12-1 「人ならざる者たち」
灼熱。
王都より北に500m地点のこの場所は、今にもそこらに火が付き始めそうなくらい熱を帯びていた。いや、熱だけではない。大気をも震わす地震と轟音とが合わさり、火山の中心を思わせるほど。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!!!」
「……クソが!」
パウル・ヘルムドソンの槍の猛攻。花のように咲いて見える槍の軌跡が、ギルバードに容赦なく襲い掛かる。彼がそんなものを捌き切れるはずもなく、距離を取り続けようともがく。高エネルギーを体にまとわせ、建物を壊しながらごり押しの移動。しかし、その先ではすぐにチェチーリアの追撃。戦闘を開始してから約三分ほどしか経過していないが、エネルギーの消費が激しく、既に彼は半分ほどの体力しかないことを感じていた。
ギルバードは酸素が上手く回らない脳味噌で、打開策を見つけようとしていた。
戦闘開始時の爆破音から、ディートリントを除く二人の身体能力が飛躍的に向上。莫大な魔力が外に出て、各々の光を帯びていた。パウルは、体中に血管が浮き出て、自分と同じくらいの熱量を発するように。赤黒い禍々しいオーラ。繰り出される槍撃は、一撃一撃がレイス騎士長の拳銃に勝るとも劣らない威力。先程からギルバードの体を貫こうと躍起になっているようだ。
「逃がさねぇぞ!」
チェチーリアは、既に纏っていた雷の魔力が増大し、まるで鳥の翼に見えるようになった。触れれば感電死は免れないだろう。ただでさえ、精密動作と破壊力に長けていたのに、それが更に増しやがった。もう今では、移動中の姿を見ることすら難しくなっている。
彼女の力任せな斬撃を、ギルバードは身を翻して躱すとともに斬撃を仕掛ける。鉄ならば簡単に切ることのできる高温の刃。完璧なタイミングだった。それは、彼女の脇腹めがけて弧を描いていく。じゅ、という音ともに、刃が彼女へめり込んだ。
……ダメだ。
ギルバードは痺れるような彼女の覇気を感じると、刃を最後まで通すことなく距離を取った。否、通せなかったのである。刃が触れ、更に切ることができたのは、彼女の鎧まで。肝心の肉体は、少し黒ずんだだけでダメージはなかった。確かに最後まで切り込まなかったとはいえ、それでも致命傷のはず。おかしいのだ。彼女の肉体が。
もし、彼女が電気主体で戦うタイプならば、こちらにも勝機はあった。炎には整流作用があるからだ。巧みに炎を操り、彼女の強力な電気を、パウルやディートリントに逆に流し込んでやることも可能。致命の一撃にはならないにしろ、痺れさせて隙が生まれるはずだ。
しかし、彼女は物理タイプ。脳筋、圧倒的脳筋。電気という便利な属性があるにもかかわらず、それを身体強化の一手にしか使っていない。恐らく故意ではないだろう。力任せな戦闘スタイルが、今この場においてはたまたま最善手であるのだ。
「強ぇな、ギルバード!」
「……」
連撃、連撃、連撃。かつて暴走した時の自分のように、二人の騎士たちは攻撃の手を緩めることがない。ギルバードはただ逃げ回ることしかできなかった。超火力の「咆哮」をぶっ放そうかとも考えたのだが、失敗してしまえば一巻の終わり。味方や市民を巻き込む可能性や、自分自身の体力が底を尽きる可能性、何より、隙が大きいので避けられてしまう可能性が高い。
いや、もちろんパウルとチェチーリアは脅威なのだが、一番恐ろしいのは、先ほどから初期位置のまま動かないディートリントだった。何か魔法を仕掛けているというのは理解できるのだが、それだけで何もできない。遠距離の炎を飛ばそうが、途中でパウルやチェチーリアにかき消される。
チェチーリアは電気の身体強化?
パウルは血圧を上げることによる強化?
