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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
二章 命の定義
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13.5 「絶望の中で」

 モトユキが暴走した直後、足場から落とされた「白髪の子」ルルンタースとファンヌは、アビーの魔法により一命を取り留めた。


 ギルド付近。モトユキとミヤビが暴走しだした地点の近くの為、流石のレベル3の魔物でも逃げ出し、この付近にいる魔物は少ない。所謂、台風の目のような場所であったが、それももうじき地獄と化すだろう。

 そこで、沈黙するファンヌを宥めようとしているのが、「アビー」だった。彼女は、この状況を打破できるのはミヤビしかいないと考えていたため、レベル3が解放された後でも、ギルドの付近に残っていたのだ。……たとえ、その選択をして死ぬ人間がいたとしても、彼女は「最善の選択」をしたつもりだった。


 だが現実は、冷たい背中しか向けてくれない。


 ファンヌはルベルを抱きしめたまま硬直している。落ちてくるときも、受け身とか考えずに抱きしめたままだった。彼女にとっては、一緒に遊んでくれるお姉さんだった。悔やむ理由もアビーには良く分かるが、今はそんなことをしている暇はない。魔物が戻ってくる前に、彼女らとともに逃げることを決意していた。たとえ、ここのすべての人々を切り捨ててでも。



「アタシの魔法で、アタシと、あなたたち二人、なら、安全に、逃げられる、はず、だから」



 いつもより焦っているつもりだが、どもる。

 それでも、言葉を絞り出す。



「――――逃げま、しょう?」



 しかし、ファンヌはそれに答えてくれない。ルベルの横に跪き俯き、拳を固く握ったまま動こうとしてくれない。ルルンタースは、ぽけーっとした様子で上空の二人の戦いを眺めている。雨にずぶぬれになるのを顧みずに。


 ルベルは……。



 ――――否、違う。

 アビーは気が付いた。ファンヌはルベルの亡骸にすがっているのではない。「ルベルの首」を動かさないように押さえているのだ。あの時、落ちた瞬間から、ずっと。助けようと……している……!





「――――いやだ!! ルベルちゃんも、ミヤビさんもまだ、生きてるから!!」





 ファンヌが叫ぶ。豪雨と爆音の所為で、その掠れた叫び声自体は響かなかったのに、アビーはしっかりとその声を聴いた。不思議な気分だった。まるで、快晴の下で矢を放ったかのような、そんな感覚があった。


 ……でも。



「……でも、無理、よ!」



  アビーは特殊魔力「真実(ウェルス)」でルベルの様子を見た。確かに、まだ死んではいない。首の中を通る神経と血管が、まだ何本かダメージを受けずに残っている。奇跡、と言うほかない。あの状況下であれだけ雑に扱われたのに、まだ、彼女の体が生きていることが。


 ……たとえそれでも、もって一分程度……いや、一分も生きることができるなら奇跡。もう、あと数十秒も残っていない。

 諦めるしかないんだ。どんなに悲しくとも、避けられない運命はある。


 なのに、どうしてか、ファンヌは「生命(アルカナ)」の魔力を放つ。薄桃色の光が辺り一体を包み込み、雨で冷めてしまった体に暖かな感覚をもたらす。美しい光、希望の光……アビーはその響きを聞くだけで、頭が割れそうになる。


 届かない、希望に。

 無駄だ、何をしても。



「――――絶対に、助ける!!!」



 ファンヌも半ば絶望の中にいた。希望の光など一つも見えない暗闇に。でも、そんな暗闇の中でもどこかを目指して走り続けている。今走らなければ、駄目な気がしたから。今諦めてしまえば、全てが終わってしまう気がしたから。ただ、ただ、それだけの理由で。

 否。どこかバグっていたのかもしれない。彼女はまだ風邪の熱が下がったばかりで、雨に打たれたせいでぶり返してしまった可能性もある。


 だからなんだ? 関係ない……!



「……分かった、わ」



 アビーはすべてを覚悟した。今この状況で、彼女を無理やり救えば「後遺症」が残ることも考えられた。足や手が動かなくなるならまだしも、「脳」にまでダメージが及んでしまう心配もある。ミヤビを、忘れてしまうかもしれない。認識できなくなるかもしれない。


 だけど……その責任のすべてを、自分がとる。そう決めた。

 彼女が望めば、自分の手で彼女を殺すことも誓った。


 ファンヌの手を掴んで止め、もう一度「真実(ウェルス)」でルベルを確認する。首の骨が折れているが、その破片は厄介なところに転がってはいない。然るべきところへ移動できれば、くっつくはずだ。神経や血管がいくつか切れているのでそれも直す必要がある。


 便利ナイフを取り出し、針の形に変形させる。そして彼女の頭を持ちながら、慎重に、慎重に首に針を刺し、筋肉、血管、神経、骨の位置を整えていく。一寸の震えも許されない。「器械」を相手にしているときとはまるで違う。医者ではないから、と言う理由では済まされない。


 天才魔法道具技師(エンチャンター)の成せる(わざ)


 左手に伝う、ぬるい血の感覚。遠くの方で響く、雨音と爆発音。集中して、集中して、どこまでも深い海の底の如く……。





「――――今! お願い!」


「――――ルベルちゃん!!!!!!!」





 回復魔法(ヒール)

 魔力の扱いに長け、なおかつ()()()()()()の魔力でなければ、発動してくれない技。その繊細な感覚と大胆な気持ちを乗せて、薄桃色の暖かな魔力がルベルに注ぎ込まれる。



 「諦めない」「助けたい」……たった二つの気持ち。

 その気持ちが、この「絶望」の中で抵抗を始める。



 ……もしかしたら、救えたところで、また殺されてしまうかもしれない。それに、もう二度と、「皆」で笑い合うことはできないかもしれない。


 ルベルの蘇生という一瞬の最中、ファンヌの中で様々な思いが過った。兄である「アウジリオ」をはじめ、「ドナート」や学校の皆は、もう、殺されているだろう。お父さんやお母さん、先生、パン屋さんや肉屋さんも……もう。



 ……だからこそ。

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