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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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15-4

 クロードはどうしたものかとしばらく悩んでいたが、初日から無理に引っ張り出すことは無いだろうと考えて、()()()()朝食を、ルパートの部屋の前へ持ってきた。そして、大きく深呼吸して、荒ぶる自分の鼓動を落ち着かせてから、ゆっくり、こう言った。



「みんなと、食べなくていいからさ……僕と一緒に食べよう」


「……」



 返事は無かった。クロードが「入るよ」と言いながら鍵を開けると、そこには例の「ビン」を覗き込んでいるルパートがいた。粗末なつくりの大きな机の上には、たくさんのビンが並べられており、そこには一つ一つ昆虫や植物が暮らしている。土やほこりが散乱し、とてもご飯を食べられるような環境ではなかったが、クロードは意外とこの部屋は奇麗だと感じた。なんだか良いにおいもする。ただの土の匂いだが、排泄物や吐瀉物よりかはよっぽどマシなのだ。



「うわぁ!!?」


「……!?」



 ルパートは、入ってきたクロードに今更気が付いて驚いたようだ。なるほど過集中か、とクロードは思って、さっきの言葉をそのまま繰り返した。ルパートは暫く睨むようにクロードを見つめていたが、ビンを机の端にどけて、土埃を雑に落とした。



「ありがとう」



 クロードは内心怖がっていたが、それを表に出さないように細心の注意を払いながら、微笑みを浮かべてそう言う。朝食を机の上に置くと、彼はゆっくりその部屋を見回した。

 簡素な部屋で、掃除もあまりされていないようだった。ドアから入ってすぐ視界に入るのは、ビンの棚。本を詰める代わりにビンが所狭しと並んでいる。石と花と昆虫がたくさん。こまめな世話が必要なビンは、右奥にある例の机においてあるようだった。左奥には寝心地の悪そうなベッド。

 病院としてはあるまじき不潔な空間だが、彼には職員も容易に関われないので仕方がない。癇癪を起こして、壁に穴が開いている場所もある。そんな中でもビンは大切に扱われているのだから、クロードもこれを赤ん坊のように大切にしなければならない。さもなくば、彼は殺されてしまうだろう。



「ぎゅーにゅー」


「ん?」


「……うまい」


「んふふ、そうだね」



 クロードはルパートを刺激しないように必死だった。そんな不安をルパートは感じ取ったのだろうか、苦手なおしゃべりをクロードに何度かやってみた。彼は優しく微笑むくらいしかできなかったが、ルパートにはそれがとても気分が良かった。

 ルパートは、誰かと食事をしたのが本当に久しぶりだった。今まで自分の担当をしていた人間は、給食を部屋の前に置いていくだけだったから。本当はその職員も、今のクロードのようにルパートのコミュニケーション練習を行わなければならないのだが、ほぼ一対一で担当している彼ほど暇ではない。加えて、保護者の期待も希望もないルパートの、経過観察を積極的に行う人間がいなかったのも大きい。彼はずっと孤独であったのだが、その孤独を上手く言葉にすることはできなかった。



「そのビンってさ、何が入っているの?」



 少しずつ場に走る緊張感がほどけてきた頃、ふと、クロードはその言葉をこぼした。ルパートの性格を探るためではない、純粋な「興味」故の質問だった。

 示されたビンには、何やら雑草がぎっしりと詰まっている。名称は分からない。若干紫がかった葉脈が、ガラスの内側からこちらを覗いている。



「……これね、お外の、緑のとこでとれたの。とれたの」


「緑のとこ……?」



 ルパートはそのビンを開けると、中から石を取り出した。どうやらそれを雑草が隠すようにしてあったらしい。さらに手を突っ込んで、優しくつまみ出したのは、黒い種のようなものだった。



「ん」


「……これは?」



 ルパートは、その種をクロードに見せつけた。人間の目は20cmほど離れた位置の物が一番よく見えるのだが、ルパートには分からない。故に、クロードの、文字通り「目の前」まで種を持って行った。クロードは反射的に目を細め、首を反らして距離をとる。



 わさわさ……。



 実際にそんな音が鳴ったわけではないが、クロードにはそれくらい衝撃的であった。黒い種だと思っていたそれはダンゴムシだったようで、ルパートの指につままれながら、背伸びをするように体を伸ばして見せた。クロードは全身を鳥肌が駆け抜ける感覚がして、小さな悲鳴が漏れ出る。



「こいつはね、暗くて、濡れてる場所が好きなんだ」


「……! そうなんだ、すごいね」



 瞬間、クロードは気が付いた。彼の昆虫入りのビンは、そのどれもが、昆虫にとって生活しやすい環境になっていることに。ごちゃごちゃに植物や土を入れているのではない。そいつが暮らしやすいように、あるいは採集した場所か、とにかく「自然」が再現されているのだ。クロードにとっては、それがものすごく新鮮に思えた。……悪い言い方になってしまうが、ここの子どもたちには「知性」を感じることが少なかったからだ。


 ――そして、その何気ない一言、「すごいね」というクロードの言葉が、ルパートの心の奥で何度も木霊した。

 彼は、人間の()()心を読む能力に関しては、一般人のそれを遥かに凌駕していた。いつも父親の顔色をうかがってきた訓練の成果である。だから当然、自分が恐れられ、気味悪がられ、愛されていないことなどにはとっくに気が付いていた。自分だけでなく、ビンに関しても、同様に嫌う人間がいた。しかし、今のクロードの言葉、それはお世辞でも何でもなく、純粋な「尊敬」から発された言葉であることを、彼は感じ取った。クロードは、彼の母親の次に、()()に興味を持ってくれた初めての人となったのだ。



「きもい」


「ええっ……!?」



 照れ隠しのつもりで、ルパートはダンゴムシをビンにしまった。

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