16.『絶対』
読む自己ー
「な、なんでっ? そんな面倒くさいことするくらいなら残ってくれればいいじゃん!」
送ってやると言ったのに彼女は食いついてきた。
結局何もアドバイスはできず見るか一緒にやるかしかできないというのに何が不満なんだろうか。
「ねえ、いいでしょっ?」
「悪い、送ってやるから満足してくれよ」
扉を開けて「佐藤と2人きりで話すんだろ?」と促しても彼女は動こうとしない。
別に苛つきはしなかったからベットに座り直してゆっくりと冷静に彼女と向き合おうとする。
完全に関係を絶ちたいわけじゃなかった。
全ては俺から申し出たことで勝手に恐れて距離を置くなんて失礼だろう。
それに初めて自分から動いてできた友達だということもあって大切にしたくて。
「最近はさ、違うボールでも綺麗になってきたよな」
特に何ができたというわけではないけれども、彼女の綺麗度は上がっていく。
そりゃネックだった他ボールでのシュートが理想通りに決まるようになったら楽しくもなる。
彼女が楽しくバスケをやれば見ているこちらも似たような気分になるしバスケをしたくなるわけで。
「やっぱり頑張るって無駄じゃないよな」
俺がいちいち言う前から彼女は自主練をしていたのかもしれない。
だからこそあの時に島村が来たのではないかと俺は考えていた。
「高橋、怖いの?」
「え?」
あまりにも唐突すぎてアホみたいな反応になってしまう。
「これまで友達がいなかったから距離感に悩んでるの?」
「あ、なるほど、そういうことか! そうだな、浅見の言うとおりかもしれない」
やはり他人の方から近づかれるのは微妙だった。
今回の佐藤の件が正に昔と似ているからだ。
近くにいたから、話してくれたから、こちらが意識を変えて近づけば離れていく。
酷いよな、あんな優しくされて抱きついても怒らなくて少し意識したら出ていく、なんて。
「全部話しておくけどさ、俺が意識したとかで佐藤出ていくことになったんだ。それで昼に考えてさ、4月になったら皆と別クラスになりたいとか、少しだけ距離を置こうかとかさ。名字呼びに戻したのもそういうことだな……俺はもう1人の高橋みたいに上手くやれないんだよ」
幸いだったのは極端な思考にはならなかったことだろう。
少し、フラットな関係に戻したかっただけに過ぎない。
そこから先はまた関係を深めたいと思っている。
「高橋……蓮君と関係があるの?」
「幼馴染でずっと一緒にいたんだけど常に比べられてきたんだよ」
「あ、でも、格好良いよね、私のクラスにも気になってる子いっぱいいるし」
「そうだろ? いやー何で同じ名字なんだって中学の頃は憎かったしめちゃくちゃ嫉妬したもんだわ」
格好良いが正しくて平凡は正しくなかった。
ただ普通の対応をしただけだったのに悪口を言われたことすらある。
明らかに一緒にいてほしくないと願われていた蓮がこちらに来ていたのは優しさからだろうが、俺といれば何でもよく言われる状態が癖になっていたのかもしれないと考えたこともあったのだが、違かった。
彼は俺と違って中身まで格好良かっただけだ。
「高橋君か……」
「……あいつもバスケやってた、人数が少なくてあまり一生懸命じゃない部活だったけど、あいつだけは違っていた。いつも引っ張ってくれたしめちゃくちゃ上手かったし俺らが足を引っ張っても一緒に頑張ろうと言ってくれた、……一応俺とあいつは幼馴染だから頼めるぞ?」
「練習に付き合ってくれるってこと?」
「ああ、俺なんかに頼むよりよっぽど良い時間を過ごせる、いいだろ?」
代替案、理想に近づけるなら人間はそちらを望むはず。
電話を掛けつつスピーカーモードにする。
「もしもし?」
「蓮、ある女の子の居残り練習に付き合ってほしいんだけどいいか? 時間は19時から20時、そしてお前の好きなバスケだ、無理か?」
「その子の名前は?」
「浅見唯、茜と同じクラス」
「浅見さんか! 別に良いぞ! バスケかっ、久しぶりだなあ」
