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何故、レイスが「今回の革命は簡単に行く」と発言したのか。
何故、ジルベルト失踪に関する件が何も国民に知らされていないのか。
何故、ヴァンクールに対抗する勢力がこれほどまで少ないのか。
何故、アンザール王都民の支持がバラバラなのか。
このクソみたいな状況になった理由は簡単である。既に、王は王としての機能を失っていたからだ。国民からの不満は当然のことであるのだが、しかし王位失脚までは信頼を失っていない。では、どこが崩れてしまったのかといえば、国民と王の中間に位置する貴族たちだ。
アンラサルにおいて、騎士の立場は非常に強い。もちろん、単に肉体労働のみを行う者のことを騎士と言うこともあるので、「騎士」そのものが貴族間での高い地位を指し示す言葉ではないのだが、しかしほとんどがそれに当てはまる。例えば、エクスダイア(レイス)、アーラース(ディートリント)、ヘルムドソン(パウル)、ペルシケッティ(ジャンピエロ)。また、軍事を直接行わない者であっても、各々の騎士団を持っていることがほとんど。歴史を見ると、代々の国王は、戦士を率いるリーダーと取引をして「間接的」に軍を動かしている。今回はそれが上手くいかなかったのだ。
ビルギットの考察である、「虎視眈々と行政権を狙っているのではないか?」というのは概ね正解である。実際は、もっと複雑な理由も混ざり合わさっているので、一言でこれとは言えぬのだが、割合が大きいものはこれだ。ではどうして、ヴァンクールに何もアクションを起こさなかったのかという疑問が沸くが、それには次にあげられる「プライド」という理由がある。くだらないと考える人もいるかもしれない。しかし、高い統率力には固い信念があり、それには「誇り」が欠かせないのだ。事実、ほとんどの国において、宗教による「信仰」が統率力の大きな要となっている。騎士たちが何か特定の偶像を強く信仰しないにしても、その本質は同じなのだ。騎士道には、それぞれの家名ごとに宗派のようなものがある。そのどれもが至ってシンプルな信条。誰が見ても道徳的だと納得するその約束に、イサークの政策は真正面から違反している。しかし同時に、「行政権を狙ってヴァンクールに肩入れする」も違反なのだ。ヴァンクールは、彼らからすれば偽の騎士であり、国家転覆を企む犯罪者集団でもある。故に、彼らがとった行動は「不干渉」。事の成り行きを自然に任せ、正々堂々と議会を行おうと決めたのだ。お互いにお互いを監視させながら。
……無論、そんなプライドなど簡単に捨てて行動を起こす者もいる。言葉巧みに誠実な者を騙すのだが、決してこれは悪なんかではない。表向きの流行、雰囲気、思想、風潮がたまたま面倒なものになってしまっているだけであって、政治上の仕組みを考えれば、本来こちらの方を推奨すべきなのだ。ヴァンクールではなく主権を握りそうな政治家に肩入れをするグレーなものから、商業組合に手を伸ばし市民票を操ろうとしたり、自分の領地にいる人間の革命意識を煽ったり、直接レイスと取引をしたり(彼は相互不干渉の取引のみ応じて資金を受け取っている。このことを、ヴァンクールメンバーは一部しか知らない)……方法は様々。水面下で行われていることなので、もちろん影響力としては弱めであるのだが、以上の点を踏まえると、ビルギットの考察は概ね正しかったと言えるだろう。
以上の事柄は、この戦争に深くかかわる人物ならば、全て完璧でないにしろ、概ね正しい推測を持っていた。
チェチーリアの発言、「騎士がはっきりきっぱりした人間だったなら~」の部分は、彼女が同僚に対して感じていた違和感を無理やり言語化したに過ぎない。本来、明鏡止水たる騎士が混乱と混沌の渦の中に飲まれてしまっているこの状況は、彼女が信仰し心酔していた何かをじわじわと崩してしまったのである。
しかしこれだけでは、ジルベルト失踪時の対応や王都民の極端な混乱についての説明がすべてできるわけではない。実は、裏にはもう一つ重要な事実がある。これはイサークとチェチーリアしか知らない出来事。いや、正確には、イサークはもうすでにまともに話せるような精神状態ではないから、チェチーリアだけなのだ。
話を現実に戻そう……。
「いい加減にしなさい!!」
ディートリントが怒鳴ると、地中から大地の巨人の足らしきものが飛び出し、チェチーリアとパウルの二人を押さえつけた。二人の不毛なやり取りは、彼女があの発言をした後にもしばらく続いており、遂にディートリントがしびれを切らしたのだ。
押さえつけられながら尚、煽り続けるパウルと、滅茶苦茶な論理で暴力的に反抗するチェチーリア。最早言語として聞き取れるかどうかすらも危うい罵詈雑言を聞けば、たとえ女神であったとしても、この二人に「三銃士」などという称号は与えないだろう。
「はぁ、ったく、ディートリントさんがお怒りですよって……」
「……」
「パウル!」
「へいへい、わあってるよ。ほとんどの奴らがここに集まってきてるっつう話だろ? 天下無敵の俺様が気付かないとでも思ったのか? 取り乱しているように見えて実はすっごく冷静なんだぜ」
「じゃあ、なにか策でもあるんですか?」
「さあな? エクスダイアのヤローに同じ質問しろよ。正直、俺ぁ、あいつらが集まったところで何ができるのかさっぱりわからねぇ」
「集まってるってことは、ヴァンクールには何かあるってことでしょう!?」
「あいつらの中で強いのって何がいたよ? 『太陽』ぐらいしか警戒してなかったから何も知らねぇんだわ。あとは『金剛』と『毒』と『炎』……だったか? へへっ、『炎』ってあいつの下位互換じゃんか」
ヴァンクールには多数の「特殊魔力」持ちの騎士たちがいるのだが、そのほとんどはレイスのように戦闘向けではない能力である。今、パウルが挙げた三つが、主戦力として有名な者たちだった。しかし、こちらにいる神霊種戦士とは圧倒的な力の差がある。たとえ全員で向かって来ようとも、こちらの誰か一人で事足りてしまう。ビルギットやローレルは予想外であったが、当初はギルバードのみが脅威であるくらいだった。
そもそも、ヴァンクールはその性質上、「個」や「集団」としての強さを追い求めてはおらず、戦争には不向きな組織。こちらの味方も向かってきているので、確かに彼の言う通り、レイスが悪手を指したようにしか思えない。
「大方、エクスダイアの変化魔法で『太陽』を回収しようとしてんじゃねぇか? 味方はそのときの壁の役割を果たすのさ」
「……そんな安易な考え方でいいのでしょうか」
「じゃあほかに何があるっつーんだよ」
沈黙。ディートリントは、ヴァンクールが一体何をしようとしているのか、と思考を巡らせるが、特に答えは出なかった。ともかく、こちらは一定の距離を保ちつつ、ギルバードの始末を急いで行わなければならない。
ここで、チェチーリアがやっと口を開いた。
「……そろそろ来るぞ。パウル、テメェのことはあとだ。あとで死ぬほどぶん殴ってやる」