ディートリントは……。
いや、そんな安直な推理ではいけない。もっと何か、もっと何か大きな勘違いをしている。ギルバードの本能は確信する。しかし、確信するだけでは状況は何も変わらない。ディアケイレスはまだなのか!? 焦燥。脳を蠟燭の火の先でチリチリ焼かれているような感覚。
助けの期待などするなと自分に言い聞かせ、剣を握りなおした。
その時だった。
「そろそろですよ! パウル!!」
「おっけええええいいいい!!!! 憤怒神、ぶち上げろおおお!!!」
ドッッックン。
「……ぅぐぁ」
彼の心臓に激痛が走る。それだけではない。体を何かが圧迫し、遂には至る所が破裂した。血が勢いよく吹き出て、空中に紅い霧を作り出す。頭が割れそうで、顔も血でぐちゃぐちゃに。
パウルの能力は、「対象の血圧を上げる」というだけのもの。操作範囲は、彼の魔力量に比例し、対象の魔力量に反比例する。一見するとあまり強くはない能力であるように感じるが、実はそうではない。先程のように身体能力を一時的に上げることも可能であるし、ギルバードのような規格外の相手でも一撃を与えることが可能なのだ。ディアケイレスに効果があるかどうかは未だ定かではないが。
とはいえ、流石のギルバード相手だから、使いどころは考えなければならなかった。それが今、ディートリントの合図があったときだと、そもそも決めていたのだ。
「大地神の命を受け、今、正義のために現れん……出でよ、大地の巨人!」
――――周囲が急に暗くなった。
ギルバードが朦朧とする意識の中で見たのは、突如出現した土の巨人。一帯は、全長200mはあるだろうその体躯の陰になったのだ。しかし、下半身はまるで蜘蛛のように細い多肢で接地している。その代わり、顔面にかけては蜘蛛の腹のよう丸い。街を壊さないようにするための姿であったが、それがよりおぞましい光景を作り出していた。
……先ほどの地響きは、これを作るために土を集めていた音である。
彼の体は、既に自由落下を始めていた。先程まで煌煌としていた「太陽」の輝きは無くなり、くすんだ赤髪の青年が、ただ空に居るだけであった。
ギョロリ、と蜘蛛の腹から琥珀のような目玉が一つだけ飛び出した。橙の宝石の中に一つだけ浮かぶ黒点が、ギルバードの方を凝視したかと思うと、豊満なその土の体から「拳」が現れる。粗末な拳だった。人間のような五指などは無く、ただ、棍棒のような、丸くて太いだけのもの。
繰り出される拳。あまりの大きさから、地上から見ていた三人にはそれが遅く見えた。実際は違う。パウルの槍やチェチーリアの移動速度までとはいかないものの、襲歩の馬より早い。つまり、80km/hくらいは出ていた。この速度で、あの質量とぶつかったらどうなるか……ギルバードの肉体は鍛えられているとはいえ、莫大な衝撃を受けるとなれば、凡人の防御力と誤差レベル。それは、彼がぺしゃんこになるということ。子供に踏み潰される蟻の如く。
嗚呼、死ぬのか。
ギルバードは迫りくる岩の前に、ゆっくりと目を閉じた。悔いはあった。勝てなかったから。しかし、心は穏やかだった。
彼は、宿敵を殺せなかったあの日から、更に鍛錬を積み重ねてきた。しかし、それまでのような熱意は消失。復讐という衝動に操られてきた日々だったから、心が空っぽになってしまっていた。アンラサルに帰ってきたは良いものの、もう、自分が居た頃の物は全て無くなってしまったことも関係していただろう。それでも、彼は剣を握ることができた。立って歩くことも、「太陽の魔力」でさえも使えた。楽しかった。初めて楽しかった。強くなるということ。明日があるということ。
考えると、ローレルのお陰なんだろうなと、彼は思った。駆け巡る思い出。一種の走馬灯。一説には、そこから助かる方法を探しているというらしいが、ギルバードはアルバムを懐かしむただの青年であった。いつも傍に彼女がいた。頼もしい相棒だった。彼氏らしいことなど、してやったことがない。それに気が付くと、なんだかそっちの方が悔しい気がした。
「戦闘」に執着するだけの「機械」ではなくて、「恋」をするだけの「青年」。その命を、張り詰めるような寒々とした空気の中で、終える……?
「――――ギルバードさん!!!!」
イブ・ゲルシュター、参上!