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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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14-2

 逃亡。彼はそれをしなければならないと瞬時に悟った。

 エミーがどのような攻撃手段を用いたのかは見当もつかないが、念力のバリアを貫通して足を落とされた以上、動き回って攻撃を避けるしかないと本能的に思った。不思議にも、痛みはそこまで大きくはない。もちろん激痛であるのだが、ミヤビの精神世界で刺された時ほどの痛みがあるわけではなかった。恐らく脳内麻薬。ドーパミンだかエンドルフィンだか詳しく知らないが、兎に角このマリオのスター状態は長くもたないだろうと彼は確信する。

 意外にも出血は少なかった。熱で溶かすような攻撃だったから、傷口はほとんど焼けて固まっていた。


 彼は跳ねた。いや、弾き出されたと形容するのが正しいかもしれない。

 体を覆っていた念力のバリアを極限まで圧縮して、防御力と引き換えに機動力を手に入れる。精密動作はできないから、例によって建物をぶち破りながらの移動。新幹線に乗った時のような景色を生身で体験することになるとは思わなかったが、エミーと距離を取れたことにより、彼に少しだけ余裕が生まれる。


 逃亡中の思考。

 ヤツの能力は何なのか。脳内を検索してみたが、酸素の足りない脳味噌では思いつくことはできなかった。ただ、自分の念力のバリアを貫通してくることと、一撃で殺してこなかったことから、()()()()()()()()ことを予想した。ならばこのまま動き回っておけば時間は稼げるはずだ。



「どこに行くのさ?」



 瞬間、モトユキは時間が停止したかのような感覚に襲われる。

 彼はおもむろに横を見た。エミーがいた。美しい顔だった。まるで聖母のような微笑みを浮かべながら隣にいた。清流のような青い髪に、ひょっこりと猫の耳が覗いていた。あまり寝ていないのか、クマだけがはっきりとしていたが、それ以外は完璧だった。

 五臓六腑に蟲を詰め込まれたような、気色悪い感覚が彼を襲った。突き飛ばした。しかし彼女は既にそこに居なかった。どうやら二度同じ手を食らわないらしい。モトユキは再び自分を弾き出した。風を切り裂きながらその場を離れる。

 未だ時間が正常に動いた感覚がしなかった。モトユキは何も考えられなかった。恐ろしい速度で動いているはずなのに、とてもゆっくりとした感覚だった。焦燥、そして激痛。冴えわたる感覚の世界で、忘れられていたはずの彼の右足が痛みを叫び始めた。それを「痛い」とは感じなかった。ただただ、謎の虚無感が彼を襲う。息を吸っても吸っても酸素が周りにない気がした。心臓が動いているはずなのに、ただひたすらに苦しくなった。さながら海に溺れる蟻か。上も下も右も左も前も後ろも何もかも自分の世界から消え失せる。焦燥。焦慮。狼狽。


 モトユキは一般人である。

 戦闘など経験したことがない。人を本気で殴ったこともない。戦争など見たことがない。その経験の無さが、今の彼の無防備な状態を生み出してしまっていた。





 ――――青光の剣。





 彼を待ち構えていたのはそれだった。こちらに向かっているわけではない。()()()()()()()()()のだ。彼はあがいた。ところが、低速かつ鈍色の世界で、自分の体はうまく動かなかった。

 彼はゆっくりと理解し始める。自分がどれほど無力な存在であるかを。彼はずっと恐れていた。自分から念力が無くなれば何が残るのか……答えは何も残らない。理解して初めて訪れる、「死」の恐怖と虚しさ。


