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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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15-5



 ――――美しい、とその場にいた誰もが思った。



 「エミー」、その名を三代目に受け継ぐ者が、医院長になる数日前。

 知的障がい及び身体障がいの子供たちをケアする病棟兼教育施設に、彼女が、エミーが訪れた。たまに現れるあの老婆ではない。まるで若返ったかのような、いや、実際若返った姿の少女。その風貌を詩的に表現できる者はいなかったが、知的能力が乏しい子にさえ、「美しい」と思わせる。大きな目を縁取るくっきりとした二重と青い睫毛、知性的な雰囲気を醸し出す細く鋭い眉に、小さく高く引き締まった鼻。それらが黄金比で並べられた顔を、最後にきゅっと唇が結ぶ。いや、顔面だけじゃない。彼女の歩き姿もそう、美しい。足音がならないように優しい歩み、それでいて知性と自信に溢れた真っすぐとした背筋。


 ――将来的に、人の道から外れた酷い人体実験をする女だとはとても思えない。

 この時はまだ、誰も、知らない。エミー自身さえ知らない。


 彼女は今日初めてここへ訪れた。いよいよ、二代目の仕事を少しずつ担い始めたのである。

 だが、基本的に仕事は無い。一応ここの施設の代表として、概ねの仕事の様子を知っておかなければならないのだ。


 今は日の入りから数時間後、子供たちは就寝前に少しだけゆったりと遊んでいる時間だ。ここの職員はいつもこの時間にミーティングをしている。今日一日の子供たちの様子の報告と、明日の予定の確認をするのだ。今までは二週間に一回程度、二代目エミーが参加していた。今日は三代目が参加している。



「全員そろったのさ?」


「すみません、エミーさん。マスネという職員がまだ来てないんです」


「マスネ……?」


「クロード・マスネです。ルパート・ミラー君の担当をしている……」


「ああ、例の、『神』の」


「今から部下を使って探させます」


「いや、いいさ。ボクが施設の見回りがてら探してくるのさ。先に始めといて」


「……でも」


「頼んだよ」



 そう言って、職員たちをそこへ残して、エミーは廊下に出た。実を言うと、定例会議ほどつまらないものは無いと彼女は感じていた。毎日毎日同じことを言うだけの良く分からない非合理的なやつ。そもそも、明日の予定を実行する職員ならまだしも、医院長代理の自分が聞いたところで意味などないのだ。体の良い言い訳が手に入った。

 ルパート・ミラー……「神」と呼ばれる男。知性の乏しい子供たちには、少し力のあって身長の高い存在がたいそう大きく見えるのだろう。ここには女性の職員がほとんどであるし、唯一の男性であるクロードも小柄だと聞く。そうなれば、子供たちにとっての脅威は、ルパート・ミラーに集中する。「神」と言わしめる程、彼らの精神生活に大きな影響を与えるのだ。その言葉の本質は知らないけれども。


 春と言えど、夜は少しだけ冷える。最近は少しずつぬるい風も増えてきたように感じるが、今日の風は冷たい。ずっと当たっていたら風邪をひいてしまうだろう。だが、エミーはこの風の匂いが嫌いではなかった。生命の息吹とも言おうか、今にも芽吹きそうな植物や雪解けの川や土の匂いが、風に乗ってやってくる。汚物や腐った肉や薬品や消毒の臭いにまみれていると、尚更、春の風は心地が良い。逆に言えば、冬は嫌いだ。凍てつくような空気はとてもじゃないが外に出られたもんじゃない。手を温めなければペンもメスも狂う。手術室では血を失う患者のために暑いくらいに暖房を焚くのだが、石炭や石油の臭いも嫌いだ。あまり近くで吸い込み続ければ、一酸化中毒とまではいかないものの、酸欠になる可能性は十分にある。そういう知識的な恐怖の感覚が、実際に怖いとは感じなくても、何か不快感を抱かせる。

 空は、よく見れば、ほんの少しだけ青いのだ。日が沈み切った後でも、月や星の明かりによって、完全な黒ではなくて、深い深い青色をしている。猫の獣人である彼女には、それだけの光があれば、昼間とさして変わらない程度に周囲を見ることができた。


 彼らはどこへ行ったのか。大きく外から回ってルパートの部屋の前まで来たは良いものの、どうやらベランダから外へ出たらしく、ガラスの扉が開けっ放しで、カーテンが夜風にさらされていた。その周囲は誰かが掘り起こしたのか土が柔らかく、二人の足跡がくっきりと付いていた。その慌ただしい足跡を見るに、どうやらルパートが先に飛び出して、クロードがそれを追いかけていったようだ。

 ところが部屋を見ても、何かを争った形跡はない。そこかしこにビンが整列しているだけだ。


 ――自閉症だったか、彼は。「ビン」への異常な執着があるとは聞いていたが、なるほど、どうやらビンそのものではなくて、その中にあるものを保管しておく目的で用いているようなのさ。彼ら二人が喧嘩をして、ストレスによって暴走したわけではないなら……「ビン」を作りに行った、そう解釈するべきなのさ。ならば、部屋の中に、居場所のヒントが……。


 机の中心に置かれていたのは、ビンの中でしょんぼりとしている枯れかけの白い花だった。何故かは分からないが、黒い布が被せてある。


 ――なんだ、この花……?


 見たことのない花であった。いや、別にエミー自身はそこまで植物に詳しいわけではないが、この辺に咲いているものに関してはある程度の知識はあった。薬草の採集や、ここに居る子供たちや認知症の患者が間違って毒草を食べないように除草するための、必要最低限の知識。しかし、少なくともエミーの脳内検索に引っかかる結果がないのだ。

 それ以外にビンに入っているのは、ただの雑草……これは日陰によくあるタイプの草だ。よく見れば苔も一緒に入れてある。霧吹きで中が湿らされているのか、苔や草がいくつか水滴を抱いている。そして、この黒い布は……その場所の「暗さ」を再現している?


 ――森へ行ったのさ?


 どうやらこの花は薄暗くて湿った場所で見つけたらしい。そして、近くのそういう場所と言えば、病院の裏手にある森しかない。この珍しい花を探しに、彼らは飛び出していった……そう考えるのが妥当だ。大方、適当にクロードが相槌を打っている内に、ルパートの何かを刺激したのだろう。


 エミーは再び歩き始めた。死んでたら面倒だな……そんなことを考えながら、欠伸をして。患者が森の奥へ消えていったという話は、エミーの知る限り、この病院では無い。子供や老人の足では険しい森の道には耐えられないから、物理的に無理だ。そもそも森の事を知らない子供がほとんどだ。体が健康な精神障碍者ならありうるかもしれないが、あの病棟は戸締りが厳重になされている。


 エミーは感覚を研ぎ澄ます。その青い猫の耳が、夜を聞く。

 魔法で聴力を拡大。森の中の静かな生物たちの声が聞こえてくる。


 ――――そして、人間の声が()()

2023/03/24

最近かなりメンタルに来ることがあったばかりで、人の感想を受け入れられるほど私の精神が安定しておりませんので、誠に勝手ながら、感想欄を閉じさせて頂きます。

気が向いたらまた開きます。すみません。

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