ならない。

 それを汚されることは、黎子(れいこ)にとって途轍もない屈辱であろう。


 そんな黎子(れいこ)に追い打ちを掛けるように、首領(しゅりょう)Д(デー)は更に下劣な要求をする。


「では、黎子(れいこ)君。今度は我輩(わがはい)の足の裏を舐め給え。」

「え……?」

「……陰斗(かげと)。」


 再びの容赦の無い通電。

 黎子(れいこ)には刃向かうどころか僅かな躊躇(ためら)いすらも許されなかった。


「ごめんなさい……。舐めさせていただきます。」

「うむ。丹念に、感謝を込めて舐めるのだよ?」

「ふぁい……。」


 首領(しゅりょう)Д(デー)は椅子に腰かけると素足を黎子(れいこ)に突き出した。

 黎子(れいこ)は一瞬、臭いが鼻についたのか顔を顰めたが、それでも再びの通電は避けたいらしく水音を立ててこの男の足の裏を舐め始めた。

 その青い両目からは涙が零れ落ちていた。


「今後は我輩(わがはい)の事は首領(しゅりょう)Д(デー)、首領様と呼びなさい。」

「ふぁい……。」


 その小さなアパートの一室は悪徳が支配していた。

 そして締め切られた窓の外では一人の少女が息を潜めていた。


黎子(れいこ)……待ってて。すぐに助けるから……。」


 人形の様に小柄な少女、牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)はその長い銀髪を靡かせてその場を颯爽と去って行った。

曽良野(そらの) 千花(ちか)

西暦2003年(皇紀2663年)4月9日生

身長 164㎝

3サイズ B85W58H87

血液型 O


青空(あおぞら) 千絵(ちえ)曽良野(そらの) 千絵(ちえ)

西暦2005年(皇紀2665年) 11月3日生

身長 154㎝

3サイズ B91W57H88

血液型 AB


次回更新は、11月6日㈯

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