06.『自覚』
読む自己ー
あれから1週間が経過し物凄く凛は家に馴染んでしまった。
最初は微妙だった葉も今では本物の姉と過ごしているみたいに楽しそうにしていた。
それはいい、葉が笑えているのならそれに越したことはない。
しかし、これまた問題がないというわけではなかった。
あいつは美人なくせに全然自覚がなくて風呂から出たら平気で下着姿で出歩いたりする、トイレだって鍵をかけないで利用したり、夜ふかしして髪の手入れをこちらにさせたりと、案外だらしなくてどうしようもない女の子だった。
「ん……気持ち良いわ」
肩を揉まして紛らわしい声を出すのも問題と言えるだろう。
現在時刻は22時を超えている。
それなのに部屋に2人きりはよくないはずだと説明したのだが。
「家族みたいなものじゃない、気にする必要はないでしょう?」
なんてかわされてしまい今に至る。
「なあ、下着姿で出歩くのやめてくれないか? 正直、目の毒なんだが」
「綺麗だからいいじゃない、手が止まっているわよ」
「これに従う俺のメリットは?」
「そうね、私と話せるし近くにいられるわ」
「それだったらいつもしているだろ? それ以外がほしいんだよ」
動くからには見返りがほしい。
何でもかんでも求めずやる聖人というわけではないのだ。
「そうね、なら1日に1度は抱きしめてあげるわ」
「いや、そういうのを求めたわけじゃないんだよ。なんつうかさ、弁当を作ってくれるとかで良いんだ」
「でも、あなたが求めているのは葉ちゃんのお弁当じゃない、抱きしめる以外では思いつかないけれど」
下心を持っているとは思われたくなかった。
というか茜以上に恋愛対象として見られない女の子と始めて会ったのだ正直。
綺麗だけどそれだけというか、綺麗だからこそ粗が目立つというか……。
「仕方ないわね、それじゃあこの胸を触らせてあげるわ」
「もういいわ、肩揉んでやるから黙ってろっ?」
これからも葉をサポートしてもらうつもりだし、それでもう貰っているということにしよう。
10分くらい肩を揉んで次は背中のマッサージに移行する。
「ひゃ……冷たいわ」
「あ、悪い」
もう1度言うが現在は22時を超えているわけだ。
そこで静かな部屋に響く彼女の少し卑猥な声。
下心を持っていない、抱けない状況であったとしても、男だから影響を受けてしまう。
「あっ……」
「これいつもやってもらってたのか?」
「そうね……ん……母親にしてもらっていたのよ」
「だったら葉に頼めよ」
「やってもらったけど……んん……少し力不足だったのよ」
この変な痴女に近づいてほしくないし好都合だった。
これくらいは我慢してみせよう、こんなのに欲情していたら悲しくなって軽く死ねてしまう。
20分くらいやったら次は足のマッサージ、と。
23時超えてるという焦りから雑になってしまったのは言うまでもない。
「ねえ言君、あなたこれまでこの家でどうやって過ごしてきたの?」
「どうやって? そうだな、葉にやられるままそのままだな」
「どうしたらそこまで強くなれるかしら」
「凛の方がよっぽど強いよ、大して仲良くない男に体触らせたり変な声聞かせたりしてるんだから」
16年一緒にいて茜が「抱きしめて?」と要求してきたのはたった1回のみ。
幼馴染でもずっと一緒にいてもこれなのに、この少女は常識というものを覆してきた。
いきなり抱きしめろだの、頭撫でろだの、胸を触らせてあげるとか言ったり“普通”とは言えない。
何で彼女はここまで緩々なのか、過去の出来事を上書きしたいということだろうか。
「言っておくけれど過去になにかがあったわけではないし、寧ろ成功者の道をずっと歩んできたわ」
「あ、そう……」
「でも、つまらないのよそれって、それと見た目だけで簡単に態度を変えるっておかしいじゃない。顔が良いからって何でもしていいの? 実際、それで票が覆ったこともあったわ」
向こうの立場にいたからこそ否を唱えたいのか、何気に自慢したいのかどっちだ。
「確かに顔の造形の良し悪しで差別する人間もいるからな。自分が格好良いから可愛いから綺麗だからって見下す奴だって世の中にはいるしあの学校にだっている」
