07.『高橋』
読む自己ー
昼休み、廊下を歩いていると嫌な――格好良い顔を見つけてつい微妙な顔になってしまった。
俺はさっと視線を逸らして通り抜けようとしたものの、気づかれてしまい肩をぶつけられてしまう。
「いったっ!? おいっ、どこ見て歩いてんだっ?」
「……昔から変わらないなその癖」
「ははっ、悪い! ……久しぶりだな言」
向こうはニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべていた。
当たり前だ、全て俺が勝手に嫉妬して悪いように考えていただけなのだから。
もう1人の幼馴染“高橋”蓮は「おいおいそんな顔するなよー」と苦笑していた。
俺が彼を妬んだ理由は、いっつも「あっちの高橋君とはやっぱり違う」言われ続けていたからだ。
「そういえば最近小耳に挟んだんだけどさ、佐藤さんと一緒に住んでるって本当か?」
ドキリとした……いやまじで本当にどこからバレたんだろうか。
尾行していた奴がいて好き勝手に広めてくれたんだとしても、止める権利は存在していないが。
「葉の様子がおかしいことを勘づかれてな、少し前から」
「……葉ちゃんの様子がおかしかったのって、俺のせいだろ?」
「……いや、俺が悪いことをしたからだよ」
好きになった人間に告白できる権利があるように、告白された人間が断る権利だってあるのだ。
蓮は間違ったことはしていない、俺があの時彼女を叩いていなければあそこまで歪むことはなかった。
「言はさ……好きな子とかいないのか?」
好きな子か……昔から常に近くに彼がいたものだからあまり自信が持てなくて、女の子が告白してきた時なんかも素直になれなくて振ったこともあった。
違う、体育館裏とか2人きりの場所に呼び出されて「好きなんです、もう1人の高橋君が!」と言われ続けた結果、本当の告白でさえ信じられなくなってしまったわけだ。
どうしてそれを俺に言うんだろうかと悩み続けてもそれは止まらなくて。
それでも何回も繰り返されている内に俺は分かってしまった。
俺が“もう1人の”高橋じゃなかったから、そして俺が蓮と中学時代はずっと一緒にいたからだと。
「美人や可愛い子は多いけどさ、好きになっても向こうは向いてくれないだろ」
細かいことを言えば告白してきた時に「そういうつもりであなたといたわけじゃない、もう1人の高橋君と近づくため」と言われたことがあったから、どうしても積極的になれないまま時間が経過してしまった。
「魅力的な子は確かにいてくれてるよ側に、茜とか凛とかまあ葉とかもな。だけどそこ止まりだ」
中学時代ほぼ喋らなかったことは本当で、蓮のところに葉と茜が行っていたことも本当だ。
先日、凛が抱いていた疑問は正に俺がずっと抱えてきた悩みだった。
自分には冷たいのに格好良いには媚びるのか、と。
「そういえば蓮、葉が「裏切られた」って言ってんたんだけど、どういうことなんだ?」
「ああ……それはな……実は巨乳物のえっちな本を持っていることがバレたからなんだ」
「えぇ……」
じゃあ振られたんじゃなくて振ってきたのかよ葉……しかも幾ら貧乳だからって趣味嗜好に嫉妬するなんてどうかしているし、その状態の彼女を叩いてあれが起きたと思うと凄く馬鹿らしく思えた。
「言はどっちが好きだ?」
「好きになった女の子のならどっちでも良いけどな」
「茜ちゃんが1番仲良いよな?」
「まあ今のところはな、茜は何考えているのか分からない時があるから微妙だけど」
よく分からないことを言うし可愛らしい笑顔を見せてくれたと思ったらすぐに不機嫌になったりする。
求められれば凛にできないようなこともするが、そこに恋愛感情というものはない気がした。
そこで予鈴が鳴って蓮と別れた。
やはり彼は悪い人間なんかじゃない、悪いのは妬むことしかできなかった自分であって。
難しいなと俺は内心で呟きつつ、教室へ戻った。
6時間目に合同体育があって体育館に集まっていた。
合同体育と言っても集団で1つのことをするわけじゃない。
バスケをしたりバドミントンをしたりバレーしたり休憩したり談笑したりと実に自由な時間だ。
