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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
二章 命の定義
73/185

9-5

 ミヤビは戦慄した。


 紅い月のせいで、ルベルに土産話をしたり、体を休めたりする暇を削ってギルドに駆けつけたというのに、()がいた――――。


 ……雨野蓮。

 間違いない。奴だった。


 湧き上がる吐き気を堪え、あたかも、気づいていないかのように振る舞う。



「ユーグ。調査班、今帰った。状況は……って、そちらのお兄さんは?」



 ブライトンの部屋。ギルドの奥に設置されたそれは、重要な会議が行われる際に利用されることが多い。ミヤビは特殊な動きをさせることが多いから呼ばれることが多く、今回も一応呼ばれている。今この場にいるのは、ブライトン、ミヤビ、ユーグ、レン。



「あ、初めましてブライトンさん。それから……」


「ミヤビ。よろしく」


「よろしくおねがいします、ミヤビさん。私は、『幻魔教紅緋派代表』のレン・アメノと申します。布教活動とためにこのダラムクスを訪れているのですが、『紅い月』が来ると聞きまして、現在ギルドと協力している状況です」



 白々とレンは話す。ミヤビにとってそれが気持ち悪くて仕方がない。



「……幻魔教?」


「細かな説明は後です。あ、そちらのミヤビさんは――――()()()()()()()()()()()()?」


「……はぁ? しらないよ、私」


「……まあいい。今は状況を把握することからだ」



 話を聞いている間、ミヤビは落ち着かなかった。

 レンは、何食わぬ顔で、ギルドのメンバーに溶け込み、「紅い月」に協力するという誠実な青年を演じている。その光景が、奇妙で、奇妙で、仕方が無かった。狂人だ。狂人がいるんだ。何食わぬ顔で人を殺せる奴が、何故こんなところにいる? 早く何とかしないと。早く殺さないと……!



「……聞いてるのか? ミヤビ」


「え……うん。ともかくいつも通りやってけばいいんでしょ」


「まぁ、そうだが……」


「では、私も警備に向かいます。今日は人員が足りてるので、あまり無理をなさらないでください。必要な時に、動けるように」


「……それもそうだな。俺たちはここで仮眠をとるとするか」



 そんなブライトンの話を聞かずに、レンは言った。



「ミヤビさん、少しお話が」



 ……来たか、と。

 奴の狙いは一体何かが分からなかったが、嫌なことが起こるのは間違いなかった。

 レンは、ブライトンに隠れてにやにやしている。だが、ミヤビはその案に乗り、二人きりになることにした。というより、乗るしかなかった。断ればどんな目に遭うか分からなかったから。



「おいおい、レンさん、そいつに手を出すのはやめといたほうがいいぜ」


「あはは、そういうのではないんです」


「えーでも、私は結構タイプだよ?」


「手を出すのはミヤビの方だったか」



 ……クソくらえ。

 ミヤビは心の中で呟いた。本当は思いきり叫びたかったが。


 かくして、ブライトンの呆れた目を背に、ギルドの裏の物陰へと二人きりで向かう。その光景は、一見すれば馬鹿な二人に見えたかもしれないが、二人の間にはそれぞれの思惑がある。特にミヤビが、命を懸ける覚悟をしているとは絶対に分からないだろう。



「……で、なにが目的なの? なんでこんなところに?」



 初めに聞き出したのはミヤビだった。彼女はレンの能力を知っているが、今この場で使ってくる性格ではないことも知っている。と言うのも、レンが「能力」を使って人を支配するのはあくまで最終段階で、初めのうちはその反応を楽しむためにあえて使わない。正直気持ち悪いが、今この場はそれにあやかるしかない。そうしなければ、殺せない。目だけは見ないように細心の注意を払う。


 ミヤビは不意を突かなければならなかった。レンたちはこちらの動きを把握しているはずだから、ギルドのメンバーに話したとて、無駄なのだ。囲っていることが分かってしまえば最悪の事態になりかねないし、そもそも自分の話をギルドのメンバーが信じてくれる可能性も100%ではなかった。さっきの誘いを断ることは不可能だっただろう。



