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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
二章 命の定義
67/185

8-5

 低い、金属音だった。



 ジョンはそれに、異様な不快感を覚えた。狂気という生物が唸っているように聞こえたから。

 それは、ミヤビが奴を蹴飛ばした音だった。子供用のボールでも蹴ったかのように、軽く飛んで行った。これをきっかけとして、次々にミヤビが攻撃を仕掛ける。何度も何度も何度も何度も、刃の通るはずのない「鎧」へ、魔物を殺すには頼りないそのナイフで、切りつける。


 ジョンは、何が起こっているかは分かっていた。しかしながら、目の前に繰り広げられる光景は「異常」。ミヤビが攻撃している、と言葉にまとめてしまえば簡単なのかもしれないが、果たして、今、攻撃している「彼女」が「ミヤビ」なのかと問われれば、そうでないと答えるだろう。

 

 あれは、アネゴじゃない。アネゴに似た、何か別の生き物だ。


 寧ろ、騎士の方がまだ、人間味がある。ミヤビを払おうとして、剣を振り回す。体に力が入っているのか、声が漏れている。確かに声は人間のそれではなかったが、無言のミヤビに比べれば……。



 ガガガガガガガガ!!



 機関銃でもぶっ放しているかのような音。そのすべては、ミヤビが騎士に斬撃を入れ込んでいる音だ。しかし、「鎧」は堅く、やはりナイフでどうこうできるものではないようだった。いくらミヤビ用の特別な物であったとしても、このまま攻撃を続ければ折れてしまう。


 打ち上げて、空中でも攻撃をする。しかしながら、奴に物理攻撃は効かない。空気中に響き渡る豪快な音は、最早「爆発音」だった。ジョンが目で追うのがやっとな速度で、ミヤビは追撃を続ける。地面や大木に叩きつけ、それらは破壊されるものの、鎧はまだまだ堅い。


 騎士の暴れる斬撃を巧妙に避けながら攻撃していたミヤビだったが、突然ピタリと攻撃の手をやめた。奴は彼女が諦めたのだと思って、また「笑った」。そして、右腕に癒着したその剣を大きく振りかぶり、ミヤビを()()()()()()()()()



 ……あれ、死んだ?

 ジョンがそう思った時だった。


 確かに奴の剣は、ミヤビの左肩に命中した。しかし、それが右の腹から抜けていくことは無かった。それどころか、左肩にすら刃が入っていない。岩をも切れる斬撃だったはずだ。人間の、ましてや女など、痛みも感じぬ間に真っ二つにできたはずだ。


 ……突如として「止まった」のだ。斬撃が。


 困惑。ミヤビ以外、何が起こったのか分からなかった。

 そして彼女はゆっくりと、鎧に手を伸ばした。



 メリメリメリ……。



 ()()()()()()。鎧もまた皮膚と癒着していたようで、痛々しい音と、奴の「悲鳴」が響き渡る。暴れるが、ミヤビの強力な腕力からは逃れられない。剣を振り回すが、ミヤビに当たったとしても死んでくれない。

 彼女の仮面に剣がぶつかり、割れた。そして、その表情を見て、ジョンは息をのんだ。


 ……無表情だった。

 顔には、まるでそこに根を生やしたかのように、黒色の痣が浮き上がっている。あれは血管なのだろうかとも思ったが、どちらにせよ気持ちが悪い。


 鎧を皮膚ごと剥がされ、奴の右脇腹の表面は赤い肉が見えていた。



 グチャ。グチャ。グチャ。

 ミヤビは表情一つ変えぬまま、露出した弱点へとナイフを突き立てる。鮮血が彼女の青い上着を汚す。鼓膜を突き破るかのような、騎士の絶叫が響く。もがく、苦しむ、暴れる……しかし、がっちりと抑えられて、脇腹に突き立てられるナイフを避けることはできない。

 小さなナイフは、内臓に届きにくい。だから、一度の痛みに対してのダメージが少なすぎる。騎士は、()()()()()


 やがて、奴に満ちていた(ルーメン)はなくなり、殺意すらも無くなる。代わりに、真っ黒な「恐怖」が。そして「絶望」が。



 それが何百回か繰り返された辺りで、騎士は自ら首を切った。



 ジョンは目を見開いた。手も足も出なかった、出せば切り刻まれていたはずの、悪魔のような魔物が。調査隊をたった一匹で壊滅に追いやった、魔物が、自殺。どれだけの苦痛と恐怖を与えられれば、「魔物」という馬鹿な生物が自殺を選ぶのだろう。それを考えると、全身の毛が逆立っていく。


 胴から切り離された首は、無残に地面へ転がった。兜で顔は見えなかったが。



「……ふぅ、あっぶねぇー」



 ミヤビが、いつもの気の抜ける声とともに、ぺたんとその場へへたり込んだ。ジョンは彼女の顔を見るが、もうそこに「痣」はなかった。いつもの「アネゴ」が居た。何事も無かったかのように、そこに居た。

 逆に怖かった。確かにそこに居るのはミヤビのはずなのに、なぜか信じられない。



「あれ? みんな……え!? 大丈夫!!!?」



 調査隊の皆が、ぼんやりとしているのを見て、いつもの彼女らしく焦る。



「あぁ、多分大丈夫だとおもう……」


「うわぁ!? ジョン!!? 大丈夫だった!? ってか皆どうしたの!?」


「あいつ、催眠術みたいなの使ってきたんだよ。……俺はギリギリ耐えたけど」


「大丈夫なのそれ!?」


「魔力を使ったものだから、あいつが死んだ今、効果自体はないはずだ。ただ、かなり強力なものだったから、しばらくぼうっとしてるんじゃねぇかな」


「誰も死んでない……?」


「あぁ。誰も死んでない。あと少しアネゴが遅かったら、死んでたかも」


「よ、よかったぁ……」



 催眠状態に陥っていた彼らは、次々に意識を取り戻し始める。全員が、何が起こったのか分かっていないような顔をしているが。吹き飛ばされたニックも、今気が付いたみたいだった。