「じゃ、明日連れて行くから、じゃあな」
蓮ならこう言ってくれると思ってた、電話を切ってベットにスマホを置く。
「というわけで、これからはあいつが付き合ってくれるから」
「……私はもう1人のではなくこっちの高橋で良いんだけど」
「いやいや、そんなわけないだろ」
嬉しいことを言ってくれたが、これはもう決まったことだ。
どうせやるなら効率的にやったほうが良い、ダラダラやったって怪我のリスクを高めるだけでしかない。
「私はっ――」
「これは決まったことだ、だったらどうしてさっき言わなかったんだ? 幾らでも言えたよな通話中に、でも言わなかったってことは良いかもしれないって思ったからだろ?」
「……………………だって格好良い男の子と……」
「素直になれよ、普通なんだよそれが」
見た目も良くて運動能力も高いし彼女にとって理想の人間で。
どうせ1人で帰らすなんて性格的に無理だろうから送りまでついているわけだ。
それをきっかけにしてもっと仲良くなってもいいし、すぐにテストも始まるので教えてもらうのもいい。
「頑張れよな浅見、ほら佐藤の所に行ってこい」
「その必要はないわ」
「……何で来るんだよ……」
できることなら明日まで顔を見ずにそのまま別れを期待していたんだけどな。
「浅見さん、少し部屋から出ていってくれるかしら」
「え、あ、うん」
浅見に出ていってほしかったのは事実だが、こいつが残るのは想定外としか言えない。
浅見は大人しく出ていき俺の前に佐藤が立つ。
「言君、何でわざわざ浅見さんと距離を作るようなことをしたの?」
「何でって、俺のせいだけど佐藤のせいでもあるんだぞ? ……幾ら佐藤達が側にいてくれたところで虚しさしか出てこないんじゃ作りたくもなるよ」
特別な関わりはいらないからあくまで普通でいたかった。
それでも今の状態では友達とすら言えない気がする。
だから少しだけもとに戻して今度こそ失敗しないようにと動こうとしているだけだ。
「……もう1人の高橋じゃないから?」
「そうだなっ、蓮だったらこんな下手くそな生き方は絶対にしないな!」
「嫉妬していたのよね? 中学生の時に高橋君の方へと七瀬さんも葉ちゃんも行ってしまったから、他の子も皆が彼を正しいと言ったから、それなのにもう1度同じ流れにしようとしているの?」
「おう、だってそれが正しいだろ? 女の子からすれば格好良いを求めるもので、どうせいるならそれ以外でも優秀な人間の方が良いはずだ。というか、別に完全に関係を絶とうとしているわけじゃない。お前が俺に呆れて家から出ていくように、俺もただ戻したいだけだよ少し前に」
「言っておくけれど、あなたが幾ら動いたところで少し前の状態になんて戻らないわよ。だから難しいんじゃない、何であの時あんなことしてしまったんだろうと、いつまでも後悔するのが現実じゃない」
「それでもやるうとするのが人間だろ? というか何だよ佐藤、何が言いたいんだよ?」
下着を持って帰るように言ってベットに寝転ぶ。
何がしたいのか分からない。
自分が同じようにしようとしているくせに俺には駄目なんてな。
「ほら、言ってみろよ」
何度も言うが怒りの感情はない。
でも、きちんと言ってくれないとモヤモヤが残るだけだから聞いているだけで。
「……これって……私のせいなのよね?」
「まあ少しはな? でも、あくまで俺が弱いからってだけなんだよ」
「あれだけ最近は浅見さんを優先していたのに距離を作ろうとするくらいだものね」
「今だってさ、本当はあいつの綺麗さに触れていたいって思ってるぜ? それでも、蓮に頼んであいつも受け入れてくれたし、浅見だって何回も格好良いって言ってたから丁度良いだろ」
「綺麗さ……」
「バスケをしている時のあいつはさ、綺麗に見えるんだよ」
標準状態での彼女のことは全然知らない。
俺が彼女の教室に行ったりしないし、向こうもまたそれは同じこと。
