04.『全裸』
読む自己ー
腹蹴りをされ晩飯をなしにされカッターで切られて洗えもせず俺は自室のベットに座っていた。
あの布を手のひらに巻いてかなり強い力で握りしめる。
「そんなに拳を強く握りしめてどうするの?」
空腹による苛立ち、理不尽に対する苛立ち、色々あってベットから立った。
「葉、俺の右手だけを傷つけるのは、お前が振られて泣いていた時に頬を右手で叩いたからだろう?」
世の中の男はあいつだけじゃないのにいつまでウジウジしているんだって叩いてしまったのが始まり。
「で、よくポケットから取り出すサバイバルナイフはそいつから貰ったものだ。だから俺が原因だからってこれみよがしに取り出すんだろう?」
「……偉そうに言わないでよ、切るよ?」
「なあ、ナイフ見せてくれないか?」
「は……」
戸惑いながらも彼女はナイフを左手で持って見せた。
俺は彼女に近づいて自分の右手のひらを先端に当てる。
「ほら、やれよ」
「え……」
「仕方ないな、じゃあ俺からやってやるか」
少しずつ前に動かしていく。
めり込んで血が出始めても自分から前へ。
しかし更にめり込む前に妹の方がナイフを落としてしまう。
「おいおい、何でやらないんだよ? いつもしてくれるだろ?」
ナイフを拾って無理やり握らせる。
そしてやろうとしたときぺたりと座り込んで泣き出してしまった。
「なんで……」
「は? それが目的だったんだろ? おい、そんな生半可な覚悟でやってたのかよっ!?」
「ひっ!?」
「はぁ、こんな奴になすがままとなっていたとか馬鹿らしいな」
何ではこっちのセリフだ。
彼女の首根っこを掴んで部屋の外に追い出した。
それから、きちんと当たらないようにナイフも投げつけて床に突き刺しておく。
これでもまだやれたのなら次はきちんと刺されてやろう。
数時間して空きっ腹を抑えつつも風呂に入ろうと部屋から出たら葉はいなかった。
洗面所に行って全てを脱いで風呂場へ。
「は……」
いや……あれ、着替えとかなかったんだがな……。
「わ、悪い……」
「いや……」
まさか先客とはいるとは思わなかった。
しかも相手が葉だとこれまた毎日が酷いものになるぞ……。
「お兄ちゃん」
「……おう?」
いやお前お兄ちゃんなんて呼んでなかったというのに……。
「一緒に入っていいよ、電気消して入れば恥ずかしくないし」
「いや、そうは言っても――」
「……ごめんなさいっ」
「……いや、俺もあのとき全然お前の気持ちを考えてやれなかったから」
慰めるどころか怒鳴って叩いて泣かせて傷つけて、それが今は俺に返っているというだけでしかない。
嗚咽が聞こえてきて壁に背を預けて全裸のまま座る。
俺とこいつは昔から一緒にいたわけじゃないが、それでも親が再婚してから一緒に生活をしてきた。
最初は慣れない環境に彼女が1人で泣いていたことを俺は思い出した。
頼りないながらも全部聞いて偉そうにアドバイスをして、俺がぎこちない反応を見せなくなってから葉が笑ってくれたわけで、彼女が振られたときの対応は真反対だったとしか言いようがない。
俺は今からこいつに何ができる? 入ったら慰められるか?
