7 「零点の選択」
昨日は見えなかった真っ赤な「夕日」が、山へ沈もうとしていた。どことなく懐かしい橙色の光が俺たちの影を伸ばし、空は青と赤が混ざった紫色が淡く広がっている。
ここは屋敷から少し離れた空き地。俺とディアはそこで「墓」を作っていた。
と言っても、穴を掘って埋めるだけの簡素なものだったが。
「念力」を使えばすぐだった。出来るだけ早い方がいいと思って、急いで作った。
兄妹なかよく隣に並べて、土を被せれば永遠にさようなら。
……十字架って立てといたほうがいいのかな。キリストはこの世界にはいなさそうな気がするが。ってかなんで十字架って建てるんだろ。そもそも吸血鬼は苦手なはずだったから、やめといた方がいいか?
そんなことを考えているときだった。
「すんすん……なんか、いい匂いがする」
ディアが何かに誘われるように、鼻を利かせながら歩き始めた。
「どうしたんだ?」
「いや、なんか……」
少し深い茂みの中に入ってしばらくすると、俺にもその匂いの正体が分かった。なんというか、優しく包まれるような、ジャスミンみたいな香りだ。
「これだ」
「……これは」
フェーリフラワー。
俺の元居た世界では「月下美人」と名付けられていた花。
サングイスが妹と一緒に凍らせていた花。
まだ蕾であったが、上品な香りが辺りに充満している。
「これってあれだよな? あの氷の中にあったやつ……」
「フェーリフラワーっていうらしい」
「知ってるのか? というか、フェーリって……」
「あの女の人の名前だな。これにちなんで名づけられたんだろうな」
「へぇ……」
どうやら、咲くのは今夜らしい。僅かに蕾が開きかけている。
その隙間からは真っ白い花弁が覗いていて、そこから良い匂いがしているようだ。
花言葉は、「ただ一度だけ会いたくて」だっけか。
他にも「強い意志」とか色々あったな。
ただ一度だけ……か。
「……なぁ、ディア。俺はどうするのが正解だったと思う?」
「何が?」
「ディアと出会ってから、ここまで」
「――――吾輩を殺して、あの銀髪も殺すのが正解だと思うぞ」
ディアは当たり前だと言いたげに答えた。そして、彼女がそう答えることなんて、俺には分かり切っていた。だけど聞いて見たくなったのだ。
俺がこの力をフルに人間のために使えば、それだけで英雄だ。英雄だということは、人間として、生物として正しいんだ。正解なのだ。
「ディアケイレス……君は、人間をどう思ってるんだ?」
「そこら辺にいる虫と変わらんな」
……ッ。
俺は、ディアを拘束する。
並の力じゃこいつは抑えられない。だから、強く、強く……!
ディアの顔が苦痛に歪み始める。けれど、笑みを口に含んでいる。
「でも」と、彼女は続けた。
「吾輩は嬉しかった」
俺は、悪者だ。
「モトユキと一緒にダンジョンを出れたことが」
俺は、最悪のドラゴンを解き放ってしまった。
「吾輩に飯をくれた」
俺は、最善の選択ができなかった。
「吾輩の傷を治してくれた」
俺は、俺は。
「こういうとき、『ありがとう』と言うらしいな」
……俺は。
「モトユキ、ありがとう。不正解を選んでくれて」
身体の力が抜けていった。同時に、念力はディアケイレスの体を離した。
「ディアケイレス、約束しろ……!」
こいつの命に対する概念を変えるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。
でもそれがどうした。俺にとって「混沌邪神龍」なんぞ、敵ではない。
約束で縛ってしまえばいいだけの話。
「人を傷つけるな。いいな?」
そうすれば、俺はこいつを殺さないで済む。
もし、こいつがもう一度人を殺そうものなら、今度こそ責任を取らなければいけないだろう。だからこそ、この約束を守ることには大きな意味があるのだ。
それを聞くと、ディアはそれらしいトーンで言った。
「我が主の仰せのままに」