17.『心配』
読む自己ー
それでも一応その日の内に一緒に付いていき打診してみることにした。
「――というわけなんですけど、無理ですよねっ、それじゃあ失礼――」
緊張でどうしようもなくなっていた俺が逃げようとすると、笑顔のままで俺の腕をかなりの力で掴み止めようとしてくる浅見が……。
それにしてもあの時は叩いてくれたのにどうして普通に彼女の母が会ってくれたんだろうと不思議に思っていた。
「……分かったわ」
「は、はい?」
「……最近家ではあまり笑ってくれなくなってしまったし、あなたの家で楽しく生活できるならそれで」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ、俺は彼女を泣かせましたよね? なのにそんな人間の住む家で暮らすなんて……良くないじゃないですか!」
「ちなみに、あなただけなの?」
「いえ、妹がいますけど」
「ご両親は……?」
「全面的に信頼してくれているのと仕事で忙しいのもあって別々に暮らしているんです」
葉が暴れていたから離れたなんて嘘だ……って、嘘しかついてねえな俺。
いや葉が実際暴れていたのは本当だが、基本的にあの人達は家を仕事で空けがちだった。
その点、お金を結構稼げているみたいで、毎月振り込まれる生活費は馬鹿みたいな金額だったりする。
「それでも毎日顔を見せに来てほしいの」
「だってさ浅見」
「うん……私だってお母さんと会いたいし」
「それじゃあここで暮らしましょうねっ?」
「決めたのっ、……それに佐藤さんずるいし……」
そういえばあいつの家には行ったこともないが大丈夫なのだろうかと不安になった。
文句を言ってこないということは……あれ、帰ろうとしたのはそういうことがあったのかもしれないと俺は少しだけ先程のことを後悔した。
彼女が望むならとは言ったものの、彼女の両親とのごたごたに巻き込まれるのは嫌だから。
そういう点でも浅見が家に住むことは反対しているし、目の前の母さんにも止めてほしかった。
「お母さんお願いしますっ、この子を止めてください!」
「え、でも……唯が望んでいることだから……この子いつもワガママ言わないから珍しいことで……」
「だからって許可する親がいますかねっ?」
怒らせれば問題はないはずっ。
「……ゆ、唯、の、残る?」
「ううん、残らないっ!」
「ぐっ……ゆ、唯がこう言ってるけど……」
な、なんていい笑顔で即答するんだこの子は……お前の母さん泣いてるぞ……。
ま……彼女の母がこう言っていて娘も希望しているのなら良いのかもしれない。
いや良くないが多分聞かないし、生活していればきっとすぐに嫌になることだろう。
とりあえず荷物をまとめさせている間、俺は彼女の母と話すことにする。
「えっと、唯さんはいつからバスケをしているんですか?」
「小学5年生からかな、クラブでやり始めたのがきっかけだった。引っ込み思案で臆病で、このままだと不安だなって思っていた時に「バスケが好きっ、したい!」って言ってくれたの。嬉しかったなああの時は」
「本当に好きなんでしょうねバスケが、やっている時は楽しそうで一生懸命で格好良いですから」
家はそこそこ近くても中学は別だったので過去は知らないが、昔もそうだったのではないかと思う。
「それにしても臆病、ですか? 少し信じられませんね」
初対面の時だって全然物怖じしていなかったし、それどころかお気に入りのボールを使っていたからって奪おうとしたくらいの女の子だ。
大好きなバスケに触れている時、触れようとしている時は強気になれるのかもしれない。
あ、だからこそ軽薄な男を信用できないと恐れたのだろうか。
「お友達を作りたいけどできないし怖いからお母さんだけがいればいいっていつも言ってくれたの。だけどクラブで一緒になった島村憂ちゃんと出会ってからなくなっていった……ううん、きっと心の奥底ではまだ臆病なところが残っているだろうけど、憂ちゃんがいてくれるから本来の自分を出せるんだと思う」
