14-1 「英雄じゃない」
――――エミーは魔法の天才である。
探知魔法など、医療現場の診察でも幾度と行ってきたものだったから、隠れているモトユキを見つけ出すなどお手の物。さらに、彼女に寄生する光の神グアン=ルークスは、彼女に恐ろしい機動力を与え給うた。従って、モトユキと彼女が接触するまでそう時間はかからなかった。
瞬間、モトユキはエミーを「力」で突き飛ばす。
衝撃。全身を鞭打つ波動。いくつもの建物をぶち破りながら彼女は後ろへ突き抜けていく。
同時、モトユキは盤上に散らばっていた「力」を自分の下に集める。
モトユキの思考に寸陰の静寂が訪れる。
彼の仕事は、「中央で神霊種騎士を引き留める」ことだった。ところが、土の巨人が出現したため、彼はその対応に追われることになった。念力のほとんどをそれの拘束に使っている以上、彼が戦闘で使うことのできる念力はほんのわずか。加えて、戦闘と言っても彼にはその経験がほとんどない。その状態で目の前の「エミー」とこれからやってくるであろう騎士たちを食い止めなければならない……だが、エミーがここに居るということは、作戦はうまくいっているということ。
彼は……覚悟を決めた。戦闘は今、開始されたのだ。
「……エミー!!!」
「ククク……ハハハ……」
エミーは乾いた笑みを転がす。それがモトユキに聞こえることはなかった。聞かせるつもりもない。
戦場に描かれる光の軌跡。写真機の閃光の如く、写真機が時を板に封じ込めるが如く、エミーは加速。風を切る音が轟く。轟く音が窓を割る。豪風とともに再びモトユキの下へ。
「……っ!!?」
間一髪で受け流すモトユキだったが、エミーは体勢を崩していない。その神速で、連撃、連撃、連撃。彼は守ることしかできなかった。今ひりだせるありったけの念力で、自分の周囲を球のように守った。鉄を打ち付けるような、エミーがその球にぶつかる音が幾度となく鳴り響く。
ズキッ。
「……クソ」
モトユキは自分の頭痛に悪態をついた。どうやらこれが念力の限界らしい。
それを知ると、彼は念力の球に棘を生やす。勢いよくぶつかってしまえば確実に死に至るだろうが、流石エミー、素早く判断して彼から距離を取った。
どうやら殺すつもりでやらないと負けてしまうらしい。
焦燥。モトユキはその頭の内側をチリチリと炎で焼かれる感覚がした。
彼は、「偽物」のように無から有を生み出すことはできない。必ず「力」には「線」が伴う。従って、彼女の体を「内側から」「いきなり」拘束することはできない。それが何を意味するか?
力を鞭のようにしならせて攻撃。銃弾ほどの速さがあったはずだが、エミーはその体を翻して躱した。負けじとモトユキは何度も攻撃を仕掛けるが、まるで嘲笑うかのように悉く躱された。
――――動きが読まれている。
そう、モトユキの攻撃は、動きを読むのが簡単なのだ。今話した「力」の性質によるもの。鞭のようにしならせれば、エミーには本当に鞭のようにしなって見える。加えて、今までそれらしい戦闘を経験してこなかった彼の応用力のなさも大きい。
エミーからすれば、彼の攻撃は、あまりにも単純。あまりにも正直。圧倒的な機動力の前には、物理的なことしかできない彼の攻撃はほとんど無意味であった。
「……そうさ、モトユキ。君は、そうなんだよ……」
「……?」
あたりに冷え切った風が吹いた。その風にそっと乗せるように、エミーはつぶやく。
モトユキは攻撃の手を止めた。彼の目的はエミーの討伐でも拘束でもなく、時間稼ぎであったからだ。このままベラベラ喋ってくれるのなら好都合だった。
「君は……」
「……」
「……」
「……『オレ』は何だよ?」
「……」
エミーは何かを言いたげだったが、そのまま俯いてしまった。逆光のせいで、彼女の表情はほとんど見えない。暫くの間、二人の間に沈黙が流れた。
モトユキがそれに耐えられなくなって、先に口を開いた。
「……ディアとルルンタースをどこへやった?」
「白々しいね。ボクはキミの作戦にわざわざ乗ってあげたのに」
「……!」
エミーは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「……乗らざるを得なかった、の間違いだろ?」
「ハハッ、そうさ。ボクはキミを倒さなくちゃいけない。本来の『力』を取り戻す前に」
「……」
モトユキは考える。
作戦はバレていた……ということは、ビルギットやジルベルトを退ける手段があるということ。並の戦士ならば片腕のビルギットでも十分に対処可能だが……やはり「悪夢」の騎士やエミーの結界が待ち構えている可能性が高い。そうなれば彼女らが返り討ちに会う危険性が出てくる。
「ルルンタースを迎えに行った人たちのことが心配かい?」
「……」
「……残念なお知らせだよ、モトユキ。ルルンタースは、キミを裏切ったのさ」
「……」
「キミが嫌いなんだよ、あの子は」
「……」
「キミはさ、どうしてボクを止めるのさ?」
「……郷に入っては郷に従えっていうだろ。オレは多い方に従っているだけだ」
「おや、思考を放棄するのかい?」
「……」
「嘘だね。キミは自分の正義をずっと探している。正しさとは何かをずっと探している。でも見つからない。見つかりやしない。当たり前なのさ。正しさなんてどこにもない」
「……」
「あの子にはね、正義がある。揺るがぬ信念がある。右往左往する情けないキミとは大違い。例え非道なことだとわかっていても、修羅になることが、ボクらの、人類の正解なんだ。それを深く理解している。上辺だけで否定するキミとは違う。何もかもが違うのさ」
「……」
「キミが否定していいほど、あの子の正義は安くない」
「……分かってンだよ、んなこと」
モトユキは再び防壁を展開する。エミーは単純な体当たりしかしてきていない。もし、彼女に宿された神霊種がそれしかできないのならば、自分がここで攻撃を受け止めるだけで済む。念力もそこまで消耗しない。
「……ルルンタースの正義が何を意味するか、キミには分からないだろう?」
「……」
「あの子自身が、キミらを拒むんだ」
「……?」
「つまり、誰があの子らの救出に向かっているかは知らないけど、キミの駒とぶつかるのはルルンタース自身なのさ」
「……」
何も言い返せない。
悔しさだけが、彼の中に降り積もる。
「そしてキミは、ボクには勝てない」
――――激痛。
右足の腿からだった。今までに感じたことのないくらい、熱く、熱く、熱い感覚がした。見れば、溶けていた。右足が、まるで氷を火で焙ったかのように、じわじわとその火傷のような跡を広げていく。
「うああ゛あ゛あ゛ぁ……!!??」
モトユキの思考が白に塗りたくられる。
そんな馬鹿な……エミーは魔法を使うそぶりを一切見せなかったぞ!? それに、魔法の軌道も一切見えなかった!! 一体何が起きている!?
ボトッ、と彼の足が地面に焼け落ちた――――。