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003  作者: Nora_
9/27

09.『信用』

読む自己ー

 居残り練習をすればするほどあのボールへの愛着が上がっていってしまった。

 今だってそれしか使わずシュート練習をしてしまっている、……どうしたらいいのか。


「やっほー唯!」

「え……ど、どうして……」


 誰だろうか、名前呼びをするということはある程度の仲だろうが。


「それで君が高橋君ね、やっほー!」

「や、やっほーです」

「やだなー敬語なんていいよー、だって同い年なんだよ?」

「あ、そうなのか?」


 だったら敬語を使うなんて馬鹿らしい。

 確かに敬語は丁寧ではあるものの、線を引いているようなものだからだ。


「あらら……居残り練習しているのに結局大好きなボール使っちゃってるの?」

「う、うん……やっぱりこれが1番良いから」

「それじゃあせっかく高橋君が付き合ってくれてるのに失礼でしょ?」

「うっ……」

「いや、俺は浅見の綺麗なシュートが見られればそれで良いけどな。ま、あんたが言いたくなる気持ちも分かるけど、どうせなら違うボールでもそれが見えるようになりたい。というか、俺らだけじゃなくて皆に知ってもらいたいんだよ、浅見はこんな綺麗なシュートが打てるんだってことをさ」


 飼い殺しされているような今の状態は勿体ないと言う他ない。

 それに独占したいわけじゃない、寧ろ彼女が知られれば知られるほど鼻が高いというものだ。


「ふーん、べた褒めだね、仲は長いの?」

「今週初めて話し始めたばっかりだな」

「それなのにそういうこと言えちゃうんだ~もう1人の高橋君じゃないのに」

「友達に変なのが付いて心配ならストレートにそう言えよ、それに言うなって伝えてくれれば俺だってもう2度と言わない」


 なかなかどうして恥ずかしいし、どうせこう言ったところで浅見には届かない。

 ドキドキしながら頑張って褒めているのに真の意味を理解してもらえないのは辛いと分かっていたから。


「いや~言っても良いんだけど~どうせ唯には届かないよ~?」

「だろうな、この短時間でよく分かったよ」


 彼女にはシュート練習をするよう促して2人で喋る。

 つか誰だよこの人は、どれくらい実力なんだろうか。


「なあ、浅見はレギュラーになれると思うか?」

「うーん、他のボールに慣れない今では無理かな~」

「……友達としてなれる! とか言ってやらないんだな」

「だってそんなの無責任でしょ? 大体、私はレギュラーでどうでもいいもんね」


 自分さえ良ければいい、ね、これも当たり前の思考だから間違いとは言えない。

 ただ、こいつのことは好きになれそうになかった。

 だって目の前で頑張っている人間を見ながら言うなんてどうかしているから。


「大体さ、大して知識もない人間が居残り練習強要するほうがおかしいと思うけどね」

「ああ、正論すぎて言い返せないな」

「唯は部活で人一倍頑張っているの、オーバーワークをさせないで」

「心配しているなら素直に言えよ」

「……恥ずかしい……」


 友達を心配することが恥ずかしいなんてどうかしてる。

 俺は1階に移動して飲み物を買ってきた。


「ほら」

「え? わ、私は動いてないけど」

「浅見にだけ渡したら何か特別扱いしているみたいに感じられるだろ、は、恥ずかしいんだよ」


 名前も知らない彼女は「あはははっ」と笑い出したので無視して浅見に近づく。


「ほら、水分補給しろよ」

「あ、ありがと……」


 ありがとうはこっちのセリフであとはごめんも言わなければいけないんだけどな。


「悪かったな、大してアドバイスもできなくて」

「いや……そもそも1人で残るのと怖いし……夜遅くに帰るのも怖いから送ってくれるの……嬉しい」

「まあ女子だしな夜は怖いだろ、何なら俺だって震えながら帰ってるぞ? 後ろにおじさんが来たりすると俺の尻狙ってるんじゃ? もしかしたら殺されるかもしれないっていつも不安だからな」

「……あなたは男の子なんだからもっと強くならないと」

「だから浅見が横にいてくれると落ち着くよ、浅見の笑顔を見ると真冬なのに暖かくなるからな」

「でも怖いんでしょ?」


 怖いのはあんたのスルースキルだ!

