02.『執行』
読む自己ー
「おはよう、高橋君」
「おはよ、佐藤」
廊下でばったりと出会って挨拶もそこそこに俺は彼女を「ちょっと失礼」と言って壁に押さえつけた。
困惑している彼女をから意識を外しつつ、敵に意識を向ける。
「だから佐藤を消すなって言っただろ?」
「がるるるぅ!!」
「落ち着け、ほら」
「あ……ふみゅぅ……」
佐藤を解放して茜の首根っこを掴んで移動しようとしたら止められてしまった。
「待ちなさい、高橋君正座」
「かしこまりましたー」
ついでに茜も同じようにさせて無理やり頭を下げさせる。
頭に触れていれば大人しいので、今の所危険はなさそうだ。
「その子は?」
「俺の幼馴染の七瀬茜、知らないのか?」
「ななせ……ってあの凄い人気な七瀬さん?」
「まあな、毎日1回は告白されるくらいには人気だ」
可愛くて背が小さくて小動物みたいで好かれているのかな?
意外と優しいところがあるのでそういうところも好かれる理由なのかもしれない。
「そんな子が幼馴染なら友達いないということではないじゃない、贔屓するみたいで言い方は悪くなるけれど100人分くらいの価値がありそうじゃない?」
「じゃあ佐藤も合わせて200人分くらいか?」
「あら、私はあなたとお友達じゃないでしょう? だって、抱きしめるのを拒んだじゃない」
「言、どういうこと?」
「盗聴器で聞いてたんじゃないのかよ? 佐藤が血迷ってこんなこと言ってきたんだ、勿論、無理だって即答したけど」
美人や可愛いは性格がキツいと聞くことも多いが、寧ろ変人率が高い気がする。
ま、近くにやばい子がいるかもしれないが。
「やっぱり佐藤は消すべきだね」
「……もし佐藤に手を出したら2度と関わらないぞ」
「う……ご、ごめんなさい」
「何もしなければ大丈夫だ、ほら」
「ふみゅ……」
帰るよう促したら大人しく茜は帰っていった。
俺が立ち上がって佐藤に謝ってから教室に入ろうとすると、今度は逆に壁へと押し付けられる。
「ねえ、ああいうのも気軽にやるべきじゃないと思うわよ」
「あれしか大人しくさせる方法がないからな、大目に見てほしい」
「なら私にもしなさい」
「まあ抱きしめるよりはな」
「やりなさい」
「分かったよ、ほら」
幼馴染の茜ならともかくどんなプレイだろうか。
ま、これで関係ができるならこれくらいは別に構わなかった。
昼休み。
購買で買ったパンを食べていると1人の女子がやって来て向き合うように座った。
何だと目線で問うと「凛とどういう関係?」と言ってきた。
「そうだな、昨日体育倉庫から助けてくれた命恩人ってところだな」
「どういう関係か聞いている」
「それ以上でもそれ以下でもない」
彼女は急に立ったかと思えば俺の髪の毛を掴んで再度「どういう関係だ?」と聞いてくる。
「おい、離せよ」
「……わ、分かった」
何でもかんでもやるわけじゃない、それで円滑に進むならしているだけのことで。
「本人に聞けばいいだろ? ほら、そこにいるじゃないか」
「呼んだかしら?」
「この子が俺と佐藤の関係がどうなのかって気にしてるんだ」
「そうね、私と高橋君はお友達ですらないわね」
「……と、友達ですらないのに頭を撫でさせるのか?」
「それは本人に言ってくれ、ご飯くらいゆっくり食べさせてくれ頼むよ」
髪の毛痛かったんだぞ本当に……やれやれ。
数分かけて味わって食べ終わってゴミを捨てて席に戻る。
「まだ用があるのか?」
「……わ、悪かった」
「いや、俺も冷たい態度取ったしな、悪かったよ俺も」
少し暴力的なところは直した方がいいと思う。
妹くらい質が悪い人間が他にもいたら困ってしまう。
何ていうか学校ではゆったりとした時間を過ごしたいのだ。
家に帰れば茜が来るし少し面倒くさい妹に絡まれるから。
