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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
一章 偽善者
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6-1 「フェーリ」

サングイスの過去編です。

 平和が悪いことだとは思わない。

 だけどもう無理なんだ。最近はどこもかしこも「殺された」というニュースばかり。それでも人間と仲良くしようだなんて言い続ける父さんは、悪いけど馬鹿だと思う。


 そんなことを思いながら、サングイスは本を読んでいた。

 最近は「エミーの魔導書」というものを読みこんでいる。別の大陸から入って来たらしい古い本で、著者であるエミーは実に飽きっぽい性格の魔導士である。故に、それは完成されていない魔法陣だったり、実験だったり、ともかく内容は適当。順番もジャンルも適当。編集と翻訳もろくにされていないから、誤字も目立つ。

 だが、彼女自身の地頭の良さというか、面白い実験ばかりなのだ。


 例えば、今読んでいる「雪だるま」の製法。

 子供じみた内容だが、意外にもこれが面白いのである。単純に、「氷創造」の術式を使ってしまえば簡単なのだが、敢えて遠回りして「精霊術」や「遠距離発動」とか色々組み合わせて、「精霊に雪だるまをつくらせる」といった魔法陣をつくりだした。その結果、精霊術の今後の発展に大きく貢献したようだ。だが、彼女自身はこの技術をすぐに売ってしまったらしい。もう少し価値が上がるまでじっくり待っていれば良かったというのに。そうすれば彼女は、偉大なる魔導士として世界に名を轟かせていたはずだ。

 他にもいろいろな発見をしていたが、その全てを売り払っていた。本来ならこの本もかなりの価値のある魔導書となっていたはずなのに、内容が公の書などに記載されてしまって、需要が無くなってしまったのだろう。結果として、これは「魔法の馬鹿げた使い方」というものに成り下がってしまった。


 それがなぜここにあるのかは分からなかったが、どうにも子供だましの本には思えず、気が付けばサングイスはこれが好きになっていた。



「兄様、この魔法陣がうまくいかないのですが」



 落ち着いた明るい声が聞こえた。

 振り返ると、彼の妹であるフェーリが居る。持っている紙の上には彼女らしい几帳面な陣が描かれていた。



「あぁ、これはね……」



 こうして妹に魔法を教える日々は、いつまで続くだろうか。

 そんなことを考える彼の脳の片隅では、本当はもう終わりが近いことなんて、分かっていた。



 その数日後、「厄災」が起こった。

 地震や火山噴火、竜巻、疫病……「紅い満月」。幸いにもスレイドの屋敷には優秀な魔法使いがたくさんいたため大きなダメージは受けなかったが、色々なところから悲惨なニュースが届くようになった。吸血鬼が絶滅への道を進んでいることなど、皆分かっていた。


 だが、それでもスレイド家は平和派の意思を貫き通すことにした。ニュースの中には「人間が滅びかけている」というものもあり、これを見たスレイドの当主であるカーティスは、人間の救助へ向かうことにした。平和への第一歩になるかもしれないと考えたのだ。


 家族会議は、サングイスとカーティスの口論になった。

 だが、平和の意志を信じ続ける、召使いを含めたスレイドの屋敷の皆は、カーティスを支持した。この場で若干反対派(ティニアト)になっている人間は、サングイスただ一人であった。

 力尽くで止めてやろうともしたが、多勢に無勢。いくら彼が優れた才を持っているとはいえ、一人ではどうにもならない問題だった。


 結局、屋敷に残ったのはサングイスだけだった。





「……どうして」





 書斎でぽつんと独りだけ。

 いつもならフェーリがいるはずなのに、誰もいない。

 何も聞こえない。静かすぎる。


 窓の奥では、彼の髪色と同じ、銀色の月が輝いていた。

 庭では、珍しいことにフェーリフラワーが咲き誇っている。


 けれど、それを話す人物が居なかった。


 事を忘れるために「雪だるまをつくる魔法陣」を描いていた。人間の血のストックが少ないから、むやみやたらに魔力を消費するものではなかったが、どうしてもやりたくなったのだ。

 発動させれば、空中から柔らかく雪が降ってくる。それを精霊たちが優しく形作り、可愛らしい二段の雪だるまが出来た。


 これをフェーリに見せたら、どんな顔をするだろうか。

 本来の魔法とは、こうやって使うものなのだ。でも今の人間は「殺す」ことだけにこの力を使っている。平和派は……なぜそのことに気が付かない?


 魔導士エミーは、攻撃的な魔法をあまり好まない。いや、好まないというよりは、興味が無いと表現した方が良いかもしれない。けれど、いつしかサングイスの中で、彼女は理想の魔導士として存在するようになっていた。

 誰も傷つけたくは無かったのだ。


 外に出る気力はなかった。

 血さえ吸えば圧倒的な力の差ができる人間が、怖かった。「殺されるかもしれない」という純粋な恐怖の下で、彼は屋敷に縛られた。





 彼の選択は正しかった。





 数日後ともなると、本を読む気も失せて、ぼーっとしているだけの生活。

 ところがその日、フェーリが帰ってきた。フェーリ「だけ」が帰ってきた。


 いつの間に帰ってきたのか、玄関で倒れていた。血と泥で汚れている。だけど外傷はない。彼にはこの血が誰のものなのか容易に推測できたが、それはとてもじゃないが、信じたくなかった。


 ……家族の血だ。指ですくって舐めてみても、人間の血のそれとは違って不味い上に、魔力を取り込めない。


 魔力不足だったようで、ストックしてある血を飲ませた。すぐに回復はしたが、フェーリは一晩眠り続けた。



「……兄様! 兄様!」



 サングイスが目を覚ましたときは、まだ昼だった。人間でいうなら真夜中と同じ。

 締め切ったカーテンから日光が漏れ出ているこの空間。けれど、その雰囲気に似合わないくらい沈み込んだ気分だった。



「お父様が! お母様が! みんな、みんな……人間に……」



 予想した通りだった。

 だが、それとは別に気になる点があった。


 フェーリの顔が異常なまでに赤く、熱もある。

 全身に蕁麻疹のようなものが浮き上がっていたため、ただの風邪ではない。

 しかもそれは、数日経っても()()()()()()()()()()()()()()()()


 サングイスは気が付いてしまった。

 これは疫病だ。しかもその疫病の中でも……





 ――――性病だ。

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