15.『普通』
読む自己ー
「おはよう言君」
「お、おう……おはよう凛」
昨夜から1つ屋根の下に彼女がいるという現実に困ってしまっていた。
というか、彼女に抱きしめられたからといって、認識を変える俺は屑だろう。
その点をまたストレートに話すと、俺達の間を少しの気まずさが通り抜ける。
何とか葉の前では普通を意識し、準備を終えた俺は家を飛び出した。
教室、自分の席に座っていたら凛がやって来て横に座る。
「……そこは別の奴のだろ?」
「まだいないからいいでしょう?」
「まあ……それでどうしたんだ?」
優しい彼女を傷つけないためにできる限り普通でいたいが。
「今日、浅見さんが来るのでしょう?」
「まあな」
「下手をしたら泊まることになるわよね?」
「いや……分からないな」
「私、嫌なのよ、あなたの側に彼女や七瀬さんがいるのは」
おい、おいおい、今はやめてくれよ……少なくとも不安定で脆い状態の今そんなこと言われたら……。
「凛、気持ちは嬉しいが今はやめてくれ……」
「そうね、ごめんなさい」
昨日と一緒ですぐにやめてくれて安心した。
横の奴がやって来て立ち上がり帰るかと思ったら俺の横に立ってまだ続けようとする彼女。
少し視線を逸らせば彼女のスカートが見えて、……未だに床に転がったままの下着を思い出し俺は目を閉じて誤魔化した。
「どうしたのよ、今日はおかしいじゃない」
「俺もそう思う……」
「まあいいわ、今日はお菓子を買って帰るわね、浅見さんと少し2人だけで話したいのよ」
「唯に優しくしてやってくれよな」
「……ええ」
惚れた綺麗だなんて言っていたが別に唯を特別に見ているわけじゃない。
魅力的なのは茜も横の凛も葉も変わらないわけで、……いや別に彼女が何かをするわけじゃないよな。
「ねえ言君、浅見さんもあなたのこと名前で呼んでいるの?」
「いや、呼んでないな」
そこで優しい笑みを見せないでほしい。
もう全てを言ってしまおうと彼女を廊下に連れ出した時だった。
「た、高橋……」
「え……あ、おはよ、唯」
「……佐藤さんとどこか行くの?」
彼女の腕を掴むことを止め「少しな」と答える。
「今日、約束……部活動お休みだしいいよね?」
「約束だからな」
「……ねえ、本当に佐藤さんと一緒に住んでるの?」
「ああ……今月の13日くらいからな」
もう半月くらいは一緒に過ごしたことになるわけだ。
たったそれだけでいてくれなければならない1人になったのは、相手が美人だからだろうか。
「高橋は佐藤さんのことが好きなの?」
「え……」
今から全てを話して少しだけ距離を置いてもらおうとしていたんだ。
それだというのに今こんな質問は……いや、少し厳しいな。
どうしたらいいんだろうって悩んでいたら――
「安心しなさい、言君は私のことなんて好きじゃないわよ」
彼女が言ってくれたのだが……前までなら即答できたんだ、本当に前なら。
「そうなの?」
「ええ、今だって本当は私とどこかに行こうとしていたわけじゃないわ」
「違っ――」
「行くつもりはなかった、よね?」
「……ああ」
さっきはあんなこと言ってくれたというのに唯が来たらこれなんて……もしかしてさっきのもいつ通りの虚言というかこちらをからかうための嘘なのだろうか。
「浅見さん、来てくれるわよね?」
「そういう約束だから」
「ええ、それじゃあまた放課後に、帰りにお菓子を買っていきましょう」
「あ、うん、それじゃあ後で!」
唯が教室に入ったのを確認して教室の壁に彼女を押し付ける。
優しさなんてそこにはなく目線だけで何故だと問いかけた。
「痛いわ、やめなさい」
「……何であんなこと」
「だって本当のことでしょう? もしかして少し抱きしめたくらいで意識してしまったの? そういう人間は嫌いだって言ったわよね? 離しなさい」
離すと彼女のこちらを見やる表情は冷たいもので。
「浅見さんが泊まるにしろ泊まらないしろ、どちらにしても明日には出ていくわ」
