12-3
そもそも「目的」を満たせば出られると安易に考えるのも危ない。あの「白髪の女の子」が俺を意味なくここへ閉じ込めているという可能性も無くはないからだ。だが、今はありあわせの結論にすがることしかできない。
「ビルギットは、僕の百二十五番目の作品さ。転生してから作ってきた約五十の作品を分解して、彼女に組み込んだのさ。すごいでしょ!?」
「たった一人であれほどのロボットを作り上げてしまうということは、何かそういう仕事をしていらっしゃったんですか?」
「少しだけ、設計図を書く仕事をね。でも、ビルギットを作ったのは僕一人だけの力じゃない。『古代文明』の力があったから、僕はあそこまでたどり着くことができた」
……それでもやべぇ技術者だ。
俺の部屋で骸骨が楽しそうに話をしている。この光景に慣れつつあるが、忘れてはいけないのは「今がやばい状況」だということ。このままずっとこれが続く可能性も無くは無いのだ……。
「すっごいんだよ、あれ。人間の皮膚に限りなく近い材質とか、二足歩行を安定して行える平衡感覚代行機能とか、表情や仕草を自然に再現できる人工筋肉――――特に気に入ってるのは『概念を創り出すプログラム』さ」
「概念を創り出すプログラム?」
「そう。モトユキ君は、人工知能って知ってるかな?」
「はい」
「おお、モトユキ君って機械工学に精通してるの?」
「いえ。私たちの居た時代では、当たり前のように人工知能が使われています」
「へぇ。すごいなぁ。こんな六十年ちょっとで……」
「……ホルガーさんが元の世界で亡くなってから、恐らく八十年ほどが経過しています」
「……え?」
「どうやら時間の流れが少しだけズレているようです」
「……マジ?」
「はい」
「……まだまだ僕には分からないことばかりだ。えーと、何の話だっけ?」
「概念を創り出すプログラムについて」
「そうだったね。モトユキ君は、人工知能が『檻』から出られないことを知っているかい?」
「檻?」
「そう、檻。人間の決めた範囲内でしか成長できないのさ。だから、オカルト好きな人たちが良く考えるような、『機械を発達させすぎると自我を持ち始めて人間を襲う』なんてことはありえない。所詮は計算機だ」
「……?」
「この『概念を創り出すプログラム』は、その檻をぶち破るためのもの……なんだけど、どうやら失敗だった。ビルギットは結局、僕が予想した通りの動きしかしなかった。ま、当たり前なんだけど」
「……??」
「何が何だか分からないって、顔してるね」
「すみません……」
当然ながら、俺に知識はない。中卒だから、文字通り中学生並みの知識量しかない。土木に関する知識はいくらかあるが、真面目に勉強してきたオッサン達に比べればまだまだだ。
「ちょっと哲学的な話になっていくんだけど、そもそもコンピュータってなんだと思う?」
「……人間の、機械版?」
「コンピュータは人間には勝てない。さっきも言ったようにただの計算機で、起こっているのはただの物理現象なんだ。複雑な感情は彼らに理解することができない。そうだなぁ、例えるとしたら『コルクボードの坂の上から鉄球を転がしているようなもの』かな」
「コルクボード?」
「そ。コルクボードに釘を刺していくと、当然ながら鉄球の動きは変わる。坂の上に『1+1』という欄を設けて、下に『2』という小さな箱を用意する。そこへ誘導するように釘を刺す。これを数種類用意するだけで、立派な計算機になるんだ」
「……?」
「1+1を計算できるだけで、立派な計算機といえる。すべてはそこから始まっている。コンピュータは、『コルクボードの工作が集まったもの』と言っても過言ではない。無限大に施設を大きくできる環境があるならば、電子回路と同様の力も持てるはずだ。ま、すっごく不便だろうけど」
「……なるほど」
「――――じゃ、ここで問題。『無限大に大きくなった計算機』は自我を持つだろうか?」
「……も、持たない?」
「正解。『コルクボードの工作』が集まったところで『コルクボードの工作』であるように、そこに自我が宿るはずはない」
……なんだ? この質問に何の意味がある?
