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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
二章 命の定義
95/185

16-3

 乱れた世界を走り抜ける。

 走れば走るほど空間は風船のように膨らみ、どこまで進んでもミヤビが怒られている。


 ……怒られている? ただ憂さ晴らしをされているだけだ。


 ともかく逃げなければ、と映像の彼らを隔てるように進んだり、椅子を投げつけたりするが、さも意味がないとでも言っているように、「ミヤビ」は映像を飛び越え椅子を弾く。



「――――クッソ……」



 もうあの痛みは御免だ。

 死なないとは分かっていても、怖いものは怖い。彼女が抱く「殺意」が、こちらに明確に伝わってくる。しびれるような、燃えるような、凍えるような……そんな感覚が、俺の無いはずの心臓を叩きならす。

 「意識の世界」とはいえ、ここは俺の意識があまり干渉できない。ルルンタースの能力によって入り込むことはできても、持ち主の言いなりになるしかない。やはりそこで抵抗するためには……こうして、あてもなく逃げ惑うしかないだろう。



 ふと、思い出した。

 最初の「紅い月」の際、俺はミヤビを「青フードの悪魔」と形容した。それは、彼女が冷徹に魔物を殺していく姿を皮肉ったものだが、今ここでの彼女はまさにそれだ。

 「悪魔」――――ミヤビの中に住み着く何か。レンに植え付けられたものなのかどうかは分からないが、明確に俺を拒んでいることは理解できる。彼女は、俺を「本体」に近づけたくないらしい。


 走っても走っても、負の世界が広がる。

 体力と言う概念を勝手に生み出してしまって、俺の体は鉛のように重くなり、明らかにスピードが落ちる……いや、初めから悪魔は、本気を出して走ってはいない。俺の中の悪魔は、もっと速いスピードで敵を殺せたはずだ。

 つまり、「舐められている」か「俺の進む方向にミヤビが居ない」ということ。どちらにせよ、このままじゃ俺は意識の世界から弾き出されてしまうか、消滅してしまうだろうし、かといって彼女に立ち向かえばまた刺されるだろう。


 死なないのは、「死ぬ」選択……。

 いや、まだそれも確実じゃない。さっきは刺されても死ななかったが、今回はどうか分からない。死なないというのは俺の勝手な推測であって、確定事項ではないのだ。

 消滅するというのもまた推測。一旦弾き出されて作戦を練り直すこともできるかもしれない。


 ……どちらにせよ、死のリスクを回避することはできない。



 そう思った瞬間、急に体が重くなる。

 疲労じゃない。プレッシャーだ。果てしなく重いプレッシャーが俺の肩にのしかかり、体の動きを制限し始めた。心臓は更に叩き鳴る、割れんばかりに。冷汗が全身から滲み出し、ぜえぜえ息をするせいで口と喉が渇く。



「――――ミヤビ、今日誕生日でしょ!」



 鬼ごっこの最中、チエの声が響いた。空間いっぱいに広がって、世界が一気に明るくなる。さっきまでミヤビを嘲笑していた声がぷつんと無くなり、代わりに二人の話し声が聞こえ始める。



「ごめん、今日も勉強しないと……」


「そんなんいいって! ほら!」



 ……現れたのは、チエと、彼女に手を引かれて走るミヤビ。ミヤビは少し古ぼけた服を着ていて、彼女らしくない地味な印象を受けた。事実、彼女自身も「地味」だと記憶していたのだろう。心なしかチエの周りだけが輝いて、ミヤビの周りは淀んでいる。


 悪魔の動きが止まった。

 ただその光景を、眺めている。



 ――――なんだ? 何が起こった?

 世界は姿を変え、一気に眩くなる。



「こっちはどう? うーん、いやこっち!」


「こんなカワイイやつ、私には……」


「何言ってんの? あんた結構男子に人気あるんだから」


「……」



 どうやらそこは、服屋のようだった。結構おしゃれなところで、俺はきっと一生訪れることは無いだろう。そこでミヤビは、チエに服を選んでもらっている。彼女が選ぶのは、ピンクや白の、可愛い系の物。確かに、ミヤビの雰囲気には合わないかもしれないが、それは俺が彼女の元を知っているからであって、初対面でその服を着た彼女に会ったなら、「似合っている」という印象を受けるだろう。

 ……というか、そもそも元が美人だから、何着ても似合うのだが。



「……ねぇチエ。私、帰らないと……」


「帰って何するの?」


「……勉強」


「そんなに勉強してどうするの?」


「医者に、なる」


「――――嘘。ホントは、違うのになりたいんでしょ? 目が泳いでるよ」


「……」



 ミヤビは大人しい。自分を塞ぎ込み、そして殺している。

 そんな彼女にいち早く気づき、寄り添った人物がチエだった。だからこそ、彼女の記憶に色鮮やかに焼き付いている……。



「あ、じゃ、これがいいかな」


「……はぁ!? あんたそれメンズ……あ、でも、すっごい似合うかも……じゃあ、これとこれと……」





 ――――ミヤビが手に取ったのは、あの「青いフード付きの上着」。

 俺は目線を「悪魔」に移す。確かに薄汚れてはいるが、映像のミヤビが持っているものとほとんど同じだった。


 ……「全く同じ」ではない?

 俺は二つを見比べるが、やはりどこか違うものだった。映像の方は「ファッション」に特化しているのに対し、悪魔が来ている方は「装備」に特化しているように思える。より頑丈な素材と作りで、色も少しだけ薄い。だが、見比べなければその違いに気づくことができないだろう。



 チエはあちこち歩きまわって、色々持ってきた。どうやら全身の服装を選んだらしい。



 ……試着室から出てきたのは、メンズコーデでカッコよく整えたミヤビだった。

 黒いデニムは彼女の足をさらに長く見せ、白シャツがぐっと印象を整える。ふわりと羽織ったあの上着が、クールでなおかつカジュアルな雰囲気を醸し出す。

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