 あともう少ししか余裕がないので続きをやらせて戻ろうとしたらさっきのがいなかった。

 何も無言で帰らなくていいだろうに、とは思いつつも壁に背を預けて少女を眺める。

 シュートが綺麗というのも確かだが、純粋に好きなバスケに向き合っている彼女が綺麗で……雰囲気に惹かれているのかもしれないと俺は感じて、慌てて目線を逸らしたら――


「ガン見しすぎじゃない?」


 俺の頬に指先をめり込ませつつ彼女は笑っていた。

 バスケ部員だからか爪はちゃんと切られている上に整えられているから痛くはない。

 彼女はそれをやめて思いの外真面目な顔でこちらを見る。


「私、本当は唯みたいに試合に出たいわけじゃないの。ただ純粋に友達や先輩と楽しくバスケができればそれでいい……でもさ、部活動ってどうしても一生懸命になるものでしょ? 結構この部って強いほうだしギスギスしたものになるの。それで……唯みたいに本番で弱い子は……」

「悪く言われがち、か」

「うん……私が1番恐れていることはあの好きなボールを使っている時でも笑顔が消えちゃうこと、あんなに試合に出たい子がずっと出られなかったら多分……」

「それは多分ないから安心しろ。人一倍頑張ってるんだろ浅見は、だったらその後にこうして好きなボールに触れさせておけば折れないだろ。そもそも折れそうになっても俺がやめさせない、俺はもう浅見のシュートに惚れてるからな」

「……シュートにだけ?」

「ああ、あとはあの笑顔か」

「じゃあ唯のことが好きなんじゃん」

「違うよ、そんな簡単に人を好きになれない、だって俺はもう1人の高橋じゃないからな」


 彼女は俺とそういう意味でいるわけじゃない。

 何を言っても響かないことがこんなに心地良いことだとは思わなかった。

 彼女が一生懸命になってくれるだけで、こうして付き合うことを嬉しいと思える。

 バスケをしている彼女が好きだと言うだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 向こうだって変な感情は抱いていない、それなのに変な勘ぐりをすることは失礼なことだ。


「あ、20時だね、帰らなくちゃ」

「片付けたら送るから待ってろ」

「いいよ、唯だけ送ってあげて」

「流石にできない、いいから黙って待ってろ」


 で、体育館を後にして夜道を歩いていたわけだったのだが。


「隣の家ならどうして遠慮したんだよ」


 どうやら浅見の家の隣だと分かってつい言ってしまった。

 名字は島村らしい。


「……じゃあね」

「まあいいや、じゃあな島村」

「ど、どうして名字を……」

「表札に書いてあるだろっ」


 ストーカーみたいに言われてしまうと困ってしまう。

 もう送ったので戻ろうとすると中に入ったはずの浅見が突っ立っていた。


「どうした? 俺が言うのもなんだけど体休ませろよ」

「高橋……」

「何だよ?」

「……私の笑顔に惚れてるの?」

「ぶっ!? ……ごほごほっ! ……おぅぇ……き、聞こえてたのかよっ」

「だって静かな空間だし高橋の声大きかったし。言っておくけど、そういうつもりでいるわけじゃない」

「分かってるよ、寧ろお前からそう言ってくれて嬉しいぜ。じゃあな、風邪引かない内に入れよ」


 そういう感情は誰にも抱いていないし変な勘違いされなくて良かったと思う。

 何よりもしっかりと鈍感な浅見にも届いてことが嬉しかった。

 純粋にバスケをしている時のお前だけが好きなんだよってな。


「にしても……どうして笑顔の方をチョイスするかねー」


 笑顔はおまけみたいなものだ、あれを見ていると思わず自分もしたくなるというだけなのに。

 届いてくれた嬉しさはあったが、また1歩彼女のことが分からなくなっただけだった。




 温かいお風呂に入って鼻から下を湯船に沈める。

 本当は何もかも聞こえていて恥ずかしくて仕方がなかった。

 大好きなボールに触れていてもどこか気分が落ち着かなくて今日は沢山外してしまった。

 本人が近くにいる状態で言うことではとてもない。

 彼や島村ういは言ったところで届かないなんて言ってくれていたけど、それは真実ではない。

 私にだってそう言われて喜ぶ心はあるし、心のない悪口で痛める心もある。

 勘違いしなかったうえに冷静でいられたのは、彼がそういうことを誰にでも言える人って分かったから。

 いきなり初対面でシュートに対してであったとしても「綺麗」なんて言うのはおかしいだろう。


「唯ー」

「あ、憂、どうして毎晩こっちでお風呂入るの?」

「良いでしょ~よけてよけてー」

「せめて洗ってよ……」


 私が欲しいレギュラーの権利を持っていて試合に出たくないなんて贅沢がすぎる。

 けれどどうしていきなりそんなことを彼に言ったんだろうか彼女は。

 意外とガードが軽くて男の子から求められてもすぐに拒むくらいだったのに。


「……高橋君さ、良い人だね」

「付き合ってくれるのは嬉しいけど、多分他の子と一緒で下心あるだけでしょ」

「そうかな~? 私はそう思わないけどな~」

「綺麗とか惚れたとか簡単に言える人は信じられない」


 それでは他の子と一緒だ。

 大体、私は初動であんな偉そうな態度を取ったのに夜時間を使って付き合うとか有りえない。

 寧ろなにもないほうが怖い、なにも見えないほう怖い。

 その点、この子は下心を持って近づいて来ているんだなと分かる彼は扱いやすかった。


「そういえば高橋君って最近佐藤さんと一緒に暮らしてるみたいね~」

「え……」


 佐藤さんってあの彼と一緒のクラスで綺麗で巨乳ですらっとしてて身長も高い?