「――――じゃ、二問目。『人間』は自我を持つだろうか?」
「……え? も、持つ」
「ま、大半の人がそう答えるだろう。でも、こう考えてみてよ。『人間をバラバラにして組み立てる』……玩具みたいに。すると、『自我』を持ち始めるのはどこだと思う?」
「……の、脳が出来た時……?」
「脳のどこまで?」
「え、えっと……」
「脳も、電気信号が飛び交う計算機なんだ。ただ単に、『超高性能』というだけ。だから、『計算機を使う人間』のように、『人間を使う魂』の役割は果たしてくれないのさ」
「……???」
「人間が泣いたり笑ったりするのは、『ただの物理現象』ってこと。回路の中を電気が流れるのと、何ら変わりない。『人形』という表現でもいいかもしれない」
ふと、あることを思い出した。
デカルトの「夢の懐疑」。すべてを否定的に考え続けると、他人がいる確証はない。だが、「自分」だけは絶対に存在するっていう考え方。「哲学的ゾンビ」も近い考えだ。
……なら、次に彼が質問するのは。
「じゃ、最後。『自分』は自我を持っているのだろうか?」
「――――持っている」
「そう。『説明不要』の確固たる正解」
……どんなに理論を並べ立てようと、自分という存在は覆すことができない。
「――――――――そうすると、全ての理論が覆る」
彼が何を言いたいのか、少しだけ分かった気がした。
「ただの計算機である自分が自我を持っているのだから、他人も自我を持つかもしれないし、金属でできた『計算機』も自我を持つかもしれない――――これが、僕が『機械に命を吹き込みたかった』理由さ」
「……」
「結局ダメだったけどね。へへへ」
骸骨は鼻の下をさすりながら、ごまかすように笑った。しかしどこか悲しげで、悔しさも感じられる。
すべての学問は「興味」から始まっている。彼の「命」に対する考え方は、どこかぶっ飛んでいて、それでいて面白い。それを突き詰めれば、もしかしたら大成したかもしれないな。
多分、ビルギットはもう……。
「……何も起きないね。ビルギットの隅々まで話しても良いけど……つまんないよね?」
「……いえ、お願いします」
結局、ホルガーの一番話したかったことで、「目的」を達成することはできなかったようだ。
「んじゃ、皮膚の材質について……」
『――――え? なんで君がここにいるのよん?』
……ところが、どこからか声が聞こえた。ホルガーと話しているときとは違って、「頭の中」に響く声。俺はその姿を具体化させようとイメージするが、どこにも表れなかった。
「な、なんだ!? 誰だ!?」
「どうしたの?」
「こ、声が!」
その声は、俺がホルガーに初めて話しかけられたときの声とそっくりだった。男性でも女性でも、子供でも大人でもない、音とはならない「声」。どうやらホルガーには聞こえていないようだ。
『えぇぇ、うっそぉ? せっかくもうすぐ形になると思ってたのにぃ……んもう、死んじゃったのよん?』
「な、何の話だ?」
『え、まだ生きてるじゃないのよん!? さっさと帰らないといけないのよん!!』
「……??」
『んもう、どっちにしろ、時間がかかるのよん……ま、しゃーなし。今回はサービスしてあげるのよん』
「何をするつもりだ!?」
『元に戻してあげるのよん。ここは、まだ君が来る場所ではないのよん』
「……」
こいつはまさか、俺らを転生させた人物……!?
人物、かどうかは分からないが。
「え、結局どうなるの、モトユキ君」
「帰してくれるようです……」
「まさか……『神』……!?」
「神にしては……なんか……アホっぽいというか……」
『だーれがアホっぽいのよん??』
「……と、ともかく、帰れるみたいなんで、また」
「え? あぁ、うん。……でも、ゆっくりでいいよ」
「はい。いろいろありがとうございました」
ホルガーは少し残念そうにこちらを見ている。目は無いけど。
『お話は終わったのよん?』
「どうやったら帰れる? 答えろ」
『てめー、ホルガーには敬語だったくせに……まぁいいのよん。ぎゅっと目をつぶって、真っ白な空間をイメージするのよん。あとはこっちで勝手にするのよん』
のよんのよんうるさい奴だなぁとは思ったが、今はそんなことどうでもいい。ともかく帰れるのならば、急いで帰らなければ……!
「――――あ、モトユキ君」
「……はい?」
「ありがとう、楽しかったよ。ダラムクスの仇が討てるのなら、討ってくれ」
「はい……!」
俺は目をつぶって、「神」の言う通り、真っ白な空間をイメージする。
……一体何がトリガーだったんだ? そもそもこいつは何者だ? 仮に神だとして、俺を返す理由はなんだ? 何故この空間を設けた? 何故俺はここに呼ばれた? どうやら予想外だったようだが、じゃああの白髪の子の目的はなんだったんだ? 今のダラムクスの状況は!? ディアは!!??
『集中するのよん!』
急げ、急げ……ッ。