13.『条件』
読む自己ー
部室で制服に着替えていた。
勿論、この後の約束があるので先輩達が出ていったらまた着替えるつもりだけど。
高橋に言われてからはもう少し頑張ろうと動いた。
その結果、いつもより少しは積極的に、そして楽しく部活ができたと思う。
それに勝手に彼氏扱いして大半は「良い彼氏じゃん!」って言ってくれたんだけど……。
「ああいう自分がしないのに命令する男嫌い」
「本当にそうだよね、唯、あんまり優しくしすぎるとつけあがるから気をつけなよ」
「しかも大して顔もよくないしね」
なんて同級生や一部の先輩が言ってきて彼のことなんてなにも分かってないくせにっ、とむかついた。
先輩が出て私と憂だけになった後、「よっぽどお前らの方が嫌いだ!」と叫んだ。
「どうどう、落ち着いて唯」
「だってっ……せっかく私のためを思って高橋が言ってくれたのに」
「というかっ、仲直りしたんだね」
「あ……うん、まあ帰ったら話すよ! 今は着替えて行こ?」
せっかく部活だって見に来てくれたし約束がある。
着替えて体育館に戻ると高橋がシュート練習をしていた。
……私より上手くて少し複雑になりつつも跳ねてこちらへやってきたボールを拾いパスをする。
「よっ、俺が叫んでからは少し遠慮がなくなってよかったぜ」
「う、うるさいっ、高橋のせいで先輩にからかわれたんだから」
「それは光栄なことだな」
優しい笑顔を浮かべて足元に置いてあったボールをパスしてくれた。
「あ、これ好きなやつっ」
「まあ散々ボール拾いしたからな、何となく分かったよ気に入っている理由が」
なんか自分を分かられているみたいで恥ずかしくなって顔をさっと逸らす。
「島村、前は悪かったな!」
「大丈夫っ、こうして唯が元気になったしね!」
「お前も上手かったな、というか皆上手くて怖かったわ」
「前も言ったでしょ~この部は結構強いんだって」
そういえば休憩が終わって練習が再開されたとき彼が監督に呼ばれていたけどなにを話していたんだろうかと気になった。
「た、高橋っ、休憩が終わってから監督となにを話してたの?」
「ああ、俺のおかげで浅見が頑張れているのかって聞いてきたから、彼女が一生懸命で素晴らしいだけですって答えておいたぞ」
「おお~なんか格好良いね~」
「茶化すな、本当に頑張っているのは浅見なんだから、俺なんか関係ないよ」
確かに頑張っていたのは本当だ。
それでも彼が練習に付き合ってくれるようになってからより楽しくなったのも事実なわけで……。
顔が熱くなる、それだというのに彼は憂と楽しそうに話をしていた。
というかこの2人はどうしてここまで仲のいい感じがするんだろうか。
何度も言うけど憂は軽そうでガードが固い女の子なのに……。
「おい、早くシュートしろよ」
「う、うるさい……す、するよ言われなくても!」
せっかくここまで残っていたんだからしっかりしてほしいものだ。
今日もシュート練習をする浅見を2人で眺めることにする。
「ねえ高橋君、ちょっといい?」
「ん?」
「あのさ……えっとね、唯のこと名前で呼んであげて?」
「は? 俺まだ信用されてないからな?」
遅刻させたくない及び遅刻したくないということで昼間は抱いてしまったりしたし、つい茜にするように頭を撫でてしまっていた。
それだから先程からの反応はぎこちないんだろう。
それだというのに名前呼びなんてしたらまた知り合いに戻りかねない。
慎重にいきたいのだ今回は。
「大丈夫っ、いいから呼んでみて!」
驚いて怪我をしてしまってはいけないので、彼女が少し休憩したタイミングで呼んでみることにした。
「唯、今日のシュートも綺麗だな!」
慎重とは何だったのか、俺はもっと言葉の意味を知ったほうがいいのかもしれない。
彼女は持っていたボールを落としてぎぎぎとぎこちない動きでこちらに振り向いた。
ちなみにあのボールはお気に入りのやつではないため、頑張ろうとしていることが伺える。
「な、何故に名前呼びですかー!」
「く、口調がおかしいぞ……」
