20.『馬鹿』
読む自己。
風呂に入って自室でゆっくりしていると約束通り凛が訪れた。
しかし、とりあえずはテスト勉強を教えてくれるらしく今日も1時間集中して勉強をした。
終わったらコーヒーを作ってきて彼女に手渡す。
「ありがと」
「いや、俺の方こそありがとな」
予定よりも早く帰ったのもあって現在が21時だった、彼女は何も言わずコーヒーちびちびと飲んでいるだけ、だからあまり警戒する必要もない。
「唯さんに言われたわ、言君といてほしくないって」
「直接言ってきたのか」
側に島村がいるわけじゃないのによく言えたなそんなこと。
だって同室で寝る仲間だ、これから気まずくなると考えなかったのだろうか。
いや、それに勝るくらい真剣だということ、かもしれない。
「私に直接言う前にあなたに言ったって聞いたけれど、あなたはどう答えたの?」
「俺は唯といるしお前ともいると答えた、まあそのままだな」
「贔屓……するわけではないのね」
「ああ、どっちも友達だからこうしてる」
茶色の液体に映る自分を顔を見つめてすぐに視線を逸らした。
顔も良くないし優しくないし優秀でも自分。
少し自惚れて彼女達が惚れていると仮定しよう。
凛は綺麗でたまに厳しいものの優しいところもある。胸だって大きく手足は細く長く伸ばした髪も綺麗で触れたくなる魅力があって、そして案外寂しがり屋なところもあり頭を撫でやるとふにゃりとした可愛い笑みを浮かべるのも良いと思っていた。
唯は可愛いくて基本的に優しい。バスケをしている時は本当に楽しそうで綺麗で近くにいたい、一緒にやりたいと感じるような魅力があった。だが、それ以外は同級生の可愛い女の子、くらいにしか思ってない。
差は歴然のように感じるかもしれないが、そうじゃない。
分かっているのは自分が特別な意味で好きになりにくいことと、優柔不断なことだろう。
「頭を撫でる程度なら凛にも唯にも茜にも葉にだって俺はするけど、朝も言ったように抱きしめたりはほいほいしないつもりだ。一緒に寝るのだってどうしても仕方ない時だけ、分かってくれ」
「ええ」
「それでどうする? お前は何を求めるんだ?」
ここに来た理由は何か。
「朝の私はどうかしていたわね」
「お前にしてはな、泣くとは思わなかった」
1日中クラスメイトは視線を突き刺してきたし、それを気にせず凛もやってきてしまったわけだ。
学年でも色々な意味でトップレベルの女の子が冴えない男子に近づく、しかも今月に入ってから急に近づき始めたらそりゃ誰だって気になるよな。
それに彼女の雰囲気は全く違って冷たくはないし、柔らかい笑みを見せているのだから。
「でも……寂しいのは変わらないわ」
「そうかい」
「手……」
「唯にも言ったけどさ、選ばれなかった時に後悔しそうならやめておけ」
「それでも今が心地よければ良いの」
ギュッと握ってきた手を拒みはしないが握りもしない。
これはあくまで彼女の意思でしていることだ、だったら握る必要はないだろう。
「お前の手は温かいな」
「唯さんのは冷たかった?」
「ああ、外にいたからというのもあるだろうが」
あれはこちらのことをまだ信用できていない証拠ではないかと考えている。
それとも単純に寒さか俺の手を握ったことによる緊張か、どっちなんだろうな。
「体育倉庫に閉じ込められてなかったらお前と関わってないし、俺が唯のお気に入りボール使わないでバスケしてたら関わってなかった、……どんな偶然があるのか分からないよな人生って。それまでは全然興味を持たれなかったし、ああ、もう1人の高橋君ねって笑われてたからな。それがどうしてか綺麗と可愛いと生活することになって家にも住んでさ、どうなってるんだかねまじで」
他の男子なら素直に喜べたことだろう、こんな魅力的な子達と生活できるのか、とな。
しかし、中学生までの俺は誰かに嫉妬しイライラし醜い様を見せつけてきた。
それがなければとっくにどちらかを選んで今頃は新しい関係へと進んでいるんだろうが……。
「いいじゃない、悪いことになっていないのなら、私はあなたと関われるようになって嬉しいけれど」
