好きいろ日和〜昔の約束を忘れていたら小さかったあの子に求婚されました〜
人生少し苦労するくらいが良いと言われても、私には少しキツすぎたのかもしれない。
高校を卒業して二年。楽しかったと思いつつ卒業してよかったとも思っていた。
「おねぇちゃん! 来年には迎えに行くからね!」
二年前まで私が着ていたデザインの制服を身にまとい、笑顔で結婚を申し込まれるまでは。
「だ、だからねみゆ? あの時は小さかったから‥‥」
「でもちゃんと指切りしたよね?」
ぐぅの音も出ない。
私、篠山りいなは
隣の家に住む端咲みゆ に絶賛 求婚を受けている。
みゆが嬉々として迫ってくる原因は私の昔の言動にあった。
『おねぇちゃん、好きだよ』
当時の私は小学五年生。その時の私は妹が欲しかったこともあり3つ下の小学二年生の女の子、端咲みゆが可愛くて仕方がなかった。
だからそう言われたとき、勢いで言ってしまったんだ。
『私もみゆちゃんだーい好き! 大人になったらずっと一緒にいようね』
そんな将来を約束するようなことを軽々しく、言ってしまったのだ。
「それって結婚してくれるの? って聞いたらうんって言ったでしょ」
「それを私が二十歳の誕生日に言われるなんて思わないでしょう」
「自分の発言には責任もたなきゃ」
「だからもう許してってばー」
聞けばみゆ は私と約束したその日から私との結婚を楽しみにしており、数々の告白も恋愛も捨てて私だけを見てきたらしい。……罪悪感で胃が痛くなってきた。
「私はあの日からおねぇちゃんしか見えてないんだよ?」
「うっ」
そんな子犬のような目で見ないでほしい。たしかに最近スキンシップ激しいなーとか中学くらいから視線を感じるなーとか思っていたけど。まさかここまで思われてるなんて思わないじゃない?!
「ねぇ、好きだよりいなちゃん……」
「近い! あと耳元で話さないで!」
「囁くって言ってよ。おねぇちゃんは昔から色気ってものがないよね」
ーだからライバルも少なくて助かったんだけど。
なんて笑われたって、笑えない。交際はおろか恋だってしたことないのに今まで妹のように可愛がってきた子に結婚を迫られたって何も返せそうにない。
「おねぇちゃん、私 本気だよ? 今すぐにだっておねぇちゃんが欲しいの」
「どこでそんなの覚えたの?!」
参った。だいたい、みゆはモテるって友達から聞いていた。だからこそ、とっくに誰かと付き合っているのだと思っていたのに。
「よくおねぇちゃん言ってたよね、結婚式に呼んでねって。だからおねぇちゃんがあの約束を覚えてないことは知ってたんだよ」
「だ、だったら私のことなんか忘れたらよかったのに……」
「できるわけないでしょ? 私にとっておねぇちゃんは世界なんだから」
世界って……だいぶ壮大な想われ方をしていたらしい。それを私に馬乗りになって言うあたり、だいぶムードがないけれど。
「それに私思ったんだ。覚えられてないくらいじゃ諦めきれないし、だったらずっと黙ってて、いきなり言って困らせようって」
「たしかに今だいぶ困ってるよ」
「こんなんじゃ足りないよ」
「……?」
ニコリと可愛い笑顔で微笑んだと思えば、みゆは私の耳をゆっくりと舐めた。
「ひっ?!」
「くすっ、可愛いよおねぇちゃん♪」
驚いて逃げようとする私を抑えながら、楽しそうに笑う姿。状況が状況じゃなかったら、頭をなでたいくらいに可愛いのに。
「大丈夫、急におそったりなんかしないよ」
「今なんか大切なものを持っていかれた気がする……」
「耳くらいで大げさな。でもおねぇちゃんの恋心ならほしいかも。あと貞操」
「最後なんかさらっとすごいこと言ったよね?!」
けらけらと笑っているけど、みゆは本気で私が好きなんだと分かってしまった。さすがに冗談でこんなことできる子じゃないと私は知っている。
「本気……なんだね」
「本気も本気だよ。ずっと言ってるじゃん」
また甘い声で好きだよなんて言われて、目眩がしそうになった。なるほど、これが"囁く"ってことなのか。
「悪かったわよ、忘れてて」
「うん?べつに怒ってないよ。むしろ困ってるおねぇちゃん見れて眼福かも」
「なんかみゆが変態的な思考に目覚めてる気がする」
「だとしたらおねぇちゃんのせいだね。責任とって?」
いま、責任の言葉がこんなに重くのしかかるなんて思ってもみなかった。
昔した軽い約束、しかも自分からした約束を忘れていたんだ。挙句にそのせいでみゆから"恋愛"の機会を奪ってしまった。土下座で許される問題じゃない。
「分かったわよ……覚悟きめる」
「えっ?! じゃあ結婚……!」
「みゆが私以外の誰かを好きになれるまで面倒みるわ」
「えっ?」
そうだ。そうするべきだった。
元はと言えば自分でまいた種だ。逃げ出そうとか、許してもらおうなんて人として恥ずかしい。
「安心して? 私、友達は多いの」
「恋もしたことないくせに」
「い、言わないでよ‥‥てかなんで知ってるの」
「ずっと見てたって言ったでしょ。はーぁ。攻略は難しいなぁ」
攻略ってなんだ。
なんでいきなりゲームの話なんかするんだろう。
「あーもう、いいよそれで。なんだろうとおねぇちゃんは私のそばに居てくれるわけでしょ?」
「まぁね、責任はたすまでだけど」
「あたしがおねぇちゃん以外 好きになるはずないのに……」
何かボソボソ言ってるけど、聞こえないから多分大丈夫なんだろう。ちょっと腑に落ちない感じだけど納得してくれたみたいだ。
「じゃあいいや。とりあえずおねぇちゃん起きて」
「みゆが押し倒したんだよね?!」
なんだこの態度の変わりようは。さっきまで可愛かったのになぁ。
「約束は約束だから。責任とってよ」
「うん? だから相手を探してーー」
「そういうのいいから」
むにっ。
瞬きの間に唇に押し付けられる柔らかい感触。目を開けると、みゆにキスされていた。
「んっ、んんっ……!?」
しかもなかなか激しめのやつ。理解が追いつかなくて肩をたたけば、しばらくして満足したのかみゆはゆっくりと唇を離した。‥‥ご丁寧にリップ音を立てて。
「えっ、なっ……え!?」
「仕方がないからおねぇちゃんの私のお相手探しとやらには付き合ってあげるよ。でも私も好きでもない人に会うのってちょっと抵抗あるんだよね……だから」
ーー相手が見つからなかったらその度にキスさせてね?
なんて訳の分からない条件とともに、唇を舌で舐められる。
「うん、おいしっ。じゃあ楽しみにしてるね、りいなちゃん♪」
ニコニコと満足げな笑顔を浮かべながら颯爽と去っていく。
「いやいやいや、ウソでしょ……?」
初めてだったんですけど。
そう言ってももう誰も聞く人はそこにいなくて。
唇に残った感触とみゆのいたずらっ子のような笑顔。
それだけはもうしばらく、頭の中から離れてくれそうになかった。