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現在、中央に残っているのは「大地」、「悪夢」、「死」の神霊種騎士たち。彼らはレイス捜索に赴いた「稲妻」のチェチーリアの穴を埋めるため、それぞれが目まぐるしく対応していた。
死神を宿すアーグニヤが、中央でのヴァンクール勢力制圧に大きく買って出る。彼の宿した神霊種は、敵の魔力を自分のものにすることができる。無論吸い取れる量はアーグニヤ本人の魔力量に依存するが、ほぼ無限に戦えるというのはかなり大きかった。魔力を吸っては放ち、吸っては放ちを繰り返し、約200人を相手に善戦する。
悪夢神を宿すマルクは、大地の巨人を抑えている謎の力を捜索するため、それを探知するモンスターを生み出していた。彼の能力はそこまで細かく制御することができないので、姿形をはじめ性能も失敗することが多かったが、何とか100体ほど生み出される魑魅魍魎たち。蜘蛛の巣状に撒かれたその「力」を、彼らは一心不乱に捜索し始めた。戦闘能力自体はそこまで高くはないので、敵勢力に見つかっていくらか殺されてはいたが。
もともと彼の生み出していた「防御魔人」は、アーグニヤと一緒にヴァンクール勢力を制圧していた。
大地神を宿すディートリントは……
「ディートリントさぁん。そろそろワタシの出番じゃないかしら」
「……どこにいたんですか、ダンクワースさん」
「かたっくるしく家名じゃなくて、マダリンって呼んでよぉ。エミーさんのとこで待機してたんだけど、なんかやばそうだったからこっちに来たんだぁ」
マダリン・ダンクワース、罪神の神子。撥水加工をされているのか、てらてらと光る黒革コートに身を包み、そのフードを深くかぶり込んでいる。元々はディアケイレス無力化に回されていた人物。ディートリントはそれまでしか知らない。
そんな彼女が、突然ディートリントの前に現れた。
「アナタ、ここでぼうっとしているだけなの?」
「ちゃんと仕事はしています」
彼ら二人は、現在、頭一つ抜けた教会の屋根の上に居る。戦線にぐるりと取り囲まれて、台風の目となっている場所だ。ディートリントは地面を指さした。マダリンが見たのは、あの巨人が普通の人間のサイズにぐっと小さくなったもの。50体ほどいる。ヴァンクール制圧のための兵隊たちだ。「悪夢」の怪物とは違って生き物ではないため、どこか機械的な動きで戦っていた。
「まあ、かわいらしい」
「……」
「顔色が悪いわよ……?」
「この場で顔色が良い方がおかしいんですよ……いつ撃たれるか分からないですから」
「あら、ワタシがあの程度の攻撃の対策をしてないと思っていらっしゃるの?」
「……無論初めからやっていました。寄生箇所を防御魔法で補強するのは当たり前です。レイスが私を最初に攻撃しなかったのは、それを見抜いていたからでしょう」
「違うわ」
「……?」
「それくらいならパウルちゃんもエディトちゃんもやってたもの」
「では何故……」
「アナタの巨人のせいじゃないかしら。だって、あの巨人は媒体が土そのものでしょ?」
「……確かに、それもそうですね」
召喚術には「媒体」と呼ばれる概念が存在する。召喚獣の体を構成するものだ。大抵「水」や「空気」、「影」、「魔力」などが選ばれる。「土」自体もそこまで珍しくはないが、ディートリントの場合特筆すべきはその質量。もしディートリントが術を中断してしまった場合、空中に存在する土はそのまま降ってくる。そうなれば中央に居る人間は敵味方含め潰れてしまうだろう。
「分かったならさっさと守りを強化しなさい。その程度の強度じゃ、簡単に撃ち抜かれてしまうわ」
「……」
「ディートリントちゃんらしくないわ。この程度のことが分からないなんて」
彼女はディートリントの隣に座った。足を退屈そうにぷらぷらとさせている。
「……どうしてそんなに、冷静でいられるんですか」
「ワタシ、強いから」
「……強いんなら仕事してくださいよ」
「残念。一対多は苦手なの。あくまでタイマン特化なのです」
「……」
「……アナタの巨人を止めている人間、エミーさんは少しだけ心当たりがあるみたいよ」
「誰ですか?」
「モトユキ・ウエハラ、らしいわ」
「……誰です?」
「さぁね。でも、エミーさん、アナタより顔色が悪くなっていたし、直接こちらに加勢するらしいわ。ワタシはディートリントを護衛しろってさ」
「緊急事態……ってことですか」
「既に五人も神霊種持ちがやられてる。無理もないと思うけどね。でもあの人ワタシたちより遥かに強いから、きっと勝ってくれるわよ」
「私が護衛されるのはなぜです?」
「さぁね。巨人を解除するようには言われなかったから、恐らく『巨人は必要だけどやられたらまずい』的な……? モトユキちゃんて人が、巨人をなんとか抑えている状況だからこそ場が動いている。ということは、アナタの巨人が居なければ、モトユキちゃんにこちらが制圧されちゃうのかもね」
ウエハラなる人物もディートリントにとっては謎であったが、彼女も彼女で謎多き人物だった。ダンクワース家は、その素性がほとんど明らかになっていない。噂によると違法薬物や暗殺、人身売買などの闇業をしているらしいが、彼自身はこれをあまり信じていなかった。しかし、彼女の雰囲気は十分それに近い。紫を基調とした口紅が、フードの奥の暗闇でにっこりと笑っている。穏やか且つ妖艶な雰囲気は、油断すればすぐに首を狩られてしまいそうだった。
神霊種の能力を試すための訓練にも、彼女は参加しなかった。自身もそこまで積極的に参加はしなかったものの、能力すら共有されなかったことに猜疑心を抱かずにはいられない。最強のディアケイレスを無力化するための人員……果たしてそこまでそいつは強いのか? そんなに神経質にならなければいけないのか? ディートリントには良く分からなかった。
「なぁに? そんなにジロジロみて?」
「……能力を、教えてはくださらないんですか?」
「んー、どうしようかしらね。そうね、もうクライマックスだし、言ってもいいかしら」
「……どういう意味です?」
「ワタシの能力はハマれば強い。でも、逆に言えば対策されれば弱いのよ。効果がなくなっちゃうの。ワタシ自身も明るい場所での戦闘はそんなに得意じゃないし、だから、情報規制のために内緒にしていたの。でも、こんな時にここで話を聞いている敵なんていないし……」
「……」
「ワタシの能力はね……つ」
――――戦場に張り巡らされていた謎の力がある一点に戻って行く。
二人だけでなく、全ての騎士たちがそれに集中し、暫時の沈黙が訪れる。
やはり「彼」は、街の小さな路地に隠れていたらしい。
「どうやら、かくれんぼが終わったみたいね」
そう、マダリンがぼそりと呟いた。