午後の授業を受けて終えて鞄を持って教室を後にした。
「兄貴」
「……どうした?」
「ちょっと来なさい」
別にここでいいと思うのだが……屋上まで連れて行かれる。
「土下座して」
「はいはい」
土下座に抵抗がないのはこいつのせいだと考えつつ実際にしてやった。
「……言うとおりにするとかキモいんだけど」
「だったらさせるなよ」
「口答えするなっ」
「ぐぅ……け、蹴るなよいちいち……いってえ」
腹だろうが勢い余って顔面を蹴ったとしても謝らない妹、葉に辟易としていた。
それでも何か言えばボッコボッコにされるので基本的に言うとおりにするしかない。
「茜、やめろ」
「だ、だってそいつが!」
「大丈夫だ、死にはしない」
彼女が付いてきていることは分かっていた。
こういう時に茜という存在は牽制にもなるので少し助かっているのも事実だ。
「言の妹に相応しくないっ」
「余計なこと言うな」
「だって!」
「もういいだろ葉、続きは帰ってからだ。茜、帰るぞ」
学校を出て歩いている最中にも不貞腐れていることがよく分かった。
「茜あんまり余計なこと言うなよ? 危険な目にあってほしくない」
「私は……言が蹴られてるのを黙ってみているのが嫌だよ」
「優しいな、いつからかああなったんだよなああいつ」
何だっけかな……ああ、確か中学の頃に振られてからだったかな、ああなったのは。
これまた同じ学校にいるもう1人の幼馴染に振られて傷ついていた。
兄妹だしいつまでも傷ついているな、出会いは沢山だって言ったらああなったんだった。
同い年の義理の妹、か。
振られた理由が俺のせいだとか言ってあの時も腹を蹴ってくれたわけだ。
俺の周りにはどうしてこうも暴力キャラが集まるんだろうか。
そして案外、1番手を出してこないのは横にいる茜だったりするわけで。
「無茶するなよ茜」
「ん……あ……ふみゅ……どうしていまっ?」
「したくなった、優しいお前に少しでもなって」
彼女と別れて家に入った。
そして少しして離れて歩いていた葉も入ってくる。
「兄貴」
「何だよ」
「正座」
「はいはい」
リビングの床に直座り。
「手出して」
「はい……ってぇ!?」
カッターで手のひらを切られて血が出てきた。
俺は拳を握って痛みを抑える。
「茜さんを使って止めた罰よ」
「おい、茜に手を出したら許さないからな」
「しないわ、だって悪いのは兄貴じゃない」
「ああ……それでいい」
「やる度に増やしていくわよ」
こくりと頷いて台所に行く。
蛇口をひねって水を出して手のひらを洗っているとそれを掴まれてまた切られた。
「誰が洗っていいって言った?」
「……悪かった」
見えない左手で握りこぶしを作りグッと堪える。
殴るのは簡単だしカッターを奪って切りつけるのも簡単なこと。
だが、そんなことをすれば味方がいない俺が家から追い出されて真冬の下の中死ぬだけだ。
あいつが行ったのを確認してから洗いもせず自室へと戻る。
ずっと血を拭いてきた真っ赤に染まった布を巻いて痛みを誤魔化した。
あいつの勢いを止める方法は茜ではあるが、彼女にまで危険が及ぶ可能性があり呼ぶことはできない。
今日みたいに付いてきていたら……今日みたいに退散はすることはできるが……。
「言」
「……お前幽霊かよ」
「どうしたのそれ」
「何でもない、いつものだ」
優しい彼女がまるでホーミング地雷みたいに来てしまうことが1番怖いことだ。
だって横の部屋には葉がいる。
会話だって壁が分厚いわけじゃないし聞こえているのだ。
そして茜がいる時はできないから2人きりの時に執行をするという流れ。
「なんでぇ……」
俺の手を抱いて涙を流す彼女の頭を撫でて落ち着かせる。
いや、やっぱり色々な意味で怖いのは茜かもしれなかった。
ええ……何でこんなサイコパスばっかりなったのかなあ……。