中学生の頃までは仲良かったのに格好良いからってこちらを見下すようになったあいつ、とかな。
「でもな、そんなことを気にしたって集団心理はいつだって変わらないよ。力がある方に付いて行きたくなるものだろ? 全然有名じゃないしいつも1人でいる人間の呟きに賛同してくれるのはごく少数だ。リーダーが言ったらそうだと思い込もうとするし、リーダーが誰かを排除しようとすれば集団もそう動く。ただ、責めるべきでもないんだよ、だって自分を守るためにやっているんだからさ。いつ排除されるかという恐怖と戦いながら1人で生きていくなんてできない、少なくとも俺はできないよ。それでもな、向こう側にいる凛がそうやって考えてくれるのは、誰かのためになっていると思うぜ。結局、誰かが間違っている、なんて明確に言えないんだよいつだって」
皆が皆、自分を貫いて生きていける人間ばかりじゃない。
本当は嫌でも加わらなければ居場所がなくなるかもしれないからと加わることもあるだろう。
それを他人が止める権利はない。
止めたからって守ってやらないんじゃ偽善で終わってしまうし、誰かの居場所がなくなるかもしれない。
でも、1人でも成功者側にこういう考えを持ってくれている子がいたのなら、少しくらいの支えになれるのではないだろうか。
今にも不安に押し潰されそうになって逃げようとしてしまった人に手を差し伸べられると思う。
「凛の評価を改めるわ、良い奴だ」
「……それは見た目が良いから言っていることかしら」
「違う、希望があるってことだよ。凛達、向こう側の人間が全員自分を自分達を見下す人ばかりではないと分かったら嬉しいだろ、少なくとも俺は嬉しい。偉そうかもしれないけど、だからこれからもそのままの凛でいてくれ」
聞きたくなくても誰かの言うことを聞いていなければ生きていけない人間に力を与えてやってほしい。
「なるほどね、あなたもされたのね?」
「格好良いに色々な意味で勝てなかっただけだよ」
俺がしたことじゃないことを俺のせいにして。
尚且、葉を味方につけて甘いこと囁いてその気にさせて。
結局、高校に入る前に捨てたあいつを、俺は怒っていない。
正しかった、いつだってあいつは正しくて俺らを引っ張ってくれていた。
それまでは卑怯なもせず普通にこちらを見下すことなく接してくれていた。
それでも途中に邪魔になった、思春期になって平凡が必要なくなった。
中学の頃仲良かったなんてどんな妄想だろうか。
寧ろ1番あいつが自由に暴れまわっていた時だったというのに。
実は茜とも全然一緒にいられなくて中学の時に会話できたのはたった数回のみとなっている。
まあその反面、高校生になってからはホーミング地雷の如く引っ付いてくるようになったので、安心できるようになったけどな。
自分が都合よく元気に穏やかに生きられるよう過去を捏造して生きてきた。
ちなみに、そいつが暴れたというのも嘘だ。
単純に葉も茜もそいつの方に行ってしまったというだけのことなのは言うまでもない。
「嫉妬したんだ、ただいるだけで惹きつけられるあいつの魅力に」
「自分にはないからって他人を妬むのはおかしいと思うわ」
「それな、まじで本当にそう思うよ」
いつだって格好良かった彼と、努力もせず妬むしかできなかった自分。
そりゃそんな人間の側にいたくなくなるのは当然の話だろう。
「だから高校生デビューしてなるべく波風立てないようにって生きてるんだ」
「だから滅多に怒らないのね」
「まあ度が過ぎたら俺だって怒るけどな! というわけで下着姿で出歩くのやめろっ」
「……仕方ないわね、分かったわ」
「おう、せっかく良い奴認定してやったんだから、これからもずっとそうであってくれ」
完璧すぎてもつまらないが、だからって微妙な点が多ければいいわけじゃない。
彼女達には俺みたいな奴を引っ張っていってほしいからだ。
格好良い人とかには人が集まるものだよね。
でも、影で頑張っている人のことも絶対誰かが見てくれていると思うんだ。
そういう人がいてくれるからこそ、格好良い人達も輝けるのかな。