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ジルベルト・リーベ・プレイアデス。アンラサル第一王女、というよりたった一人だけの王女。父イサークには側室、所謂愛人がいなかった。本人が多妻制を嫌ったのである。故に子供はジルベルトとアーフィのみ。彼は母だけを愛し、自分も弟にも一心の愛を注いでくれていたはずだった。
彼女は今、実父を殺すための戦争に参加している。ただ、一国の姫に戦闘を強要するはずがなく、彼女は衛生部隊に匿われ、ただこの状況を見ているだけだった。
ここは南門の王国騎士拠点。ヴァンクール兵はこれを制圧し、衛生拠点としていた。因みに、主にこの拠点に居る衛生兵はほとんどがエミー軍の人間たちだ。医療の心得のある人間が多いので、これが適役なのだ。
自分は無力だと、ここ最近は胸が焼けるほど呪っている。何もできないしてはいけない自分が嫌で仕方がない。命を賭して戦い傷ついて帰ってきたエミー軍やヴァンクール兵を見ると、尚更自己嫌悪に陥っていた。死んでいる者は未だ見つかっていないらしい。どちらも「誇り高い」戦士たちだから、即死するような残酷な兵器は使っていない。どちらも自分を正当化したがる薄っぺらいモノに過ぎないことは、ジルベルトも理解していた。
が、そうなるのも時間の問題。このまま時間が過ぎれば、死者も出るし、確実にこちらが落とされる。
ヴァンクール側には、レイスからの作戦が言い渡されていた。中央集合、神霊種騎士をそこでできるだけ長い時間引き付けろ、と。それから簡単な相手の情報も。集団戦闘などヴァンクールはほとんど行ったことはないが、何とか形にはなっている。チェチーリアが戦線を外れたのが大きかった。聞いた話によると、レイスが二名ほど「狙撃」し、それに彼女が激高したらしい。
どうやらこれがレイスの作戦のようだと解釈されていた。中央で坩堝になっている状況で、レイスが一人一人確実に仕留めていく。だが……一度悟られてしまえば次の狙撃は厳しくなる。今もチェチーリアが彼を捜索している真っ最中だ。恐らくは「影分身」を用いてある程度隠れてはいるだろうが、狙撃ほどの精密動作は難しく、良くて二体。しかもレイス本体とそこまで離れることができない。そもそも、狙撃銃や弾のストックもどこまであるか分からない。さらに言えば、銃弾に対して完全な対策を取られたらどうしようもない。穴だらけのこの作戦に、ヴァンクール兵は猜疑心を持たずにはいられなかった。それでもやるしかなかった。王を倒さねばならぬと、ほとんどの人間は覚悟を決めていたからだ。
「わ、ワタクシも手伝いますわ!」
本日五回目のこのセリフ。重症の患者を取り囲む衛生兵に対して、ジルベルトはそう言った。
「姫さんはじっとしておいてください。あなた様は勝った時のセリフを考えておけばいいのです」
しかし五回とも、今の言葉と同様の断りを入れられた。自分は象徴に過ぎない。平和思想のてっぺんに飾り付けられる星の飾り。それは本物の星ではない。本物の星ほどの輝きも熱さもない。そう言われている気がして、ジルベルトは悔しかった。
「ジルベルトさんはいらっしゃいますか?」
落ち着いた、けれど大きな声が基地内に響いた。ジルベルトを含めた一同がその方向を見ると、右腕を失った緑髪の女性がいた。重症患者だと思って兵の一人が駆けつけてみれば、その右肩から顔をのぞかせていたのは、おびただしい数の金属線……何なのか彼には理解できなかったが、それは人工的に作られた筋肉だ。刃物で切られたようだが、どちらかというと千切られたに近い力任せな斬撃を受けたようだった。
「あ、あんた、その右腕……」
「義手です。問題はありません。それよりジルベルトさんはいらっしゃいませんか?」
「ひ、姫様なら、あそこにいるが……まて、お前は何者だ?」
彼は、彼女が人間でないと気付き狼狽えた。だが、敵である可能性も考慮し、彼を含めた周囲の人間が武器を構える。不気味な女だった。事前にレイスからそういう助っ人の報告があったものの、見た目や魔力の質が人間のそれではない。
「いや、そいつはビルギットだ」
もう一人の男が言った。負傷兵のようだったが、意識ははっきりしている。
「中央主力部隊の一人で、ローレルさんと一緒に北門をぶち破った人だ」
「ほ、本当か?」
「はい。私がビルギットです」
ここの衛生兵は主力部隊の顔をほとんど知らない。今回の戦闘の要であるローレルとビルギットの事でさえも。もともと各拠点に散らばっているヴァンクール兵が集まるのは珍しいことであり、作戦会議は上の者だけで行われていたからだ。
「……それで、どうして姫様を?」
「モトユキさんの命令です」
「モトユキ? 誰だ?」
先程ビルギットの事を説明した男も、その名は知らないようだった。ただ、この中でそれを知っている人物が一人だけいる。
「モトユキ、ですか!?」
ジルベルトはその名に思わず声を上げた。
「……あなたがジルベルトさんですね。モトユキさんではなくレイスさん、とお伝えした方が良かったかもしれません。混乱を招いてしまいました」
「待った、レイス騎士長の命令だかなんだか知らねぇが、姫様はだめだ。危険すぎる」
「……危険かどうかは、よく分かりません。しかし、もしそうなれば、私が命に代えてもお守りいたします」
「そういう話じゃない! 姫様は戦争には関係ないんだ! どんな小さな形でも、巻き込んでしまってはダメだ!」
エミー軍は、自分たちを扇動してくれたジルベルトには深く感謝していた。しかし同時に、その年齢で背負わなければならない残酷な運命に、重く心にのしかかる岩のような不憫を感じている。だから、彼らはジルベルトが王のように戦線に立つ必要はないと思っていた。彼の発言も、ジルベルトを心配してのことだった。
だが、それはジルベルトの逆鱗に触れる。
「……行きます」
「姫様!!」
「行くと言ったら行きますわ」
「ありがとうございます」
「姫様!! ダメですって!!」
「――――黙りなさい」
「……ッ!?」
ジルベルトが凄むと、一同は重力が強くなったような感覚に襲われた。目の前の男はその圧力に耐えられず、地面に膝をついた。まるで忠誠を誓った騎士のように。
「今のは、一体……?」
「ワタクシの特殊魔力、『英雄』ですわ。今はまだこれくらいしかできませんが」
英雄の呪縛。プレイアデス一家で秘密裏に受け継がれる特殊魔力であり、人の心を斡旋するというもの。神霊種と同じで精神に介入する特殊魔力はほとんど無く、彼女の能力はかなり希少なものだった。発現したのはつい最近で、不発であることも多い。
ただ、これは……
「どうしたのですか、ビルギット」
「……」
ビルギットは口角を上げていた。
「いえ、なんでもありません。ただ、『作戦』の成功率がぐっと上がりました」
「……作戦?」
「詳細は移動しながらご説明いたします」
去っていくビルギットとジルベルトを、重く心にのしかかるような圧をかみしめながら、衛生兵はただ見ることしかできなかった。
ただ、今は彼らに懸けるしかない。