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アーネに移植されたのは、「花神ツブ=アントス」。様々な花を操ることができる能力を持つ。今、偽物のレイスに向かって放つ矢は、着弾箇所から獲物を絞め殺す蔓を持つ獰猛な花が咲く。赤と橙のおどろおどろしい見た目。石造りの地面にさえも芽を伸ばせる強力な生命力は、アーネの傲慢さと似た何かを感じさせていた。
レイスはその光景を一人、近く建物の屋根から身震いして見ていた。やれやれ、まともに戦ったらやばかったな、という呟きは、彼らには聞こえない。
アーネは太もも、ヘンリエッテは腰、ジャンピエロは左手の甲に、それぞれ神霊種が寄生している。ジャンピエロ以外は直接見たわけではないが、レイスには「真実」があるので大体の位置がつかめていた。そして今、よく観察したことにより、完全に位置を突き止めることに成功。見たことのない奇妙な魔力だ。しかし、神々しい。生命を全て濃縮したようなエネルギーがひしひしと感じられ、なるほどこれが神か、と納得できてしまうほど。
なぜ、彼はヘンリエッテの攻撃をかいくぐってここに居るのか?
トリックは実にシンプル。「影分身」ではなくて、ただの「分身」だったのだ。もともと、レイスの魔力は人並みにしかない。騎士の集団に入れば、相対的に低くなってしまう程度。「影分身」はそう何体も何時間もできるものではなかった。だから、戦いが長引けば、ただの「分身」に切り替えるのは決まっていた事。それが少し早まったに過ぎない。
もちろん、初めからただの「分身」であったわけではない。一応、ジャンピエロに最初の一撃を食らわせたのは「影分身」だし、ヘンリエッテとは十秒ほど生身で戦っていた。後者と戦っている短い間に、彼は毒に「魔力融解」の効力があることに気が付いたのだ。気付かない間に「影分身」とすり替わってやろうとしたところ、百足に噛まれて、できかけのそれがドロリと融解。これが幸運だった。魔力を核とする「影分身」がダメなら、「分身」でいいじゃないかという単純な発想。
実は、「影分身」と「分身」は根本的に違う技術である。「分身」はただの光。魔力の作用点が違う。「影分身」は体の中心に魔力があるのに対して、「分身」は大抵上空から魔力を通して水を操作し、光を投影させる。故に、毒で融解させたいならば、もっと上の方を殴らねばならない。よく目を凝らせば、位置によって体が歪んで見えてしまうのが弱点なのだが、残念なことに彼らは気が付かなかったようだ。それだけ自信があるのだろう。神霊種とやらに。
「分身」の技術を応用すれば、自分の姿を消すこともできる。交換は容易だった。
――――パパパン!
注意深く聞けば、その音は銃弾が三発放たれた音であると気が付くだろう。しかし、その場に居た人間は、三騎士の体が同時に撃たれたようにしか見えなかった。アーネの腿を、ヘンリエッテの腰を、ジャンピエロの左手を、鉛玉が貫く。
三人は、何が起こったのか理解できなかった。突然の激痛で頭が真っ白になって、何も考えられない。同時、痺れるような感覚が体を駆け抜け、激痛で力の入った筋肉が急にほぐれていく。やがて自分の体重すらも支えきれなくなり、情けなく地に伏す。
「滅茶苦茶頑張って調整した麻酔弾だ。三秒ほどで効き、丸一日は続く。安心しろ、ギリギリ致死量以下だから、変な疾患とかない限り死にはしない。後遺症は残るかもしれんが、まぁ多少運動ができなくなる程度だ」
「ああ……キスラター!」
「うそっしょ……流石に、意味わかんないっしょ……」
「……」
「神っていうほどだからちょっとだけビビっていたが、まぁ、所詮人間が扱える程度モンなんだな……さて、神霊種を移植された人間があと何人いるのか、ゲロってもらおうか?」
銃弾を交換しながら、レイスは降りてきた。そして、おもむろに銃をジャンピエロの脳天に突き付ける。左手に居たはずのキスラターは、潰れてただの肉塊に。彼は、銃に対して何の興味も抱かずに、ただその左手を、悲し気に抱いているばかり。しばらくの沈黙の後、遂にすすり泣く声さえも聞こえてきた。
「よくも……よくも……」
「……?」
「よくも私の息子を殺してくれたな……」
「は?」
「許さないぞ、エクスダイア!!」
「っるっせーよ」
レイスはその頭を蹴飛ばした。抵抗もできず、ジャンピエロは呻き声をあげるだけ。僅かにレイスを覗くその顔が、本当に我が子を殺されたような親の顔になっていた。
「何様だよ」
レイスはどす黒く呟いた。
「テメェみたいに子供殺された人間が、何人いると思っているんだ?」
「この子は何も罪を犯していなかったじゃないですか! 食べ物やお金を盗ったわけでもなく、人の命を奪ったわけでもない……この子は、この子は白く清い子だったんですよ?」
「……あっそ。てめぇと会話しようと思った俺が馬鹿だったぜ」
次に彼は、ジャンピエロの左手を強く踏んだ。ねちっこく、その尊厳を奪ってやるために。
「ぐあああああ!!」
「痛ぇか。よしよし、頭撫でてやるよ」
次は頭に拳を食らわす。
「っがああ!」
「おっと、グーになっちまった。ごめんなぁ」
この問答に特に意味は無かった。八つ当たりに近い行為。そんなバイオレンスな男に、周りは沈黙。ヴァンクール騎士長を伊達にやってきているわけではないのだ。
「さて、こんなかで話できそうなのはヘンリエッテ、てめぇしかいねぇな? 答えなきゃ殺すぞ。神霊種使いはあと何人いるんだ?」
「……七人。合計で十人です」
「なんだ、意外と少ないんだな。全ての名前を言えるか?」
「蟲、花、酸は、私たち三人です。他は……憤怒、大地、稲妻、罪、悪夢、死、蟷螂の神がいます」
「蟲と蟷螂って被ってねぇか?」
「神霊種は、司る概念が他の概念も合わせたものであればあるほど強くなる傾向があるそうです。つまり、蟲のほうが上位神。だからと言って、上位神の方が人間により適合するわけではないので、必ずしも上位神を移植された人間が強いとは言えません。無相関なんです。それに、神霊種自体が、生命的個体として見分けることが困難であることも関係しています」
「……そもそも神霊種はどこで手に入れたんだ?」
「古代遺跡に残されていたらしいです。詳しいことは知りません」
「ふぅん、そうか」
ヘンリエッテの情報に嘘は無いようだった。さっきからアーネが「何喋ってんの」と怒鳴り散らしていたからである。
レイスは更なる詰問をすることにした……。