「あ~島村のことを凄く信用していると見ているだけで分かります、逆もそれは同じです」
少し素直になれないところも彼女達はよく似ている。
「……高橋君、この前はごめんなさい」
「いえ、泣かせたのは本当ですし、俺のせいで彼女があそこに来ましたからね」
この人だって心配で心配で仕方がなかったのだ。
そんな不安でどうしようもなくなっている時に男に抱かれて泣いている彼女を見ればしたくもなる。
というか、茜が余計なことを言わなければ叩かれなくて済んだわけだが……ま、過去は変わらないしな。
「……ところで高橋君、唯のことどう思っているの?」
「そうですね、バスケをやっている時が綺麗で好きなんです、仲良くなりたいと思っていますよ」
「き、綺麗?」
「最初はシュートに見惚れていただけだったんですけど、段々と真剣にそして楽しくバスケに向き合っている彼女が綺麗だと感じるようになっていたんですよね。試合しているところ見たことありますか?」
「沢山あるけど、でも、試合をしている時は楽しそうに見えないかな」
俺だって同じ、試合の時の彼女はとてもじゃないが楽しそうには見えない。
先輩がいるとかボールに不安があるとか、色々遠慮もあるのだろう。
「これからきっと見られるようになりますよ、彼女には俺ではなくもっと格好良くて優しくてバスケも上手い人間が付きっきりで教えてくれますからね」
しかし、最近は改善傾向にあるし、何より蓮が付きっきりで付き合ってくれるのだ。
いやー自分がするわけじゃないのに上手くなってこの唯母を喜ばせられたら嬉しいと言える。
「格好良い子?」
「はい、俺の幼馴染で完璧人間の彼のことを娘さんも気に入っていますから! もうすぐで付き合い出すんじゃないかな~……ぐうぇっ!? や、やめろ浅見……」
準備が終わったなら首絞めじゃなくて普通に教えてくれればいいと思う。
というか、蓮の家に住めばいいのではないだろうか? 蓮だって受け入れてくれそうなものだが。
あ……まあ胸は絶望的であったとしても、バスケをする際に邪魔だしそれで拒んだりはしないだろう。
「というわけで、バスケの方は楽しみにしていてくださいね! 失礼しますっ」
家を後にして帰路に就く。
「ま、待ってよっ」
「ほら持ってやるよ」
「……ありがと」
途中あの公園に寄って寒いのもあり自動販売機でホットコーヒーを2つ買って片方を手渡す。
「温かいな……しかも美味いし……」
「うん……温かい」
中身をちびちび飲みつつぼけっとゴールを眺めた。
妬むのではなく真剣にバスケをしていればよかったなと後悔する。
もう少しでも真剣にやっておけば隣の彼女のためにもっとなれたかもしれないと。
「蓮にさ素直になれよな」
「……あなただって素直になってよ」
「え?」
「……私と仲良くなりたいんでしょ? なのにあんなこと……」
「ははっ、だって格好良いに惹かれるものだろ皆さ」
日曜日までバスケをやろうとする馬鹿野郎だった。
そして日曜日だというのにどこからか聞きつけた女の子がやってくるくらいだった。
練習に付き合わされていた俺は毎回それで笑われ、彼の評価は益々上がる日々が続いていた。
それでもやっぱり距離を置かなかったのは友達として好きだったから。
内側を醜く嫉妬で歪めようとも、いつも優しくしてくれたことを忘れるなどできなかったから。
先程言ったこととは逆で、してもらったら何か返したいと思っているのだ。
勿論、全然考えつかないしどうしようもなかったから、彼の好きなことに付き合っていただけだが。
「ま、浅見が忘れてくれなければそれでいいよ、俺もいるんだって覚えててくれれば」
茜や葉みたいに完全に遠くなってくれなければそれでいい。
「帰るか」
「……うん」
歩きだした俺の左手を彼女が握ってきた。
冷てえじゃねえかと呆れつつも離すことはしなかった。
こんな親はいない。
いや本当にいないだろこんな親。
幼馴染ならともかく、ねえ?




