3-2
「やぁ、アビー。相変わらずきわどい格好をしているね」
「あ、ら、ミヤビ? ちゃんと、ブラは、つけているの、かし、ら?」
ドアを開けると、生ぬるい風と、様々な花を擂り潰したような甘ったるい香りが飛び出してきた。置いてある作業台の上には、きらびやかな装飾品が置いてある。恐らくあれが、魔道具。いくつかの本棚も並んでいる。きっと並んでいる本は魔導書だろう。
ミヤビの言葉通り、きわどい格好をしたお姉さんがそこに居た。
裸エプロン、に見えるが、実際はそうではない。ただ、作業用の服はズボンだけで、上はブラジャーのみ。その上から丈夫そうな布でできた白と黒のエプロンをしている。あと、指ぬきのグローブ。艶やかで長い黒い髪には、大きなゴーグルが乗っかっている。
なんだか眠そうな顔をしている。
「うんにゃ?」
「あら、あら。たれる、わ、よ?」
独特の口調が、なんだか気になる。優しい声、ずっと微笑んだ口元、武器鍛冶のイメージとは正反対の人物なのだが、こいつはこいつで一癖も二癖もありそうな気がする。
いきなり下着の話をする奴だし。
「あ、ら? そっちの、ぼっちゃん、は?」
「モトユキ。ま、私の弟みたいなもんだ」
「へぇー。かわいい、わ、ね」
「どうも」
「それ、で? 何の用、かし、ら?」
「単刀直入に言うと、魔法具を作ってほしい。ミヤビから、言語の違う人間でも、話せるようになる道具が作れると聞いている」
もどかしい。ものすごくゆっくり喋る奴だな。
そう思っていると、にこにこした顔が急に強張ったように感じた。そして、一言、
「大人に対しては、敬語、ね?」
「……すみません」
……なんなんだ、今の威圧。
ふとミヤビの方を見ると、ニヤニヤしていた。「怒られちゃったねー」という表情だった。
やっぱり、少し変なのか? このくらいの子供は、敬語を使えるのが普通、か。
「でも、どう、して? あなたは、ペラペラ、喋れて、いる、じゃ、ない?」
「僕の連れが話せないんです。ええと、その、僕は昔一回ここに来たことがあるので、喋れるだけで……」
「まぁ、いい、けど。で、も、タダという訳には、いかない、わ」
「え? あ、お金は……」
「大丈夫だよ、もっきゅん。ある程度は持ってきてるし」
「ううん。友達の、頼みだから、お金は、いらない、わ。ただ、『圧縮魔石』を、切らして、いて……ミヤビ、もってな、い?」
「あー、持ってない……」
圧縮魔石、ってなんだろう。魔石というものを圧縮したやつなのだろうか?
「魔石じゃダメ?」
「だめ、ね。できないことはないけど、すぐに壊れてしまう、わ」
「それって、魔石を圧縮すればできるんですか?」
「そう、だけど……人間の、力じゃ、無理、よ。地中深く、で、採掘、される、の」
「ミヤビ、普通の魔石は持ってるか?」
「うん」
そういうと、ミヤビは空間の裂け目、恐らくアイテムボックスという魔法で、黒くて大きな石を取り出した。光沢のある、綺麗な石。はっきり言って、黒曜石。
アルトナダンジョンでも似たようなものを見たな。あの時は黒ではなくて赤や緑だったが、同じような光沢をしていた。魔力を感じ取ることが出来ないから、明確にどれくらい魔力に差があるのかは分からないが、ほぼ間違いなく、あっちで見たやつの方が魔力が大きい。
まぁいい、やるか。
「何をするの?」
「……」
俺はその魔石に全体に力が加わるようなイメージをした。地中深くで発見されるくらいだから、相当な圧力がかかっていると予想して、かなり強く。
すると、その魔石はぐっと小さくなり、白く輝きだすようになった。まるで月の光でも浴びているかのように。アルトナダンジョンにもこの石があったのだろうか。ぱっと見、上層の方の照明として使われていた石にそっくりだけども。
「すごい、もっきゅんそんなことも出来たの?」
「……!?」
「……これでいいですか?」
「え、えぇ。ばっちり、よ」
「ありがとうございます」
少し戸惑いつつも、アビーは承諾してくれた。
良かった、成功した。これで成功しなかったら、地面をえぐり返して魔石を探そうと思っていたが、やっぱり地形を破壊したくはない。
「あと、これもお願いできませんか? 『エミーの魔導書』……これの言語が、どこのモノなのかを調べてほしいんです。シューテルではないところの言葉を知りたいのですが」
「……いいわ、よ。いい、けど……あなた、何者な、の?」
「へへー。もっきゅん凄いでしょ?」
なぜがミヤビが嬉しそうだ。
能力がバレるのは承知の上だ。どうせ、この人に知られたって特に損はないだろう。俺の能力を利用して金儲けを考えるような人じゃない、と思う。
「……あ、そうだ。アクセサリー、の形は、何に、する?」
考えていなかったな。
あ、そうだ。
「ペンダント……で、フェーリフラワーの形にしてください」
「フェーリフラワー? あの、白くて、いい匂い、のする……」
「はい。それで」
「分かった、わ」
「いろいろありがとうございました」
「いえ、いえ」
「意外と渋いチョイスをするんだね、もっきゅん」
「何となく浮かんだのがそれなんだよ」
「んじゃ、アビー、またね」
「また、ね」
礼儀正しくするのが、何だか久しぶりに感じる。
俺は一礼をして、そのまま部屋を出る。
「あ、待って、ミヤビ」
「ん?」
「あ、モトユキ、くんは先に……」
彼女は何かを隠すように俺にそう言った。
だから俺は、先に部屋を出た。
☆
「何? アビー」
「あ、えっと……モトユキくんは、なにか、変な感じが、する、の。圧縮魔石を、造り出す人間なんて、初めて、だわ」
「うんうん」
「それに、アタシが、言葉を、注意したら、すぐに、話せるように、なった……中身は、子供じゃ、な、い」
「おー、凄い推理力……」
「――――あの子、転生者で、しょ?」
「そうみたいだけどね。でも、『幻魔』出身ではないみたいだよ」
「……? なら、一体どこ、から……」
「心配しなくても大丈夫だと思うよ。そんなに、悪い子じゃないと思う。でなけりゃ、私もう、殺されてるし」
「でも、心配、だわ。もう一人、いる、みたいだけど、気を付けてね。何か、あったら、すぐに」
「はぁい」