25.『脅迫』
読む自己。
起きたのは早朝の4時30分だった。
一応それでもやってしまったと後悔していたのだろう。
1階に下りて彼女の部屋をノックしても反応がなかったから入らせてもらったら誰もいなかった。
トイレの電気も点いてない、もしやと洗面所及び風呂場を確認してみたが彼女はいなかった。
葉の部屋を見てもリビングに行ってもどこにもいなくて、俺は朝から頭を抱える羽目になる。
もしかしたら、なんて考えたくもないが昨日部屋をでていったあとそのままどこかへ……。
だらだらなにもせずいても時間だけは経過して葉と唯が家に帰ってきた。
「お兄ちゃん徹夜したの? 雰囲気が暗いけど」
「まだ7時過ぎだよ? なのになんでそんな暗いの言は」
「ああ、いや、俺のせいで凛がでていった」
「「えっ?」」
いつもなら綺麗なハモリだなと笑ってやるんだがな。
彼女たちは慌てて探してきたようだが見つからなかったらしく暗い顔でリビングに戻ってくる。
葉は「ちょっと部屋に戻るね……」と言ってリビングからでていった。
「言、なんで凛さんはでていったの?」
「キス求められて俺がするって言ったのに直前でヘタったからだ」
「え……キス……」
好きな人を早く決めてもう1人を楽にさせたかった、とも答えておく。
「最低な話だけど、キスしてもなにも変わらなかったら凛との関係を終わらせるって言って、あとはお前に集中しようと思っていたんだよ。逆もそう、仮にお前としてなにも変わらなかったらあいつとするつもりだった。2人として変わらないなら恋はもうしないだろうなとも言った、でもあいつにできなかった……それで泣いて部屋で寝るってでていってそれっきりだ」
「あ……また一緒に寝ようとしたんだ」
「あいつ寂しがり屋だからな、唯がいなくて寂しいとも言ってた」
少なくともキスの件がなければそれなりにいい1日だったのにな。
たったひとつの選択ミスで自分から関係をぶち壊したと思ったら、実に自分らしいなと。
「ま、無事に家へと帰ってくれてればいいんだよ」
「……今日言とおでかけしようと考えていたのに」
「悪い」
流石にそこまで薄情な人間じゃない。
そも普通状態であったとしてもろくに楽しませてやれなかった俺が、満足させてやれるわけがないのだ。
唯も部屋に戻るということでリビングには1人きりになった。
ソファへと馬鹿みたいに寝転んで時間をつぶす。
今日が月曜日だったならまだこの微妙な気持ちもどこかへやれたんだけどな。
結局、23時を超えても凛は帰ってこなかった。
それだけでなく葉や唯も部屋からでてこなかった。
月曜日。
教室に着くと彼女はそこにいてくれたが近づくことはしなかった。
内の感情はともかくとして、元気でいてくれるならそれでよかったから。
朝から放課後までぼけっとして過ごす。
なんだか残る気にもなれなくて早々に学校をあとにした。
19時を超えてもやって来ないことに唯からお怒りメッセージが飛んでくる。
適当に気分が優れなかったとか返してスマホの電源を切った。
暗くとも作ってくれた葉のご飯を食べて風呂に入ってすぐに寝た。
火曜日。
HRが始まっても彼女は顔を見せなかった。
心配してみたものの、なにも変わらないことに気づいてすぐにやめた。
冬だというのに体育でグラウンド走らされて。
いろいろな意味で疲れた俺は、購買にも行かず残りの時間をぼけっと過ごした。
水曜日。
これまた昼休みまでぼけっと過ごしていたら唯がやって来た。
「2日連続でいないって本当?」
「ああ」
俺は彼女の席を指差す。
そこには空席があり他のクラスメイトも心配そうに眺めていた。
「言の……せいなんだよね」
「そうだな、俺が原因だな」
「それなのになにも動こうとはしないの?」
「学校にも来たくないくらいなのに、俺と会うと思うか?」
言い方は悪いがそこまでする義務があるのだろうか。
というのも、月曜日学校に行って家に帰ったらあいつの荷物がなかったのだ。
なんで学校に来ていたのにそんなことができたのか、それはあいつが途中で早退したから。
ま、そりゃいろいろ教科書類だって置いてあっただろうし、取りに来なきゃ困るよなって話だろ。
