6-2
ホルガーの日記。
何冊かあるうちの、いちばん古いもの。紙は黄ばんでいるが、しっかり保存されているので読むことはできる。そのすべてがダラムクス特有の言語ではなく、アルファベットで綴られている。ところが、これは英語ではないようで、どうやらドイツ語のようだ。俺はドイツ語も読めるようになったらしい。
こう書いてある。
「
僕がダラムクスに転移してから二十五日。
今日は、十月の第三氷の日と表すらしい。
正直面倒。
スタンリーが僕のために家を貸してくれた。
少々不便な場所にあるけど、僕が選んだ。
ここなら、研究に没頭できそうだし。
好きなだけ大声で歌えるし。
スタンリーはギルドマスターっていうすごい人らしい。
なんで三十後半のおじさんは髭を伸ばしたがるんだろう。
」
ビルギット制作までの事細かな道のりの手記かと思えば、そうでもない。何の変哲もないただの日記のようだった。だが、ページをめくっていると、疑惑が確信に変わった。
それは、ホルガーが転生者であるということだ。
彼の手によって書かれたモノが、ドイツ語で執筆してあるところから疑ってはいたが、この日記を見る限り転生者とみてまず間違いない。簡単な人物像としては、「ドイツの機械オタク」と言ったところか。第一次世界大戦やヒトラーの話題が、元居た世界の情報として書かれていることから、ホルガーが転移したのは、俺らの西暦で1940年あたりだろう。
俺が転生した時期と一緒に考えると、元居た世界の方がわずかに時間の流れが速いように感じる。が、それはあくまでこれだけを踏まえた話であり、絶対ではない。
彼は、消極的な人物だったようだ。祭りに参加せず、宴に参加せず、友達と言える人物は、ギルドマスターなる「スタンリー」だけ。ホルガーは、心臓病により前の世界を去っている。「いつ死ぬか分からない」から、こんな態度をとっているような印象がある。
自分が死んでも誰も悲しまないように。
そしてもう一つ、気になる日があった。
こう書いてある。
「
ダラムクスに転移してから三度目の十月第三氷の日。
もう三年も経つ。
神様は『なにがしたい?』と聞いてきた。
僕は『機械に命を与えたい』と言ったが、返事はなかった。
その返事を待って、もう三年。
」
唐突に出てきた、「神様」という言葉。
これまで彼の日記の中で神様という言葉は出てきたが、どれもこれも否定するようなものばかりだった。「神に人格があるとは限らない」というのが、彼の立ち位置であったが、明らかにこの日だけ変だと思った。
一通り日記に目を通した俺は、「地下室」に行ってみることにした。
ホルガーが死んでいた部屋は確かにホルガーの部屋であったが、研究室ではなかったようで、地下で研究していたらしい。日記にはそうあった。ビルギットに関する内容は、この中に詳しいものはなかった。精々「~~ができるようになった」ぐらいのもので、制作に関する苦悩や、仕組みの話は何もない。おそらく、地下室にそれを書いたものがあるのではないだろうか。
庭の花壇の奥に、入り口が隠れているらしい。ホルガーと言い、サングイスと言い、地下で研究するのが好きな奴らだな。
思い立ってディアを呼ぼうとすると、昼食を勝手に頂いていた。
「なにしてんだよ?」
「なんか良く分からんが、こいつが……」
サンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、ディアはビルギットを指さした。ディアの正面に座り、胸をぴんと張っている。つくられた微笑みが、逆に不気味だ。
「ビルギット? 別に俺らの昼食は用意してくれなくても……」
「用事は済みましたか?」
「……いえ、まだ」
「今日の昼食はサンドイッチです。よろしければあなたもご一緒にどうぞ」
「……」
この場合、どうするのが正解だろう。
ま、とりあえず頂くのもアリ、か?
☆
「なぁ、モトユキ」
ディアがこそこそと話しかけてきた。
「どうした?」
「さっきあいつ、あの骨の部屋に飯を持って行ったけど、何するつもりなんだ?」
「ホルガーに渡してきたんじゃないか?」
「え……でも……あいつ、骨だぞ?」
「おそらく、死んだことが分かってないんだ。ビルギットは」
「馬鹿な奴だな」
「……ここに来たとき、見ただろ? 一人前だけ用意された朝飯」
「……あぁ、そういえば」
ビルギットがどんな命令で動いているのか分からない。だが、ホルガーは、自分が死んでしまった時の命令を考えていなかったのだろう。普通考えるものではないが。
「誰も食べないなら、吾輩が食べていいかな?」
「さっきあんなに食べてたのにか?」
「……悪いか?」
「人様の家ではもう少しおとなしくしてくれ」
「……しょうがない、そう言うなら」
「案外あっさり諦めるんだな」
ディアはほんの少しだけ口をとがらせていた。
本当は、何も意味はないのかもしれない。ビルギットが飯を作っては、ホルガーの亡骸に渡しに行く行為が。
「それで? 何か分かったか?」
「研究用の地下室があるらしい。次はそれを見に行く」
「ふぅん。んじゃ、あの部屋には何があったんだ?」
「ホルガーの日記だ。多分こいつは、転生者だぞ」
「……!」
「ただ、神霊種の名前は書いてなかったし、祝福についても書かれていなかった。ほとんど俺と同じだ」
「……」
「転生者ってどんな風に能力が分かるんだろうな」
「……普通なら、神霊種を判断できる魔導士が近くにいて、それで分かる」
「……え?」
「ミヤビもそれだと思う。ただ、モトユキとホルガーに関しては分からない」
「……ディアは何を知ってるんだ?」
「何も」