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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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14-3

 滝汗。

 モトユキは既に絶命への階段を降り始めている。思考を白い何かが占領していくのを感じていた。



「ふっ……ふー……さあ……はぁ……エミー……こいつを、傷つけられたく、なかったら……はぁ……大人しく、降伏……っ……するんだな」


「……」



 随分と、深手を負ってしまった。クロードを手繰り寄せているのをエミーに勘づかれてはいけないから、慎重になって、時間がかかった。と言ってもほんの数分の戦闘であった。それだけエミーの攻撃が凄まじかったのだ。

 初めから用意しておこうとも思ったが、今のモトユキの力には「ラグ」がある。散らばらせた力を戻すまでにクロードを奪われたらおしまい。「かくれんぼ」による時間稼ぎではなくて初めから人質として構えておくのが最善だったのだろうが……彼は躊躇してしまった。卑怯だと思ったのだ。思ってしまったのだ。この土壇場で。


 クロードは震えていた。


 傷だらけのモトユキを見て、何かただならぬ事態だと感づいたようだった。しかし、それを言語化できるほど、彼に知性は残されてはいない。ただ、本当に形容できぬ「恐怖」が彼を貪り食う。



「……」



 エミーは見た。今どんな状況なのかを。モトユキの念力が、神が合掌をしているかのように、クロードを包み込んでいる。エミーはモトユキの脊髄反射よりも速く動くことが可能であったが、あのバリアを突破することはできないだろう。

 全く予測ができなかった。まさかクロードと接触し、この場に連れて来ていたとは。


 場は拮抗する。並々ならぬ緊張感が駆け抜ける。


 モトユキは、()()()()()()。臆病な凡人である。目的のためならば手段を選ばない……いや、そんな奇麗な覚悟ではなかった。ただ、奴の、エミーの、最愛の人間を踏みにじる程度には、卑怯であるだけだった。





 ☆





 少年は怒り狂っていた。窓や食器を椅子で破壊しながら、とにかく叫んだ。その癇癪の様子は、まるで火山の噴火のようであった。


 彼は一体何に怒っているのか?

 それは、()()()()()()()()()()()である。


 彼はどうしても牛乳が飲みたかった。しかし給食に出たのはリンゴのジュース。それがどうしても許せなかった。一口飲むたびに、牛乳のあのまろやかな口触りが頭の中で大きくなって、飲めなかったという悔しさが、怒りが、血液を通して彼の体を何度も何度も駆け巡る。

 次に彼は自分の顔を殴った。自分を抑えるためである。殴った時の痛みが自分を抑えてくれるということは、()()から理解していた。だから、既に彼の顔にはいくつかの痣があった。



「ストォップ!!」



 もう一人の少年が、彼を組み伏せるようにして自傷行為を中断させた。彼よりも一回り小さな体で、栗毛の少年。名を、クロード・マスネ。当時十四歳。この病院のスタッフである。



「もうしない!! もうしない!!」


「……本当?」


「もうしない!! しない!!」



 クロードはそっと手を離した。少しだけ静かになったと思ったら、またすぐに自分を殴った。



「ほらやっぱするじゃん!」


「しない!! もうしない!!」



 自傷行為を繰り返す少年は、ルパート・ミラー。十七歳。自閉スペクトラム症と診断されている。こだわりが強く、よく癇癪を起して自傷するため、この病院で入院している。この病棟はそういう人たちが集う場であり、治療も勿論行われているが、主に生活の介助を目的としていた。病棟といっても、そこまで大きな建物ではない。この建物で暮らしているのは三十人ほどだった。



「ふーっ、ふーっ、もうしない!! うざい!!」


「まだ駄目!!」



 クロードの優しい声が部屋に響いた。ここは食堂。知的障がい者用病棟にいる、「軽度」の者たちが食事をする場所だ。ルパートは形式上「重度」に分類されていたが、ある程度は日常生活を自分で行うことができるため、ここで一緒になって食事をしていた。他の子はルパートに怯えてじっとしていたが、他のスタッフに促されて一旦避難した。



「うざい!!」


「……」



 筋肉の硬直が解けるまで、クロードは離さないことにした。青年期のルパートのように筋力が強くなってくると、自分の顔を殴るというだけでかなりのダメージが入る。痣どころではなく、下手をすれば顔にひびが入りかねない。



「大丈夫? クロード」


「エミー……ルパートが久々にでかいパニック起こしちゃって」



 その騒ぎを聞いて駆けつけたのは、クロードの恋人であるエミーだった。当時十二歳にしてこの病院の長であり、今日も忙しく駆け回っている。付き合ってまだ一年も経っていないが、思春期にしては長く続いている方であった。



「エミーさん。私も手伝いましょうか?」



 スタッフの一人が聞いた。



「いや、ボクたちだけでやれるよ。ガラスの処理を先にお願い」


「はい」


「それと、クロード。もう離していいよ」



 エミーは拘束系の魔法をルパートに使ったようだった。



「何もそこまでしなくたって」


「……こうでもしないとずっと暴れるさ」


「うざい! うざい! うざい!!」



 両の手と足を固定されたルパートは、地面でのたうち回った。どうやらエミーは地面にも何かしらの魔法をかけたらしく、ベッドのように柔らかくて、ルパートが頭を打ち付けても痛みを得ることができなかった。



「余計暴れてるじゃんか。混乱させるような真似はやめなよ」


「うるさいなぁ。少し待てば落ち着くさ」



 ジタバタするルパートを何もしないで見つめていると、クロードはなんだか可哀そうになってきた。エミーは恐ろしいほど冷静にそれを見ていた。



「……」


「ほら」


「ほらって……」


「さぁ、何をするんでしたっけ、クロード君」


「……どうして暴れたの? ルパート」



 激しい癇癪を起こした場合、まずは怪我を防ぐために身体的拘束。落ち着きを取り戻してから、ゆっくり理由を聞く。この時、癇癪したこと自体を責め立てるようにはしない。そして今後の対策と訓練に役立てる。また、これは自己表現の訓練も兼ねる。

 クロードは新人であり、エミーに教えを乞う立場であった。



「……牛乳が飲みたかった。でもおれが悪かったよ」


「悪くない悪くない。ルパートはいい子だよ」



 クロード・マスネ。彼の体は優しさで出来ている。

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