16-1 「青フードの悪魔」
家に戻ると、ばったり「ジョン」と言う冒険者に遭遇した。
正直名前を思い出すのに十秒くらいかかったが、ギルドに訪問したあの時に出会った、禿げている冒険者だ。左腕は無く、今回の戦いで失ったものだということを理解した。
「モトユキサン……感謝する。お前が居なきゃ、俺たちはみんな死んでいた。それで、ずいぶんとルルンタースに気に入られているようだけど、なにかあったのか?」
「俺にも分からない」
「……お前、中身、子供じゃないだろ」
「……うん」
「ま、何者だろうが、命の恩人であることには変わりない。詮索はしないから、安心してくれ」
「……どうしたんだよ。何でここにいる?」
「アネゴが心配になって、見に来た。それだけ」
本当に、それだけのようだった。
残された右腕が持っている袋には、幾つか果物が入っている。
「……あともう一人、居た気がする」
「……もう一人? 確かあの時いたのは――――ニックか。あいつは死んだよ」
「……!」
軽い口調で言う彼もまた、その表情はどこか思い詰めている。
ニック、確かロリコンで包茎のオッサン……死んだ、のか。少し前まで、楽しそうに酒を飲んでいたのに。そうか、そうだよな。むしろジョンが生きていることの方が、すごいんだ。
「ミヤビはまだ起きてない」
「え? 死んでは無いんだよな?」
「ああ。ただ、レンの能力は単純に気絶させるものではないようで、こいつの力を借りないと起こすことができないんだ」
「へぇ……嬢ちゃんにそんな力が……」
「今さっき、レンの仲間たちを起こしてきた」
「え!? 大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ。奴らはレンに操られていただけだから」
「操られていた……おい、ちょっと待て。もしかしてアビー姉さんの言ってた裁判って……」
「奴らの処分を決める――――操られていたという条件付きの罪人を」
「……なるほど、道理でわざわざ裁判をするわけだ」
「ここって、明確な法律とかあるのか?」
「ないね。悪いことする奴ほとんどいないし……結局は多数決になる、のか」
「……ジョンは、どっちだ?」
「……俺は、操られていたからって理由で、無罪にできるほど器は大きくない。あいつらをぶっ殺す」
「……」
日本の法律では、責任能力が無いってことで無罪判定になるだろう。
俺は……正直、答えを放棄したい。
「ともかく、ミヤビたちを起こそう」
☆
「――――!! モトユキ!」
ディアは起きるや否や、俺の名前を叫んだ。相当焦っている様子で、「大丈夫か!?」と何度も声をかけてくる。ここまで乱心する彼女は初めて見た。
ルルンタースが少しふらついた。やはりディアほどの相手の意識をいじるとなると、体力を使うのだろう。だが、ここは少しだけ無茶をしてもらう。ミヤビに関しては――――ただの気絶では無いようだったから。
「大丈夫だ、ディア。あいつらは全員無力化した」
「っ……すまん」
悔しそうに下を向き、そして歯を食いしばる。
「……そういえば」
「どうした?」
「ペンダント……」
「ああ、これか」
俺はリュックの中に入れておいたペンダントをディアに渡す。ディアは安心したようにそれを身に着けた。そんなに言葉が話せなくなることが怖かったのか?
「まさかあのドラゴンが、この女の子だったとはなぁ」
「……なぁ、パチンコ玉みたいな奴と、白い奴は誰だ?」
「ぱ、パチンコ玉!?」
ディアの悪気のない悪口がジョンを襲う。
「パチンコ玉はジョン。白いのはルルンタースだ。ディアを起こしたのは白い方」
「……こいつが? まだパチンコ玉の方が魔力が高いじゃないか。それに、子供だ」
「ただの子供じゃない。まだ正体は良く分からないが、意識神の能力を使うことができるっぽい」
「意識神……!? そっちのパチンコ玉は?」
「パチンコ玉は特に……」
「――――お前らパチンコ玉パチンコ玉うるせぇな!!」
ディアとジョンに、アビーから聞いたことを話した。ジョンは転生者に関してはあらかた理解したようだったが、ディアほどの興味は示さなかった。予備知識もほとんど無い様子だったから、ここダラムクスにおいては転生者という言葉自体忘れられているようだ。
ディアは話を聞いている間、ずっと考えこんでいた。彼女の認識では、「転生者は世界に一人」だった。つまり二千年前と今では、神霊種の理が変わってきていることになる。幻魔がそれに干渉できる魔法を生み出したことが大きな原因だろう。
それから、「レギュラーな転生者」と「イレギュラーな転生者」についても話した。ホルガーと接触したことをはじめ、「のよんが口癖の神(以下ノヨンと呼ぶ)」に戻されたことなど。ディアと俺の見解では、「ノヨン」が俺たちを転生させた神霊種なのではないかとなったが、まだまだ謎は残る。
「……口癖」
ディアが呟いた。
「なにか心当たりが?」
「いや、そんなものが神霊種にあったかなぁって……」
「というと?」
「すまん、勘違いかもしれん」
「……なぁ、難しい話は後にして、ともかくアネゴを起こしてやれよ」
ジョンが口を挟む。俺はその言葉に小さく頷き、ミヤビのベッドの元へと向かう。
安らかに眠っているが、死んでいるわけではない。しっかり息も脈もある。アビー曰く、筋肉が傷ついているだけだったが、彼女はルルのように意識を読み取れるわけではないから、今ミヤビがどんな精神状態にあるのか分からない。
ルルが手をかざし、力を注ぐが、反応しない。彼女はこちらを向いて、首を横に振った。
そして、再び俺の服を引っ張り、指を差す。
「入るんだな……?」
「『入る』?」
ジョンが聞き返す。
「あぁ。ミヤビの意識の中に、俺が入り込めるっぽい」
なんとなく予想できた事柄だ。
「……危なくないか?」
「何が起こるかは分からない。だが、やらないとミヤビはずっと眠ったままだ」
ディアが「気をつけろよ」と言った。俺は小さく頷き、ルルに合図をする。
例によってキスで……。
目覚めた先は、どこか騒がしいところだった。
ダラムクスとは打って変わって、そこかしこから誰かの話し声や車の走る音が聞こえてくる。だが、その音はどこか濁っていて、はっきりとしたものではなかった。
日本。
どこかの住宅街。すべてが、クレヨンで描かれた絵のようにぼんやりとしている。話している人に近づいてみるが、木材のような何かでつくられた張りぼてだった。車も、動物も同様に。
ここは、ミヤビの記憶の中。レンの時のバラバラのガラス片が、くっついた世界だと思う。思い出せなかったり、そもそもミヤビが意識して感じたことのないものが、ぼんやりとした形で再現されているのだろう。
ということは、「鮮明な物」を探して辿ればミヤビが居る可能性が高い。より記憶と強く結びついているということだから。
……念力の感覚が鈍い。