 彼の脇腹にその剣が突き刺さる。もう、体の感覚が良く分からなかった。



「まだまださ」



 彼の目の前に虹が現れた。あふれんばかりの虹だった。子を抱く母のように、彼を優しく包み込んだ。

 ……否、剣だ。様々な種類の魔力で生成された、美しい剣だ。


 先の一瞬で、エミーはモトユキがどう動くかを予想していた。彼の推測通り、バリアを貫通する()()()()は精密動作に欠ける。従って、高速移動とバリアを繰り返し行われてしまってはこちらも容易に手が出せない。だから彼女は、一撃を入れられるくらいの至近距離で、あえて何もせず彼の顔を眺めてみた。挑発された彼は予想通り自分を突き飛ばしてきた。だから「避けた」。焦った彼は体勢も立て直さずにその場を脱出した。()()()()()()()()()()()()()()。彼は反射的にそれを選んだ……選んでしまった。そして見事に蜘蛛の巣に引っかかってしまったわけだ。美しい虹色の巣に。

 不意打ちの連続だ。恐ろしい焦りの感情が彼を襲っていることだろうと、エミーは思った。事実その通りである。


 煮え滾る焦燥の中、モトユキに一つだけ光が見えた。虹には、剣が()()()なところがあった。そこから、美しい冬空が広がっている。逃げられる――――彼は、少しだけバリアを厚くしてから突き抜けた。





「ああ、モトユキ。残念だよ」





 ――――超効率魔法。

 通常、魔法には魔力欠損が生じる。術を発動させたときの無駄な光や音などにより、術者の魔力が100%有効に使われるわけではない。普通、その魔力効率は約50%ほどだ。例えば、「相手に魔力を渡す」のような魔法があって、二人で魔力を渡しあうとき、そのリレーを無限に行うことはできない。必ずどこかの地点で魔力が枯渇する。

 ところが、エミーが編み出したこの技術は、魔力効率を100%にすることができる。その理屈は、「虚」の世界を通して離れた地点で術を発動させるもの……らしい。らしいというのは、未だ魔法学の世界では実験的に認められていない技術であり、且つ、エミーの精密な魔力操作と膨大な知識があってこそ成せる業であり、使用者が彼女自身しかいないからだ。

 単純に消費魔力が半分になるという利点もあるのだが、もう一つ重要な特徴がある。防壁を「無視」できるという点だ。先程「貫通」と表現したが、正確には「無視」である。「虚」の世界を通すかららしいが、前述の理由より、詳細は不明である。



 兎にも角にも、モトユキのバリアは……何も役に立たない。



「ぐ……ぁ……」



 モトユキの左肩に命中したようだ。もちろん、剣の虹の中に逃げ道を残したのもこれが狙いである。



「……どうしようもない絶望に襲われた時、目の前に光をぶら下げると、人間は何も考えず縋り付くのさ。滑稽だね」



 エミーはモトユキを侮っていたわけではない。虹の檻を完璧に作っていれば、彼は間違いなくバリアを展開しただろう。力の「速さ」から予想するに、バリアを完全に展開することはできず、いくつかの剣が彼に突き刺さっただろう。確かにこれは自分がダメージを負ってしまう選択だが……最善手だ。そのままバリアとアウェイを続けていれば、時間はいくらでも稼げた。

 彼はそれをしなかった。刃物の痛みを恐れ、目の前の光に飛びついたのだ。


 確かに、超効率魔法は、未だ改良の余地のある魔法である。現在「熱」の一種類しかないし、発動にも時間がかかる。だが……戦闘に慣れていない一般人をハメるのは簡単だ。



 ボトリ、と彼の左腕が焼け落ちた。

 おお、なんと惨いことだろう。キミに耐えられるのだろうか。自分の体が欠けていく、死へ歩いていく恐怖を。そしてキミは思い知っただろう。ボクがどれだけ強いのかを。巣を張るだけの蜘蛛じゃない。空を飛ぶだけの鷹じゃない。茂みに隠れるだけの蛙じゃない。噛みつくだけの蟻じゃない。「考える」人間なのさ。



「……」



 とどめ。息の根を止める。

 もはや彼に動ける気力は無かった。このまま背中から心臓を一突きだ。





「人間ってのは、卑怯な生き物だよなァ――――」


「――――ッ!!??」





 見覚えのある柔らかな栗毛だった。見覚えのある優しい瞳だった。見覚えのある華奢な体だった。

 エミーの前に現れたのは、クロード・マスネ。かつての恋人だ。

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