今なら凶器だってないし恐らく殴られたり蹴られたりはしないはずだ。
お互いが気持ちよく生活するためにもここで踏ん張らないといけないんじゃないのか。
電気を消して「入るぞ」と言ってから中に入った。
床を冷たいだろうに暗くても分かる白い尻を直につけて座っているようだと気づいた。
「葉、今日から2人で上手くやっていこう、あんな体験をしてきた俺達だったら大抵のことは上手くやっていけるだろ? 違う、俺がお前とも仲良くやりたいんだ」
「……あいつみたいにお兄ちゃんも裏切る」
「裏切らない」
というか裏切るって何だろうか。
高校生になってからは関わりは全然ないが、中学生の頃までは凄い仲良かったしそもそも幼馴染の所に連れて行ったのは俺だ。
茜も含まれていて世話になっていたからこそ、彼女がいる前ではできなかったんだと思う。
「父さんと母さんが出ていってからお前に全部家事やらせてしまったのも重荷だったんだろ? 今度からは手伝うから普通にやっていこうぜ」
「……でも傷つけた……」
「まあ正直言って堪えたしイライラしたし痛かったし1時期はお前を殺したいくらい憎んだけどさ、これまで何も犯罪起こさずこれただろ? 俺は関係ない、お前次第だ」
「……これからは茜さんをもっと呼んで?」
「ああ、というかどうせ来るぞすぐにな」
今だって盗聴器使って聞いているのではないだろうか。
「葉が呼んでたから来たよ」
「……茜、誤解してくれるなよこれは」
「ん? どうして電気消して入ってるの?」
「あ……前に聞いた話なんだけどさ、電気消して風呂入るとより落ち着け――」
「言、あとで正座!」
「分かったよ、幾らでも付きやってやるから部屋で待っていてくれ」
それにしても黙ったこの少女の扱いはどうすればいいだろう。
先程までの勢いがあってくれたなら……いや、それだと逆戻りになってしまうし何より嫌だな。
「葉、ゆっくり浸かれ……ど、どうした?」
「この右手……私のせいで」
「もう過去のことはどうでもいいからさ、俺、茜と話してくるから」
「行かないで……離れたくない」
「茜を送った後に部屋に来てくれ、寂しいなら一緒に寝てやるよ」
手を離してくれたのでタオルで拭いて服を着てから部屋に向かう。
……俺のベットに寝転んで寝ている茜はどうしてくれようか。
「茜起きろ!」
「……ふわぁ!? あ、言……」
「怒るんじゃなかったのか?」
「正座」
「はい」
ベットの上に正座すると彼女が足の上にちょこんと座った。
頭を胸にぶつけてきたので撫でてやると蕩けたような声を出してふにゃふにゃになる。
「怒らないのか?」
「いい……葉はもうしない?」
「どうだろうな。ただ、少なくとも少しは良い方向へは繋がったよ」
やっぱり困った時は裸の付き合いなんだなって分かったし、いやまあ気楽にはできないが。
「言が傷つくのは嫌だから止めてほしいな」
「茜がいたからあの時に踏み止まれた、本当にありがとな」
「ん……ふみゅ……」
感謝してもしきれない、頭くらいなら幾らでも撫でてやりたい。
「言……抱きしめて?」
「は……まあお前なら」
後ろから抱きしめつつ俺は考えていた。
佐藤にはできなかったが茜にできる理由は何だろうな、と。
勿論、幼馴染だからというのが1番大きいだろう。
16年一緒にいれば抱きしめるのくらい何も問題はないのかもしれない。
しかし、彼女を抱きしめたのはたった2回だ。
昨日と今日のこれだけ、俺はほいほいするような性格でもない。
「お兄ちゃん、いい?」
「あ、ちょっと待ってくれ」
彼女が扉を開ける前に小動物を床に下ろしてから開けた。
「あ……まだ茜さんいたんだ」
「茜は寝てたんだよ、それでどうした?」
「今日は一緒に寝たい……」
「おう、じゃあ今から茜送ってくるわ。行くぞ」
小動物を抱えて輸送することにする。
夜道を歩きつつ改めてお礼を言った。
「茜、ありがとな」
「……一緒に寝るの?」
「そういう約束だからな」
「……私も寝たかったっ」
「今日は我慢してくれ……お、着いたぞ」
「……おやすみ」
「おう、おやすみ」
帰還。
部屋に入ると俺のベットの端に気まずそうな雰囲気を伴って葉が座っていた。
「もう寝るか、腹減ったから紛らわせたいんだ」
「あ……ごめんなさい……」
「いいって、ほら入れよ」
これから上手くやっていこうと言ってすぐに風邪を引かれても嫌だからな。
電気を消してから布団の大部分を彼女に掛けて少しだけくるまって目を閉じる。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「明日からちゃんとご飯作るし優しくする……」
「ありがとう」
「あと……貯まってたお小遣い10万円も渡す」
「はっ!? そ、それは生活費に回してくれ」
両親の金銭感覚がおかしいのは継続中のようだと苦笑した。
収集つかなくなる前にちょろいんにしておこう。