だからそれだけでしかなくて変な感情はないということが分かる。
恐らく島村だって同じように一生懸命頑張るあいつを綺麗だと感じているはずだ。
「分からないわね、平気で綺麗だとか言える相手なのにどうして?」
「バスケをしているだけのあいつしか知らないからだ、友達のようで友達じゃないんだよ」
何より浅見はまだ俺のことを信用していなかったわけだし、条件を守らなくちゃ続けることができない関係なんて、そんなのは友達とは言えない。
「……私みたいに変なことは言ったりしないわよね? それにあなただって触れたりはしないでしょう?」
「頭を撫でたけどな、あ、お姫様抱っこもしたか、確かにあいつは佐藤みたいに言ってこないな。俺が求めることってそういう接触とかじゃないんだ、俺と関わって楽しそうにしてくれる人がいてくれればなっていつも考えてる。だというのに転んだ拍子に抱きついて……相手が拒まなかったからってそのまま継続してもらうなんて馬鹿だけどさ。ほら、やっぱり下心ありで側にいたってことだよ」
美人だったから何だかんだ言っても不機嫌にさせないよう言葉選びを気をつけていたしな。
「俺はいつだってその胸を揉みたいって思ってたし、抱きつきたいと思ってたぞ?」
「嘘ね、あなたはそんなこと思わないわ、少なくとも風邪で体調が悪くなったりしない限りは」
「優しいじゃねえかよ佐藤、どうした? 朝みたいな態度でいてくれよ、そうしないと別れが辛くなる」
いつだって切られてきたからそれは慣れっこだけど自分からしようとするのはこれが初めてのこと。
だから最後に妙に優しくされると明日からこいつが家にいないんだなって寂しくなるもんだ。
「……辛いの?」
「そりゃまあな。風邪の時に気づいたけどさ、お前が家にいるのが当たり前だと認識してたからなもう。それで今回も話も戻すわけだけど、これまたお前が美人だったからだよ。もしブサイクな少女だったら遠慮なく追い出してただろうな、あ、そもそも受け入れもしなかったわ、うん」
見た目で態度を変えられるのが彼女にとって嫌だということを知った。
彼女は俺もそれだと分かって家から出ていこうとしている。
となれば、わざわざそんな相手に優しくする必要はないだろう。
……優しくされると虚しさが込み上げるし寂しくなるからやめてほしい。
「俺はお前の前で希望通り泣いたよな? ということは学校でくらいは話してほしかったってことで、それが何より下心があるってことなんじゃないかな多分。俺は美人と関係を続けていたい、浅見達は格好良いと関係を築きたい、人間として当たり前なことをしているだけなんだよな皆さ」
教室内じゃなければ抱きしめていたのだろうか。
家にいるのが当たり前だと認識している相手に出て行ってほしくないと思うのは普通だと思うが。
「……言君が良いなら、残ってもいいけれど」
「いやいや、無理するなよ! 嫌いな人間と無理している必要はないし、何よりお前にも無理してほしくないんだよ」
たった半月の仲でしかないが、俺はもうそう考えているから。
命の恩人には自由に楽しく生活してほしい。
「それは七瀬さんや浅見さんにも思っていること?」
「そうだな、誰を特別視しているわけじゃないから皆に思っているな。茜にも浅見にも下心有りで近づいている、俺はそんな人間だよ、蓮みたいに見返りなしで動ける奴じゃないんだ」
他人に何かするなら相手にも返してほしいと俺は思っていた。
無償で奉仕なんてできない、そんな立派な人間じゃあない。
美人、可愛いから近づくし、いつだって何かを求めているわけだ。
「ただあれだぞ? お前がもしそうしたいって言うなら住めばいい、矛盾しているようだけど命の恩人には好きに楽しく健康に生きてほしいからな」
「あら、それって結局望んでいるということじゃない」
「はははっ、いやまあそうかもな」
仮に向こうからきたということであったとしても、こうして笑ってくれるなら良いのではないかってすぐに考え方が変わってしまうのが俺の難点なところだろう。
