13-2
「……へぇ、面白い思考回路してんのなァ、ビルギット」
「……」
「今お前が紹介してくれたじゃねぇか、上原基之ってよ」
「……」
その声は十五歳の上原基之よりもさらに少しだけ低くなり、変声期のノイズもなくなって透き通っていた。ビルギットには、それが「不気味」に思えて仕方がなかった。目の前の人間は「モトユキさん」の皮をかぶった別人だと……プログラムはそう計算しているのである。
「……怯えているのか?」
ロボットのくせに狼狽えるビルギットを見て、レイスが耳打ちをした。彼女は少しだけ首を横に振ると、もう一度真っすぐモトユキを見た。確かに、奴はモトユキである。骨格、声紋、筋肉、その他諸々同じだ。ただ体が成長しただけ。それだけ。
「ま、気持ちも分からなくねぇがな。後々詳しく話すよ」
彼女はその言葉の意味を刹那の間に考えた。「詳しく」とは何だ、と。つまりそれは、目の前の人間が自分が「モトユキ」ではないことを肯定しているということか? いや、モトユキではあるがモトユキではない、そんなややこしい状況なのか? 一体彼に何が起こったのか……そうだ、「ルルンタース」は? もしや、ルルンタースが関係している? 彼女の能力で植え付けられた新しい人格か? だとしたら彼女はいったい何を考えている? どうしてここに居ない?
「質問したいことが、山ほどあるのですが」
「……何だァ? すまねぇが時間はあんまりないみたいだぞ」
「至急聞きたいのは二つです。まず一つ、ルルさんは、どこですか?」
「――――あそこ」
モトユキなる人物が指さしたのは、はるか上空。ビルギットはそのカメラをズームすることができるが、近眼のレイスにはただ青空が広がっているように見えた。彼女が見たのは、三つの人影。青、白、紫の髪色が見える。あの体格は、そして今の状況から察するに……白と紫はルルンタースとディアケイレス。
「もう一人はエミーだ」
「……!?」
「事の顛末を簡単に話すと、ルルが俺を裏切って王国側についた。ディアが攫われたのは、あいつの能力があったからだ」
「……どうして」
「知らねぇ。ただ、オレが原因だってのは、なんとなくわかる」
「ルルさんはあなたを眠らせておくのに失敗したのですか? それとも干渉できないように洗脳されたのですか?」
「前者が半分正解。今は別の人格が入っているとでも思っていてくれ」
レイスが口を出す。
「お前は味方なのか? 敵なのか?」
「味方。あんたに協力するぜ。そのためにここに来た」
「なっ、なら、モトユキさんなら、今この状況を……!」
「できない」
「……!?」
モトユキは少し食い入るように答えた。何を話しているか分からないレイスに、モトユキが端的に説明する。
「今のオレは中程度の念力が操れる……そうだなァ、大体、あの山の半分、そのまた半分上くらいまでは持ち上げられる」
彼はレイスに対して念力の拘束した。一歩も動くことができないそれに、レイスは今の言葉が嘘ではないことを確信。魔力とはまた違う妙な力に疑問を呈さずにはいられなかったが、今はそれを聞いている場合ではないと、受け入れることだけに集中した。今のビルギットの態度で、過去のモトユキがディアケイレスと同等かそれ以上の念力を使えたことも大体理解した。
ビルギットにもその事実を飲み込む以外の選択肢は無かった。
「んで、二つ目は?」
「モトユキさんの力について、です。けれど、もういいです」
「そうか」
彼女は、何か得体のしれぬ虚無感に襲われた。言ってしまえばそれは、虚無感という名のオブジェクトであるのだが、とにかく、体に風穴があいてしまったかのように空っぽなのだ。それを解決できるような手段が今手元にはない。体が、震えている。オートファジーなど彼女の体には必要ない。故に存在しないプログラム。なのに、彼女は震えていた。生まれてすぐの子犬のように。故障を疑ったが、右腕以外は正常に機能している。部品の破損もない。
「今から作戦……いや、作戦と呼べるほどのものでもねぇが、ともかく一つだけある活路を話す。それをあんたに練ってもらいたい」
「……」
レイスはその言葉にあまり反応を示さなかった。少しだけ歯を食いしばり、俯いたまま動かなくなってしまう。そんな彼を見て、思わずモトユキは口を出した。
「なんだァ……あんたほんとに騎士長さんか?」
しばらくレイスはまごまごしていたが、やっと口を開いた。
「俺は……俺は、騎士長失格だ。お前にしてやれることは何もない」
「ンだと? ぶん殴るぞコラ」
モトユキは、思わずレイスの胸倉を念力でつかみ上げた。その弱弱しい言葉が気に食わなかったからである。
ビルギットにはその光景が異様に思えた。自分の知るモトユキは、こんなに手が出るのが早い人間ではなかったからだ。
「……っ、すまない、モトユキ君。正直、戦況は絶望的だ」
彼は、今までの事を端的に話した。主に、神霊種騎士の能力についてである。生身の人間が束になっても敵わない、神の能力を操る騎士。今更、中途半端な念力の使い手が来たところで、どうにもならない状況。
しかし、モトユキもそれは承知だった。
「……だから、俺たちにできることは何も」
「べらべらべらべらうるっせぇなァ……情けねぇのはお互い様なんだよ。あんたは騎士としての責任を、オレは大人としての責任があんだ。ルルンタースっていう、ディアを無力化しちまったあの子はなァ、まだ子供なんだ。この世界に出てから一年もたってねぇんだ。オレがこんなところに連れ出しちまったばかりに……」
ルルンタースは心が読める。それは切り離せぬ能力であり、障害でもある。何を思ったのか、何を考えたのか、モトユキは分かってやれない。しかし、分かってやる努力をする義務が彼にはある。ミヤビから引きはがして連れてきて、保護者だと自称した責任がある。意地がある。
「――――聞け、レイス、ビルギット」