9-1 「異世界考察」
なんやかんやでお休みの時間が来た。
俺はディアと一緒に寝ている。あの三人は別室で寝ている。
彼らが、俺らにあまり探りを入れてこない辺り、かなり警戒されているんだろう。こちらとしては好都合なわけだ。自分たちの身の上を説明しろと言われたとて、うまく説明できるわけがないからな。ディアは混沌邪神龍、俺は異世界転生者。このまま説明するのはまずいから、いくつか「設定」を考えておかなければならない。
ま、明日でいいや。
今日は疲れたし。
ドクン、と心臓の鼓動が響く感覚。
それと同時に、目が開いた。
「……はぁ」
ワンセット目。周囲は何も壊れていない。
丁度いい機会だ。もう一度、あの「扉」を開いてみよう。
そう思った俺は、こっそり外へと出た。ひんやりとした外気だが、あの地下室よりかは寒くない。
この世界にも星はあるようだった。空気が澄んでいるのか、それとも周囲が暗いのか、俺の元居た世界よりも星の数が多い気がする。星座のことは何もわからなかったが、特に大きな違いは無いようだった。
「……」
何をするという訳でもないが、ともかく大きな力を空間に注ぐ。
強く、強く、もっと強く……!
莫大で膨大な力。光も音もなく、ただただ純粋な「力」を。
「――――何をしている?」
不意に、首筋に冷たい感覚がした。
そしてその低い声の主がギルバードであることにも気が付いた。
首元にナイフが当てられている。その事実を認識した瞬間に、背中を這うように悪寒が走った。「殺されるかもしれない」という潜在的な恐怖が、俺の額に汗を掻かせた。
「……別に、なにも」
「あのときといい、今といい……お前のその、魔力とは違う『力』は一体何なんだ?」
「……」
「風呂の時、なんで嘘をついたんだ?」
「嘘じゃ、ないよ」
そういえば、ディアも同じようなことを言っていたな。この世界の生物は、俺の念力を感じ取ることが出来る器官があるようだ。やはり、魔力に関する動物の構造という観点から見れば、俺の元居た世界とは違いがあるようだ。
それにしても、気配を殺して俺の背後に回り込むその技量……流石戦いのプロだな。
俺がいくら強大な力を使えるとはいえ、本体は全くの無力。
つまり、意識の範囲外からの攻撃は、俺でも防げないのだ。
「手を触れずに物を動かす能力……だ。所謂念力というやつ……さ」
緊張感と恐怖のせいで、自分のキャラ設定を忘れそうになる。
イントネーションと言い、口調と言い、今現在の俺は不自然極まりないだろう。
「……何をしていた?」
「練習。この世界で生き残るためには当たり前のことだろ?」
ギルバードがそれ以上質問してくることは無かった。しかし、納得はしていない様子だった。
ただ、俺は何も悪気があったわけじゃない。攻撃を仕掛けようとしていたわけではないし、第一「練習」というのもあながち間違いではない。
「次に怪しいことしたら……殺すからな」
明らかに彼の目は殺意を持っていた。脅し文句なんかではなく、「宣言」。
俺が子供でないことなど、とっくに見透かされているのかもしれない。
ひどいな。一応表面は子供なんだけど。
だが、気持ちも分からなくもない。百年も国を苦しめ続けた吸血鬼よりも強い自分。だが、その自分よりも強い奴が出てきたのなら、再び自分たちの平和が脅かされるかもしれないと警戒するのは当たり前だ。またあの地獄、いやそれ以上のものが繰り返されるのではないか……って。
「分かった。ごめんなさい」
「……」
こういうときは素直に謝るに限る。
☆
分割睡眠が三セット終わった。
朝日が昇り始め、空にはからっとした水色が広がり始める。
俺は横で未だ眠っているディアを放って、書斎の方へ向かった。
すると、既にローレルとイングリッドが居た。
「おはようモトユキ君」
「おはようございます」
「……おはよう」
そういやこのローレルって人、俺たちにもずっと丁寧語使ってるな。なんでだろ。
彼らは書斎の本を調べているようだった。
「早起きだね」
「はぁ、まぁ……あれ? あの赤い人は……」
「赤い人……あ、ギルのことかい? あいつならまだ寝てるよ。雪が降り止んだとはいえ、ここまで安心して寝ているのには感心するよね。ハハハ」
イングリッドは皮肉りながら笑った。
許してあげて。彼は君らを守るために起きてたんだから。
「何をしてるの?」
「『アルトナダンジョン』について記載されている物を探しているんだ。国王陛下に、ついでによろしくって頼まれてね」
国王のノリ軽くね?
子供目線に合わせてくれてるだけかな。
アルトナダンジョンって、確かディアが封印されていたダンジョンだったはずだ。ディオックスってところでは、長年雪の降る原因だと思われていた場所でもある。
……俺が転生した場所でもある。
いくら雪に関係していないとはいえ、調査はするんだな。雪が降らなくなった今、一番身近な脅威と言えばそれなんだろう。
「モトユキ君は知っていますか? あのダンジョンには怖ーいドラゴンが眠っているんです。下手に暴れちゃうと、地上に出てきちゃうかもしれませんよ」
「やめないか、ローレル。お前のそのからかい癖は、度を越えてはいけないぞ」
「えへへ、つい……」
その怖ーいドラゴンは、今ここで寝てるんだけどな。
俺らが只の人間でないことは予想できているだろうが、流石に「混沌邪神龍」であることには気が付いていないようだ。彼らがアルトナダンジョンをどのように認識しているのかも、俺は見極めないといけないのかもしれない。サングイスが雪の原因であると分かるような技術を持っているし、第一彼らはものすごく強い。地下のドラゴンが消失したことに気が付くのも時間の問題だろう。
「今まで雪が降ってたからダンジョンから魔物が上がってこなかったけど、これからは上がってくるかもしれないんだ。周辺に結界を配置することと、内部調査が今日の仕事かな」
「……俺も着いていっていい?」
「え!? あ、危ないよ?」
「いいんじゃないですか? 私たち、強いですし」
「あのねぇ、一応用心ってのをしとかないと……ま、いいか。一階層くらいなら、相手にもならないだろうし。それでも内部は駄目だ。せいぜい周辺まで、それでいいかい?」
「うん」
異世界についてある程度知識がある彼らからは、何かヒントが得られるかもしれない。
……その前に朝飯だな。