「あの時も言ったけど、お前に触れた時に心地良さを感じたんだ、何か1人で泣きたくなるくらい寂しくて心細い状況の時だったからさ。あ、お前が俺の母親みたいに胸がでかいからかもしれないな、風邪の時はいつも抱きついてたから母性を感じたのかもな」
「母性って……同い年なのよ?」
「包容力があるっていうのかなーうーん、というかさあんな時に優しくするな、拒めよ馬鹿! 葉のご飯ができるまでしてやるとか言いやがって!」
「ふふ、あなたは私にお母さんを重ねていたようだけれど、興奮しそうになっていたわよね? それって良いのかしら? つまりいつもお母さんに抱きつく時は……それはいけないわね!」
「違うわっ! ……何か廊下の光にだけ照らされたお前の顔がえろく見えたんだよ……それに凄い優しかったし、何より柔らかかったからな」
男なんてそんなもん、蓮だって巨乳好きなくらいだからな。
背中とか足とかに触れてたくせに抱きしめられたくらいで意識してしまうのはどうかしているが。
「言君、私はそういうつもりで抱きしめてあげたわけじゃないわよ?」
「……知ってるよ、だからお前が変態といたくなくて出ていこうとするのもおかしなことじゃない」
「はぁ、こんな人間と一緒にいたらいつか襲われそうね?」
「かもな」
「……否定……しなさいよ」
「俺だって男だからな」
良い意味で吹っ切れて何でもかんでも言ってしまおうと決めていた。
それで人が離れてしまうなら仕方がない。
「浅見さん、彼は変態だそうよ?」
何で急にと思ったら扉を開けて彼女が入ってきた。
ありがちなシチュエーションだなと俺は苦笑する。
「……高橋、佐藤さんに抱きついたの?」
「ああ、お前が家に来るって言った後すぐだ」
「……こ、興奮したのっ?」
「興奮……ドキドキはしたな」
理性が吹っ飛びそうになって馬鹿みたいに動揺していましたっ。
「襲うの?」
「ま、その相手と親しくなったらな? 決して自分勝手にはしないと神に誓える。相手が佐藤だろうが茜だろうが葉だろうが島村だろうが浅見だろうが、仲良くなれば襲うというかそういうのも求めるんじゃないのかな多分」
「さ、佐藤さんだけじゃないんだ……」
「当たり前だろ? あんなこと言ってたけど特別視しているわけじゃないよ誰も。何なら今1番仲を深めたいと思っているのは浅見、お前だし」
「あら、私じゃないの?」
「お前は出ていくんだろ?」
気持ちを少し改めた今では俺だってまた練習に付き合いたいと思っているわけだしな。
蓮が来るということなら俺も教えてもらおうかなと考えていた。
中学時代は嫉妬からあまり集中できていなかったので、純粋にバスケを楽しみたいのだ。
あいつも俺らが足を引っ張ったって楽しそうにやっていた、だから浅見とお似合いだと思う。
格好良いのくせに全然女の子と関係を作ろうとしない蓮にとって彼女はいい存在なのではないだろうか。
「うわぁ、バスケやりたくなってきた!」
「やれやれ……女の子よりバスケなの?」
「何だよ、嫉妬かよ佐藤」
「はぁ、まあ仕方ないわね、どこかの誰かさんが寂しがるし残ってあげようかしら。荷物運ぶのだって重くて大変だもの」
「ま、それがお前のしたいことなら拒むつもりはないよ」
「そうだ、浅見さんもこの家に住んだらどうかしら?」
「おいおい、住むわけないだろ? 大体、俺こいつの母さんに嫌われてるからな!」
叩かれるとは思ってなかったからびっくりしたなあの時は。
波風立てないとか言って馬鹿にするようなことも言ってしまったし許可が下りるはずがない。
「住む」
「それなら一応私の家に、ということにしましょうか。流石に男の子の家に住んでいると知ったら気が気ではないでしょうし」
「うんっ、絶対に住む」
ここで何も言わなければ彼女の自己責任で済まないだろうか?
というか、蓮が良かったんじゃねえのかよ浅見さん……。
あー……ハーレムかよ……。