「俺のせいなのは確かだ、でもそれだけでしかない。あいつは荷物を持ってでていった、からな」
別に最低と言われ頬を叩かれても考え方は変わらない、怒ったりもしない。
それで満足かと視線で問うと、彼女は泣きながら去っていった。
泣きたいのは俺だ、叩かれたらやはり痛いから。
放課後になって家に帰る。
ソファに寝転んだらはぁが溜め息がでて。
これもまた無意味なものだと切り捨て、寝ることに集中した。
どれくらい経ったのか分からないが視線を感じて起きると葉が横に立っていた。
その表情は冷たく厳しく「なんで動かないの?」と唯と同じ質問をぶつけてくれる。
「でていったんだ、だったら俺が動いたところで意味はないだろ?」
「……お兄ちゃんのせいなんだよね」
「そうだな、否定するつもりはない」
「だったら動く義務があるでしょ? 泣かせてからすぐにでていったってことは改めて謝罪だってできていないんだよね?」
「そうだな、そのとおりだよ」
「なのに早々に家へと帰ってきてはソファに転んで寝るだけなの?」
「そうだな、やることないからな」
一応3月になればまたテストはあるし勉強でもしていればいいんだがな、やる気がでない。
「ひどいね」
「そうだな」
「え……なにも否定しないんだ」
「事実だしな、それで葉はどうしたらいいと思う? 俺、あいつの家も知らないんだけど」
スマホで連絡したところで返信も電話も返ってこないだろう。
だからって葉を使ってあいつと会うのは卑怯な気がする。
いや、俺だって去られて寂しいとくらいは抱くものだが、だってこれでは中学のころと一緒だしな。
それでもぼけっと過ごしていたのは無駄に終わる可能性が高かったから。
それにあいつが距離を置きたいのなら、最後くらい尊重してやるべきではないだろうか。
少なくとも互いに傷つくことはもうなくなるのなら、多少の寂しさくらいは我慢できる。
「あれ、インターホン……凛お姉ちゃんかな!?」
ぱたぱたと玄関へ向かった葉が大声をあげた。
心配になって見に行くとずぶ濡れ姿の凛が立っていた。
「……どうしたんだそんな濡れて」
雨なんか降ってないと思って彼女がまだ開けたままの先を見ると、降っているようだった。
凛はなにも言わず、葉は「お風呂ためてくるね!」とここから消える。
彼女は外を指差してからでてしまったので一応俺もでることにした。
雨が降っているというのに一切気にせず彼女は歩いて行く。
既に濡れているからなのか、真冬でも濡れていたいのか。
「……ねえ言君」
「あ、おう」
2日聞かなかっただけなのにどこか久しぶりに感じた。
「いまここでキスしてほしいの、してくれないなら学校へ行くのはやめる」
脅迫じゃねえのかこんなの。
「分からないな、だったらどうして荷物持ってでていったんだ? 俺から逃げたくなるくらいなのに、そんな奴のキスを求めるのかお前は?」
「してくれないならやめる」
ただ待っていてもこいつが求めているのは俺からのすることだ。
びしょ濡れの彼女の肩を掴み軽くだけ唇に唇を触れさせる。
「どうだ……こんな偶然があるかよ」
彼女から距離を作って彼女の後ろを見てみれば唯がいるなんて。
そんな時間だったかと確認すると19時を超えていた。
暗くても17時過ぎくらいに思ってたんだけどな。
「キス……したんだ」
「そうだな」
「……それでどうだったの」
「なにも変わらないな」
ここには愛情なんてなにもなかった。
あったのは強制力だけで、断ったら黙ったままのこいつが学校来ないって分かっていただけで。
なんというか人気者がそんな下らない理由で来なくなるなんて許せないのだ。
これをすれば学校に行くと言うのならいくらでもしてやるがな。
「どっちにしろキスしてなにも変わらなかったら終わらせるつもりだったんだ」
それが例え脅迫からのものであったとしてもキスしたことには変わらないし、あの宣言したことも変えるつもりはない。
それにしても馬鹿みたいな3人だよな。
真冬の夜、天候は雨だというのに傘さしてないなんてさ。
うーん、ここで変わったかな。