 ……やっぱりよくない人だっ、きっと弱みを握って家でいけないことをしているに違いない!


「憂、あんまり高橋に近づかないで」

「唯はどうするの?」

「……1人で居残りする」


 怖いけど習得のためには仕方のないことだ。

 駄目だ、一旦悪だって考え始めたらあの優しそうな笑顔すら邪悪のようなものに感じた。


「明日金曜日だしお礼を言って終わらせる」


 そもそもいたところでなにかを言ってくれるわけでもないし1人で十分だろう。


「……わざわざ夜まで残ってくれた人を疑うの? 私達は部活があるからいいけど、高橋君は部活動をやっていないし放課後から20時まで残ってくれてるんだよ?」

「え……そ、そうだけど……簡単にああ言う男の子は嫌い」

「……そっか、じゃあちゃんとお礼言って終わらせないとね」

「うん……」


 憂にこうして言われるとは思わなかったから最後まで落ち着けなかった。




 翌日のお昼休み、彼の教室を訪れた。

 ぐるりと見回して佐藤さんとあの七瀬さんとも一緒にいる彼を見つけて近づく。


「高橋、ちょっといい?」

「ん? おお浅見か、いいぞ」


 彼を廊下に連れ出したら何故か七瀬さんも来てしまったけどどうでもよかった。


「どうした?」

「今日までありがと、今日からは1人で練習するから、ううん……女の子に簡単に綺麗とか惚れたとか言う子は信じられないし嫌いなの」

「……そうか、まあ信用できないなら一緒にいない方がいいよな、ありがとう、言ってくれて。茜、戻ろうぜ」


 私はポケットに手を突っ込み入っていた財布をぐしゃりと握りしめる。

 なんで他の子と違ってあっさり引き下がってくれたのにそれが不満だと感じているんだろう。

 どうして人気者の佐藤さんや七瀬さんと一緒にいるのに協力してくれたんだろう。

 美人や可愛すぎるに飽きたから私で暇つぶしをしてたってこと?


「茜?」

「言を悪く言う人間は許せない」

「違うだろ、俺が軽薄だったんだろ多分。浅見は悪くない、余計なことしたら関わるのをやめる」

「うっ……ごめんなさい」

「いいから戻るぞ、浅見も早く教室に戻れよな。あ、近くで浅見のシュート見られて良かったぜ」

「待って!」


 いや、呼び止めてどうするの……。

 高橋は七瀬さんを教室に戻らせて「少し歩くか」と言ってくれた。

 半歩遅れて歩きつつどうしたものかと頭を悩ませる。

 嫌いとか言ったのにどうして……。


「バスケ以外に好きなことはないのか?」

「だ、だから……そういうつもりでいるわけじゃない」

「は? 浅見からすればこんな質問もそういう意味でのそれに感じるのか? ま、自由だけどさ」

「ど、どうせ、男の子なんて下心があって近づいてる」

「そうかもな、見返りもなくて協力できるような紳士じゃないよ俺だって」

「そ、その割にはなにも求めてこなかったけど……」

「浅見のシュートと笑顔が見られればそれで十分だった、バスケをしているお前が好きなんであって、バスケ以外の時のお前は別に興味もないな。好きとか嫌いとかいう領域にすら立っていないんだよ」


 興味ない……嫌いって言われるよりもよっぽど辛い言葉かもしれない。

 そのバスケすら上手くいかなくて迷って練習してやっぱり上手くいかなくて引っかかっているのが現状。

 つまりバスケがなくなったらなにも私に価値はないし、興味すら抱かれない意味のない人間。

 助かった、だったら死にものぐるいでバスケを頑張るしかない。


「悪かったな、俺はもう1人の高橋じゃないから上手くアドバイスもできないし不快な気分にしかさせないんだろ、俺だって初日の夜に何やってるんだろうって思ったからな。助かったぜ、浅見が言ってくれなかったらダラダラと続けて余計に邪魔してしまうところだったからな。ふぅ、ありがとな、じゃあ戻るわ」




 俺は黙ったままの彼女と別れてトイレに行ってから教室に戻った。

 あのシュートと笑顔を近くで見えないのは残念だが、これで待つのと寒い夜道を歩かなくて済むわけだ。

 にしたって「嫌い」は堪えるなあ……。

 蓮ならどうやったんだろうか。

 シュートもドリブルもディフェンスも上手かった彼ならもっと彼女のためになれただろうな。

うーん、でも女の子だからある程度は自分を守らなければいけないしね。

急に親身になってくれても怖いか。

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