「んー? 暇つぶし? あとはかわいこちゃん探しかなぁー」



 へらへらと彼は答えた。



「へぇ。それはそれは、楽しそうだね」


「ははは、殺しに来たってことは、分かってんだよ?」


「……いや、そうじゃないよ?」


「へ?」



 焦るな。落ち着け。

 そう、何度も自分に繰り返す。



「『前』はさ、私弱かったし、散々ひどい目に遭ったけど、今は結構強くなったんだよ。んで、ここで暮らしてたんだけど、体にしか興味がないクズ男ばっかでさー」


「へぇへへへへ……」


「だから、さ、仲間に入れてくんない? 『前』は君のを断っちゃったけど、今は好きにしていいから、さ。それに、幻魔の考えもそんなに悪くない気がしてきたんだよねぇ。悪者が魔物の餌になるところを想像すると、確かに痛快さ」


「ほーう。でも、それもいいかも。ここには君を超えるかわいこちゃんいなかったしなぁ……」


「なんなら結婚、していいよ?」


「ほんとに?」


「うん」



 ミヤビはレンの首筋に手を回し、一気に距離を詰める。流石のレンも、少しだけ動揺し、顔が赤くなる。


 馬鹿な奴……。


 それから、キスをすると見せかけて、殺す。奴は能力を除けば普通の人間だから、これを避けられないわけがない。





 ――――ナイフが弾かれた。





「でもごめんねぇー。俺もう婚約してんだぁー」





 その声は、あまりにも、わざとらしかった。


 「クソ」と言葉を漏らし、次の攻撃をしようとするが、ナイフを弾いた何者かに取り押さえられる。すごい力だった。女と言えど男顔負けの筋力のあるミヤビが、いとも簡単に押さえつけられる。声を出そうにも布を咬まされ、もがくことしかできない。



「ダーリン? 浮気したら許さないからね」


「するわけないじゃないか、ヴァン」


「ミヤビさん久しぶりー☆」



 ミヤビは肩越しにそいつの顔を見た。街灯のほんの少しの光だけが、顔を照らす。フードをかぶっていてもすぐに分かった。長い耳に、高い鼻。つややかな金髪……。


 ――――ヴェンデルガルド。

 ルベルの、『実』の母親……。



「……っ!」


「なんで一緒にいるのか、ですって? そんなの簡単よ」


「ヴァンがかわいかったからだね」


「んもう、やーねぇ」



 最悪の組み合わせだった。腐りきった屑同士が、ダラムクスを、壊そうと……。



「あっれぇ? 泣いてるの? ま、いいや。それより、『レセルド』、元気にしてるー?」


「レセルド?」


「ワタクシの子。浮気じゃないの、信じて」


「あぁ、ヴァンを襲ったとかいう、愚かな人間の子か。でも、君の子なら、きっと可愛いんだろうね」


「いーや、クソブスよ?」


「……なら、殺した方がいいね。生きてる価値ないし」


「そうそう。で、元気してる? あ、喋れないか、ごめーん」



 しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった。しくじった……。


 ルベルを守らなきゃ。私がどうなったとしても。

 シラを切れ……!



「……?」



 まるでその名が分からないかのように。忘れてしまったかのように。奴らをにらみつけつつ、隠し通さなければ……っ。

 ミヤビは、体中に冷汗をびっしょりと掻いている感覚がした。心臓は恐怖で叩き鳴る。



「わかんないって顔だなぁ」


「んーん、違うわ、ダーリン」


「ん?」


「嘘ついてるわ、この子」



 ……!



「さすが、エルフの観察眼」


「ねーねー、ミヤビさん? 今、レセルドとは一緒に住んでるのね?」


「……」


「住んでるって」


「へぇー、すごいや。良く分かるね」


「どうするの、ダーリン? こいつもお人形さんにしちゃう?」


「うーん、ちょっと遊ぶ」


「わぁ、楽しみ! 早速?」


「いや、明日かなぁ。ちょっと疲れたし。それに『浄化』を始めるにしても、暗くてよく見えないからなぁ。ミヤビはずっと縛って近くに置いておこう」


「あら、もう『浄化』を始めるの?」


「うん。ここには人間の『格差』がないから、『正義のヒーローごっこ』はできなさそうだし。全員殺す方針で。それをこいつに見せて、遊ぼうか」


「………………っ!!!!」



 もがいても、一切体が動かない。このままでは駄目だと分かっているのに、どうしても動けない。ミヤビの頭の中をたくさんの事柄が通り抜けるが、打開策は出ない。出るわけがない。



「楽しみね♪」


「ああ、そうだな……ってかうるさいなぁ。調節できるかな……?」



 レンはミヤビの目を開き、じっと見つめた。

 瞬間、彼女の意識は暗闇に包まれてしまった……。

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