逆襲の姫君
本日も放課後になり、部活動の時間がやってくる。
さて、文学研究部はいつもの様に、冴えないオタク達が下らない活動をするのだろう。
すでにメンバーは集まっており、作戦会議が始まろうとしていたその時である。
廊下に秘密裏に設置している赤外線センサーに感アリ。
教師か? はたまた陽キャが攻めてきたのか?
部室内の人間は慌ただしく動く。
ある者はホワイトボードを裏返し、ある者はアンダーテイカーの議事録を隠し、普段読みもしない『鴨長明』の本を取り出し……
図書第2準備室のような、校舎の辺境に足を運ぶ者などほぼいない。
それだけに、教師などが見回りに来た際は、真面目な部活風景を演じねばならないのである。
そして、徐々に足音が部室に近付き、ドアの前で止まった。
この緊張感……
ただ部室に人が来ただけであるというのに。
白雪が参謀長へ目配せをした。
それを受けて、参謀長はドアの前に立ち、いつものヤツをやる。
「あ、合言葉は?」
その瞬間である。
「うっさい死ね! 早く開けろよキモメガネ!」
女性の声であった。
その声は不快とも言える程に甲高く…… 訂正しよう、アニメ声のような、女性からは所謂『ぶりっ子』と、されるようなシロモノだ。
その声を聞いた参謀長は、急ぎドアを開ける。
そこに立っていたのは女性なのだが、その女子生徒を一言で形容するなら"イタイ"が適切だろう。
黒髪のロングヘアに姫カット、身長は150cm弱程度で少し短いスカートから、膝上には白のニーソックスが覗いている。
顔立ちはそれなりだろう。どちらかと言えば可愛い系といったところか。
考えてみて欲しい。アニメ以外でニーソックスを着用している女子を、現実として見たことはあるだろうか?
いたとしても、"オタサーの姫"のような、微妙な女性が大半を占める。
この女子生徒は、2年B組の幸村 シゲである。
出席率は低いが、実は文学研究部の正式な部員であり、アンダーテイカーにも参加している。
「し、シゲちゃん……」
参謀長はポロっと呟いた。
しかし、それを聞いた幸村は参謀長をビンタした。
「その名前で呼ぶなぁ!」
そう、両親の圧倒的センスの無さから、"シゲ"という、時代錯誤の逆キラキラネームをつけられた可哀想な子なのだ。
当然この女も陰キャラとされた者……
唯一の長所の顔以外は、当然ながら最底辺である。
コードネームは"童貞殺し"。
ぶりっ子、運動音痴、BL好きのトリプル役満だが、校内一頭が悪いという付録着き……
また、陰キャラの女子全員から嫌われているという、最強の女である。
ちなみに文学研究部では、アイドルとして、崇め奉られている。
「し、幸村さん。今日は参加でござるか?」
ゴッドはシゲと言いかけたが、間一髪踏みとどまる。
「そうよ、悪い!?」
この女、部室ではイキり散らしているが、クラスでは浮きに浮いたはぐれ者である。
なおかつ、白雪相手にワンチャンスを強かに狙う策士でもある。
しかし、策士に必要なオツムが足りないため、溺れる方の策士であり色々とお察しなのではあるが。
「部長~、新刊のBL本、一緒に買いに行きましょうよぉ」
この女、ズレている…… それも圧倒的に。
場は収集が着かなくなっており、もう滅茶苦茶だ。
「皆さん、作戦会議でしょう。話を戻しませんか?」
一人の男の奮起により、部室の雰囲気は一変する。白雪にお尻を振っている幸村でさえ、おとなしくなってしまった。
その硬派な佇まい…… 漢の中の漢!
コードネーム"コマンドー"である。
その体躯は180cmを優に超え、丸めた頭は、まるで断崖絶壁の如くそそりたっている。
この男は、ミリタリーオタクにして、幸村に靡かない唯一人の特別な存在である。
ちなみに見た目とは裏腹に、気が弱く喧嘩などしたこともない、さらには頭が非常に悪い。
この部活、圧倒的に知能が足りていない!
「は~い、作戦会議するよ」
コマンドーの一言をきっかけに、白雪が話題を元に戻した。
「次の作戦だが、今のところノーアイディア。皆、意見具申を許可しよう」
皆は考えてはいるようだが、今一つ意見が出てこない。
「悪臭作戦を具申いたします。ターゲットはC組のバスケ部の沢田が適役でしょう」
そう発言したのは、コマンドーだった。
「ほう。なぜだ?」
コマンドーは白雪の言葉に即応する。
「沢田は多数の女をたぶらかしており、少々目につきます。作戦のターゲットには十分な理由かと」
その言葉に、幸村が痛い所を突く。
「なに? 羨ましいワケ!?」
それを聞いたコマンドーは、慌てた表情を見せた。
「な、何を言い出すかと思えば…… 俺は童貞を守っているのだ!
羨ましいなど笑止千万! お前こそ処女であろう!」
それを聞いたチェリーキラーは、「フッ」と笑ったが、それを見たコマンドーは更に激昂する。
「あのねぇ。童貞に価値などないわ。考えなさい。攻めたことのない兵士と攻め込まれたことのないお城…… どちらが価値があるかしら?」
コマンドーは涙目の敗走…… 勝てる訳がない死地に赴くその姿は、言うなれば"SAMURAI"であった。
白雪はチェリーキラーの腕を取り、真上に引っ張り上げた。
「幸村の勝ち。だが、お前の決意は無駄にはしないさ。次の作戦は"悪臭作戦"だ! 明日までに立案書を提出するように!」
瀕死のコマンドーは、白雪の言葉により奮起す。
「承知いたしました。では明日までに概要をまとめます」
白雪はコマンドーへ背中で語る。
「これが"漢"だ!」と……
ポッ。
コマンドーの目は自然と白雪の臀部を直視していた。これはいけない……
「アリだわ」
そのやり取りを見ていた幸村はそう呟いた……