流石にそのまま練習続行とはならなかったらしくこちらを壁に押し付けて睨みつけてくる唯。
「や、やめてよっ」
「それを言うならしまむ……いねえ……」
音もなく消える、現れるスキルは俺も習得したいが。
「ねえ、高橋もしよ? 見ているだけじゃつまらないだろうし、なによりまた好き勝手に言われたりしても困るから」
「そうだな、側面のゴールで練習するわ」
あまりは意味はないが何もしないよりは良いだろう。
ゴールに向き合ってボールを放るとスルッと綺麗な音を立ててリングを通過した。
中々捨てたものじゃないなと得意げになりつつ彼女のを見ると、向こうは音が立っておらず……。
悔しくて何度もやってみたものの、無音というのは俺にはできない芸当だと分かった。
「ふふーんっ、帰宅部なんかに負けないんだから!」
「いいんだよ、俺はお前の綺麗なやつが見られればそれでいい」
「あ……もぅ」
1時間というのは長いようで短いからすぐに終了を迎えたけれども。
着替え終わった彼女達と学校を後にする。
唯は島村と楽しそうにしていた。
家が隣同士ということもあって気の置けない存在なんだろう。
「高橋君の存在は結構励みになるかもね~好きじゃなくても男の子に見られてるとやる気出るかもしれないでしょ~?」
「俺に見られてやる気出る奴なんかいるか?」
友達である唯にも恥ずかしいと言われてしまったわけだし、何より俺は蓮じゃないわけだし活気づくとは思えなかった。
蓮が体育館にいて少しでも優しい言葉を投げかけてやれば……そうでなくても一生懸命だった活動がより一段回上がってあの厳しそうだけど優しい監督だって喜ぶことだろう。
「だけど少なくとも浅見なんとかさんは喜びそうだけどね~」
「ないない、こいつがその程度喜ぶかよ」
何度も言うが暇つぶしとはいえせっかく見学に言ってやったのに最初に出た言葉が恥ずかしいだぞ。
それに友達にはなんとかなれたものの俺はまだ信用されてもいないのだ。
「高橋君」
「ん?」
「唯のこといつもありがとね、唯が大切にされていると私も嬉しいからさ」
「俺は何もできてないよ、島村のおかげだろこいつが元気なのは」
どういう風に過ごしてきたのかはわからない、それでも彼女の存在はきっと大きいと思う。
何だよ、あんな言い方してたくせに良い奴じゃねえかと評価を改めた。
友達、親友だからこそ無責任には言うことできないということだったのに俺は早計してしまったから。
「島村、前は悪かったな、それとありがとよ」
「なんで高橋君がお礼言うの~? ふむ、じゃあなにか私にしてくださいっ」
「憂」
「うわぁ~最悪~!」
やかましい島村と別れて最後に唯を届ければミッションは完了だ。
「唯、明日も遠慮はするなよ?」
「だから名前……」
「気にするなこれくらい、それくらい先輩達にもぶつかっていくんだ!」
「うん。あ、あの……3つ目なんだけど……」
まだ少し微妙そうな感じということは名前呼びを求めようとしたわけでもないのか。
「えと……抱き――」
俺は側面の壁に優しく彼女を押さえつける。
何故かと言うと扉が開けられ彼女の母が出てきたからだ。
大丈夫、門を超えなければこちらのことは分からない。
そして唯母もすぐに戻ってくれた。
「悪かったな、ほら、お前の母さんに嫌われ……おい、顔赤いぞ?」
体を離したら彼女の顔が赤いことに気づき困惑する。
また風邪を引かれてしまったのだろうか。
「えぅえぅえぅ……」
「それで3つ目は?」
「……3つ目はまた考えておくね」
「おう、それより風邪引かないようさっさと家に入れ!」
友達になった次の日に風邪引かれたらそれは悲しい。
俺が条件を出すとしたら、元気でいてくれること、話してくれること、楽しそうにしてくれること、その3つをあげると思う。
「急がなくてもいいからな、じゃあな!」
「うん、ばいばい」
さて、俺も早く帰って葉の美味しいご飯を食べるとしよう!
練習に付き合う、送るって可愛い子からならご褒美なのかな。