「は……そうか、いや悪かったな」
作戦、というわけではないだろう。
どんなからかう時だってこれまでこんなに厳しい表情を見せたことはなかった。
いや、今までがおかしかっただけだろう、同級生の女の子は同じ家に住んでるということが。
しかし、離れていくならせめて一昨日にしてほしかったものだな。
「じゃあ最後に言っておくけどさ、本当は人のいないところに連れてって一緒にいるとドキドキするから距離を置いてくれって頼もうとしてたんだよ。いや、お前の言うとおり、抱きしめられて意識したんだろうな……昨日からずっともう駄目だったよ。ま、距離を置いてくれるなら助かるわ、ありがとう」
席に戻ってイヤホンを装着し音楽を聴く。
大丈夫な範囲で大音量にして賑やかな空間の音をシャットアウトした。
もし何か間違いが起こって彼女が話しかけてきた時も無視できるように。
……まず机を指先でタップしてから肩を優しき叩き最後は俺の頬を思いきり掴む。
それでも何とか声を上げず声を出さず反応せずを貫こうとしたら胸倉を捕まれイヤホンが外れた。
「無視するんじゃないわよ」
「……何だ?」
「何だ、悲しんでいないのね、つまらないわ」
「まあ……これまでがおかしかっただけだろ」
「ふぅん、ねえ、泣きなさいよ」
「正気か? ここは教室だぞ?」
「いいから、泣いたら学校では話してあげるわ」
いや、何でだ? どうして涙を流しているんだろうか。
「良い子ね、なら次はここで抱きしめなさい、そうすれば明日も家に泊まってあげる」
「ふぅ、それは無理だな、だったら学校で話せるだけでいい」
おかしな状況を直すなら今だ。
感覚が麻痺し彼女がいる生活が当たり前だと思ってしまっていた自分を直すなら今。
「これからは普通の友達として仲良くしてくれよな」
「……………………いいの?」
「ああ、今ので醒めた」
「興味を失ったってこと?」
「いいや? ただ、やっぱり蓮と違って簡単に人を好きになれないってことだ」
綺麗の気持ちは分からない、彼女もまた平凡以下の気持ちは分からない。
側に幾らいたところで同じ立場に立ててはいないんだ。
それは茜も葉も唯も憂も全員がそう。
「俺と凛達はあくまで友達かそれ以下だ、それだけなんだよ」
そこ止まりなんだよ。
先生が来たので席に戻らせて俺も座る。
HRが始まって終わって、それから授業もそれを繰り返して。
昼休みになったら飯を食う気にはなれなかったから外に出て歩くことにした。
1月ももう終わる。
4月を迎えればきっとこのごちゃごちゃした関係をリセットできることだろう。
狙いは誰とも別のクラスになること。
あくまで勘違いしないよう少しだけ距離感を作りたいだけだ。
教室に戻って午後の授業も受けて終えて、放課後になったら教室及び学校を後にした。
家に着いたら自室に籠もる。
少ししてからノックされて中に唯が入ってきた。
「どうして先に帰ったの?」
「いや、佐藤と一緒に帰るみたいなこと言ってたから。で、あいつは?」
「1階にいる、後で2人で話すことになってるから」
「そうか、それで浅見が家に来た理由は?」
「……いつもお世話になってるから、ご飯でも作ろうかなって思ってたんだけど」
「別にいいよ、俺は何もできてないしな。それと、もう放課後も残るのやめるわ」
「え……」
「うん、まあ、浅見が悪いわけじゃないんだ、そこだけは誤解しないでくれ」
自惚れないように少し行動を変えようというだけ。
今だってまだ雰囲気含めての彼女に綺麗さに触れたいし見ていたいが。
「だから居残り練習も危ないからやめろよな」
「嫌だよ……まだ上手くできてないのに」
「……分かった、なら20時に俺が学校に行ってお前を家まで送ってやる。友達でいるための約束だったもんなそれ、それくらいは守らないとな」
勿論、4月になったらリセットさせてもらおうと考えていた。
少し関係をここでフラットに。