「それなら俺も嬉しいけどな……あ、そうだ、お前って髪結わないのか? 座る時とかに邪魔そうだけど」
「そうね……基本的に下ろしたままだけれど、あなたの好みじゃないかしら?」
「いや、綺麗で良いと思うけどな」
「……馬鹿ね」
褒めたら褒めたで罵倒かよ……。
「こうやって2房作っても可愛いんじゃねえのか?」
左右の髪を掴んで持ち上げてみる。
ああ……いやまあ、俺個人の感想としては少し痛いかもというところだった。
「ポニーテールとかだったら魅力的かもな」
「した方が良いの?」
「知らない、自由にしてくれ」
髪型の変化にはドキリとするもんだ。
家での彼女を知らない連中にとっては尚更のことだろう。
「どっちか言いなさい」
「……学校ではしてもらいたくないが」
「ふふ、独占欲?」
「違う、その状態で近づかれるとより怪しまれるだろ?」
冷たいから微妙、ね、だからって全員が全員そう思っているわけじゃない。
中には俺みたいに優しいこいつを知っていて近づこうと人間だっていることだろう。
今行けば自分だけかもしれないという状況だったのに急な変化を見せてきた……となれば冷静ではいられない、中にはああして俺に「彼女とはどんな関係だ?」と聞きたくなる奴もいるはずだ。
ただ聞いてくるだけなら構わないが、物理的攻撃を仕掛けてくることになれば面倒くさくて仕方ない。
耐えられるのはあくまで口撃のみだ、それ以上が目立つようになれば俺は彼女と縁を切る。
自分を守りたい、屑でも何でもいいから少しでも平穏な生活が送りたかった。
「1つ条件を出す、教室で次も似たようなことをやったら関わるのをやめる。嫌がっても家から追い出すからきちんと守ってくれ」
「ただし、他の人がいなければいい、と?」
「ま、できたとしても頭を撫でるのとお前が俺の手を握るだけどな」
「私からするとしても抱きしめるのは駄目なの?」
「……後々後悔しないなら」
「なら今からするわ」
蓮と違って良い奴でもないのによくしてくるよな本当に。
「ねえ……テストで私があなたに勝ったら一緒に出かけてくれる?」
「お前それ確定事項じゃねえかよ」
「駄目?」
「……別にテスト明けに出かけることくらい普通だからな」
それでも一生懸命勉強をして勝とうとは考えた。
何も努力せずに負けたら俺がそれを望んでいるみたいに思われるかもしれないから。
「あと……唯さんが同じことを言っても受け入れてあげて? 抱きしめたいとか手を繋ぎたいとか、そういうのを含めて全部」
「いいのか?」
「ええ」
……言った時少し腕に力が入ったということは余裕というわけではなさそうだ。
優しいからわざわざ危うくなるかもしれない選択肢を選ぶということか、……俺ではできなさそうだなと苦笑する。
「暖かい……あなたを抱きしめていると凄くぽかぽかするの」
「そうかい」
「あと……ドキドキする……」
俺はドキドキしてなくて純粋に温かいな、柔らかいなと感じていた。
あれから下着姿で歩くこともなくなって綺麗が綺麗に戻ったと思う。
そして関わったから分かったが、冷たくなんかなく、寧ろ暖かい人間だって心から言える。
「凛、お前は今どんな顔をしているんだ?」
「え?」
「分からねえから少し離れてくれ」
で、彼女を確認してみると、どこか困惑している感じだった。
顔は赤く目は潤んでこちらを不安そうに見つめている彼女に、どう言えばいいものか。
「やっぱり、お前は冷たい人間なんかじゃないな」
「あ、当たり前じゃない」
「優しくて綺麗で柔らかい、かな」
「あ……最近は生き方変えたの?」
「基本的に思ったことを口にするタイプだからな、ずっと綺麗だとは思っていたぞ?」
「あなたは馬鹿ね」
「ひ、酷いな……」
「でも……あなたも優しくて嫌いじゃないわね」
「そりゃどうも」
優しいなんて誰にでも言えるが、それが俺にはよく響いた。
メインヒロイン感出てるね。
そういえば他の人の感想欄見ている時に
結構ずけずけ言われてて人気な人も大変なんだなって思ったね。
こういう時に好き勝手言うなってこれが自分のなんだって言えるのは格好良いわ。