「なぁ、アネゴ。あの魔法って、いったい何なんだ?」


「……ちょっち危ない魔法」



 ミヤビは目線を逸らしながら答える。ちょっとどころじゃねぇだろ、と言いそうになったが、飲み込んだ。同時に、本当に彼女が「ミヤビ」なのか、また疑問がわいてくる。考えれば考えるほどそう思えなくなって、周りが勝利に喜んでいるのに、ジョン一人だけがなんだか不安な気持ちに襲われた。



 ☆



 二十一階層。

 正確には「最下層の下」であり、明確な階段が存在していなかったから、二十階層の地面をぶち壊して降りてきた。案の定、ここには「過去の文明」が残っており、調査隊は二十階層での出来事を忘れて興奮している。


 白銀の騎士討伐後から時間はそう経っていない。なぜなら、二十階層にはまだ魔物がいるからだ。彼らはあくまで逃げただけであって、のうのうと休憩しようものなら普通に襲われる危険があった。

 ジョンはそんなこと絶対ないだろうと思っていたが。あの戦い、いや一方的な「殺戮」を間近で見ていた彼には、たとえ魔物であってもミヤビに近づこうとは思わないだろうという確信がある。


 それはさておき、今ここに広がるのは、彼らの未知の世界。

 真っ暗だった空間を光の魔法で可視化すれば、生まれて初めて見る無機質な空間があるのだから、そりゃ興奮する。



「すっげぇ……話でしか聞いたことが無かったんだが、本当にあったとは……」


「賢い奴に見せたら、なんか新しく作ってくれそうだよな」


「マスター、前のダンジョンではいったいどのようなものが見つかったんですか?」


「俺も聞いただけの情報だが、狭い部屋に箱みたいな機械がぽつんと置いてあっただけらしい。それを全部、『ホルガー』って人が引き取ったんだとよ。……どうやら、前のダンジョンはブラフだったみたいだな。こっちを隠そうとして、造られたように感じる」



 調査隊が降りたのは廊下のような場所だった。床も壁も天井も真っ白で、細長く続く通路があって、いくつかドアがある。過去のダンジョンで記録されたものと、ほとんど違う。



「あれ? なんかあそこ、穴空いてない?」



 ミヤビが指さす場所は、廊下の突き当り、T字路の所で、ぎりぎり見えないようなところ。近づいて見てみると、それは確かに「大穴」だった。そこから先には部屋があって、何かが置いてある。



「……これは」


「何か分かるのか? ミヤビ」



 ブライトンが彼女に訊く。それを放って、ミヤビは興味の赴くままに大穴の開けられた部屋へと進むものだから、あわてて彼は「各自調べて」と言い残し、ミヤビの後をつける。



「なに、これ……」



 ミヤビ、続けてブライトンが見たのは、ガラスでできた大型の水槽がいくつも並び、その中に乾いた骨が散らかっている、異様な光景だった。



「これは、カプセル……?」


「かぷせる?」



 カプセル。

 彼女が言うのは、その水槽。円柱型のそれは、所謂カプセルのように、「何か」を入れることを目的として作られている。その大半がひび割れて、中が乾燥してしまっていた。その中には骨があって、周辺は焦げた茶色の何かの跡が残っている。


 一つだけ、中身が濡れているものがあった。その周辺には緑色の液体が散らかっている。そのカプセルには古代文字で「エルピス」と書いてある。(ミヤビは転生者の祝福により、認識することができる)



「ちょっとまてよ……」



 今度はまた穴の近くに来た。周辺を見ると、ぼこぼこと穴が開いている場所がある。どちらかというと、何かで「切りつけられた」かのような跡だ。それをたどると、天井にまた「大穴」が開けられていた。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()



 ……つまりこれは?



「あの騎士が、ここでつくられた……?」



 ミヤビに妙な考えが浮かぶ。彼女に問いかけるブライトンをまたまた無視して、もう一度、あの部屋へと戻る。近くに何かないかと探ると、コンピュータが置いてあった。それを起動してみるが、「キーを入力」と表示され、それ以上はミヤビが弄ることはできなかった。



「おいおい、一人で話を進めないでくれよ」


「あぁ、ごめん……多分だけど、あの、一つだけ濡れているやつから、さっきの魔物が出てきたんだと思う」


「……はぁ?」



 ブライトンには一つも訳が分からなかった。



「マスター! ちょっとこっちに!」



 ほかの冒険者が彼を呼びに来たから、ミヤビも一緒についていく。

 どうやらその部屋も、今調べた部屋と同じように「何か」を作っている部屋のようだった。


 そして、二人は息をのんだ。





 ――――「ルルンタース」





 そう書かれた「カプセル」の中に、一人の少女がいる。

 緑色の液体の中で浮かんでいて、どうやらまだ生きているようだ。


 雪の如く、白い肌をしている少女だった。ただの色白ではなく、「色素」のない白さ。髪の毛も睫毛も、同様に白い。唇だけが、唯一薄桃色をしていた。



 一同は黙り込む。

 その神秘さに。



 一同は理解する。

 乾燥した骨は、「失敗」してしまった子のモノだと。

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