「ふぉぉっ」
「……うるさいぞ茜」
「だ、だって、言と一緒に授業を受けているんだよっ?」
「初めてじゃないだろ」
シャトルをラケットで打ちつつ受け答えをする。
茜か……確かに可愛いしこうして可愛気のあることも言ってくれるが……。
「とりゃあ!」
「は、速えって!」
その全てが顔面狙いというのはなんとも怖いところだ。
俺が打ち返せなくて拾おうとした時のこと、茜に近づく1人の男子がいた。
その男子はどうやら自分とやらないかと彼女は誘いに来たらしい。
「茜、ほら」
「え……言は?」
「ちょっと休憩……」
シャトルを打ち渡して体育館の壁に背を預けて腕を組む。
華麗なアタックを決めて注目を集めている凛と同じように茜も人気なのだ。
そしていちいち俺に拘らず男女の相手を務めることからも、彼女が俺に対する恋愛感情がないと分かる。
それでいいのだ、今のこの絶妙な距離感が心地良かったから。
ぼけっと全体を眺めているといつの間にか休憩となった凛が正面から近づいてきた。
学校で見る彼女は綺麗で優秀で人気で頭良くて本当に自分と同じ生物だとは思えないくらい差がある。
「ご飯だってきちんと食べているのだしもっと活発的になったらどうなの?」
憂えていることはもうないでしょうと彼女は言いたいのだろうか。
「無茶言うなよ……誰かのマッサージを夜遅くまでさせられて理性を保つのに精一杯の毎日だからな」
「あら、まるで嫌、みたいな言い方じゃない」
「そうじゃないって……俺だって健全な男なんだぞ? 狼になったらどうするんだって話だよ」
何故そこで穏やかな笑みを見せるんだ……。
「ねえ言君、あなたは私に好きでもない男に触れさせられる方が強いって言っていたわよね?」
「ああ、言ったな」
「言っておくけれど、これまでほいほいと触らせてきたわけじゃないわよ? 寧ろ男の子から積極的に距離を置こうとすらしていたわ」
「なら何で俺は?」
自分だけが特別なんて自惚れることはしない。
それでも馬鹿な男心が期待してしまうのは抑えられなかった。
「そうね、初対面の時に土下座したからかしら。お礼も謝罪もきちんとできる、下心を持って接してきていない、からかしらね」
「いやそれは早計なんじゃないのか? 実は今だってその胸に触れたいから気に入られるように発言を選択しているだけなのかもしれないぞ?」
「すぐに言い訳をしないところが、私があなたを信じられる要素の1つね」
凛も茜と一緒で無防備というか考えなしというか……簡単に男なんて信用するべきではないのだ。
相手に好かれるためなら誰だって礼も謝罪もできる、するだろう。
それに結局いつまで一緒にいても相手が本当に下心を持っていないか、なんて分からないのだから。
「いやだから俺はお前の胸を……」
「じゃあ触ればいいじゃない、いつものお礼よ」
腕組をしていた俺の片腕を掴んで指を自分のに当てる――
「ば、馬鹿っ、周りにいるんだぞっ?」
「ふふふふひゅ……げほげほっ……んんっ、ふぅ……そういうところ、よ」
勿論、完全に触れる前に離せたから良かったものの、誰かに見られていたらどうするつもりなんだ!
「むせるくらいならするなっ」
「違うわよこれは、変に笑ってせいで……ちょっと……」
「もう2度とするなよっ! ……あ、ほら、呼んでるぞお仲間が」
「行ってくるわ」
俺は倉庫から1つバスケットボールを取り出してシュートをしてみた。
……意外と綺麗な音を立ててリングを通過したことに気を良くしていたのが悪かったのかもしれない。
「きゃっ……」
「えっ?」
跳ね返ってきたボールをその場から動かずキャッチしたというのに、どうしてか女の子とぶつかった。
「ちょっと! 危ないでしょ!」
「え、あ、わ、悪い……」
何だこの少女は、俺の前で仁王立ちをしてこちらを睨んできてくれているようだが……。
「も、もう、いいか?」
「駄目よっ、それは私のボールよ!」
「は?」
「私がそれを使いたいって思ったんだから、私のに決まってるじゃない!」
中身ジャイ○ンかよ!
うーん、あんまり女の子出すと収拾が……。