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既にレイスの部下たちは行動を開始し、その場にはいなかった。奴らの目的が、単に自慢話と自分の特殊魔力についてだけならすぐにでも戦闘を開始しても良いのだが、そうでない可能性の方が高い。もっと話を引き延ばして時間を稼いだ方が良いのは承知。しかし、如何せん銃の引き金にかける指に力が入りすぎている。体の震えは止まっていたが、恐怖が引っ込む代わりに殺意と怒りが湧いてくるのだ。
「それで、結局どうします? エクスダイア君」
「さぁな。今はまだ答えが出せねぇよ。ただまぁ、暴力が嫌いなのは俺も同感だ。どうだ? ここはひとつ、一度休戦と行こうじゃねぇか。俺たちは市民を返すから、そっちもディアケイレスを返してもらおうか。これで被害は元通り、とまではいかねぇが、壊された建物の修理費や怪我人の治療費慰謝料は払う。そのあとで、俺の部下も交えてじっくり話し合おうぜ」
「……フフ、その交渉は不平等ですよ。あなた方に有利すぎます」
「……バレたか?」
「ディアケイレス……あの少女が、とても捕らえられた市民たちほどの価値があるとは思えませんね。諸々のお金を含めても。彼らが虐殺されてでもこちらに持っておきたいカードです」
レイスにはもう一つ疑問があった。ディアケイレスを無力化させた「必殺技」とは何なのか……数回限りの大技であることは確かだが、そんなものを使える人間がいるのだろうか。奴は次元の違う存在だ。避けられるとか受け止められるとか、そういうのではなく「消す」のだ。そんな存在に対抗できるとしたならば、やはり神霊種しかいないだろう。それも、ジャンピエロよりも遥かに「適合」しているはずだ。
「そろそろ堂々巡りになってきましたね。別に時間制限を設けられたわけではないのですが、あんまりのんびりするとエミーさんに怒られそうです。彼女が起こると何をしでかすか分かりませんから、実力行使と行きましょうか」
「……エミー」
もうすでに、「適合手術」とかいう言葉から察していたことではあったが、エミーが王国騎士たちに寝返ったのは事実であったようだ。厄介な相手が敵になったと彼は感じる。彼女を尊敬する戦士たちがこちらには多数いるので、彼らが役に立たなくなってしまう可能性が大きい。既にチェックメイトと宣言されてもおかしくはない状況……ここからの活路は、やはり逃げの一手しかないだろう。ディアケイレス及びギルバードをなんとしても回収しなければならない。
「分かったよ。市民を解放して、俺も捕まろう」
「……? 妙にあっさりしてますね」
「手錠にはちと厄介な魔法の形式を使っていてな、それを解ける奴が今ここにはいないんだ。だから、お前らに手伝ってほしい」
「時間稼ぎ、ですか? 確かに合理的な策ではあります。今ここであなた方と戦えば、こちらの圧勝で終わるでしょう。下手に損害を受けるなら、要求に従った方がマシなのは理解できます。ああでも、市民の解放は必要ありませんよ。どちらにせよ安全な場所に避難させなければいけませんから、大人しく拘束されている状態の方が便利なんです……それに」
ジャンピエロはどこか不敵な笑みを浮かべて、次の言葉を遅らせた。レイスが注意深くその言葉に耳を傾けていると、突然後ろから怒声が響いた。
「レイスさん!! やっちまえ!!」
「俺達ぁお前らを信じてるぜ!!!!」
「クソ騎士どもをボコボコにしてやれ!!」
最初はぽつりぽつりとしたものだったが、やがてその数が増え、レイスへの応援コールが辺りに溢れた。彼は聞き間違いだと思ったが、しかし彼らは確かに自分の名を叫んでいるのである。
「……???」
「彼らのほとんどがあなたを支持していますよ」
静まり返った朝方に鳴り響く声援は、その冷たい空気を熱く迸らせた。
レイスには未だ意味が分からない。先程、彼は市民たちに奇妙な違和感を持っていた。「革命戦争」で捕虜にされているのにもかかわらず、恐怖を感じている人間が少なかったこと。何人かは異様なほど冷静な表情をしていたこと。しかし、「実は自分が支持されていた」というのは答えとして成り立っていないのである。それならば先にここで反乱がおきているだろうし、捕まる際にこちらに賛同の意を見せるはずだから。
異様なのである。何もかも。
後ろから鳴り響く声援も、目の前の強敵たちも。
「……おかしいぞ、お前ら、何かが」
「おかしいのは君もですよ、エクスダイア君。諦めると話したのに、どうして銃を下ろしてくださらないんですか? いいですね、格好いいです、その銃。確か、お姉さんが異世界人の情報を基に作ってくださったんですよね?」
「動くな、撃つぞ」
「構いませんよ。私の息子もしくは娘キスラターは万物を溶かします。例え鉛の弾であろうとも」
ドン!!
火薬の爆発する音が鳴り響いた。声援はその破裂音を境にピタリと止まり、一同の注目は二人に集まる。鼻を刺すような臭いが辺りに立ち込めた。
「ね?」
彼の左腕のやけどが集中し、鉛玉を受け止めた。そして、それを一瞬保ったかと思えたその時、銃弾はドロリと溶けて地面に滴った。
「交渉けつれーつ!! 戦闘開始っしょ!??? いいよね!? 僕もう腕限界だよーピエロ!」
「ええ。存分に撃ちなさい」
同時、アーネとヘンリエッテが同時に攻撃を仕掛ける。アーネは空中からの矢、ヘンリエッテは地上での拳。二方向からの攻撃はさすがのレイスもさばききれず、二つともまともに食らってしまった。
―――様に見えた。
瞬間、レイスはヘンリエッテの背後に回り込み、腹部を剣で貫く。続けざまに上空へ三発ほど銃を撃ち、アーネの頭部に命中させた。ほんの一秒に満たない時間の間の出来事であった。凡人には彼が瞬間移動をしたように見え、動体視力が優れた者には彼が分身したように見えただろう。ジャンピエロは後者だ。
ジャンピエロが技に感心している暇は無かった。何故なら、レイスの後ろに居た部下たちが襲い掛かってきたからだ。左手に寄生したキスラターで酸を生み出し、扇状に薙ぎ払う。この酸の強さは成人男性が一瞬にして骨になるほどだったのだが、彼らはすり抜けて襲い掛かってきた。
襲い掛かった攻撃は、剣、槍、棍、火炎、風……その全てが本物だった。間一髪、粘度の高い酸で身を守り受け流したから致命傷は避けられたものの、それでも大量の魔力消費と、受け止めた左腕がボロボロになってしまった。
「……!!?? アーネ! ヘンリエッテ!!」
無論、ジャンピエロは彼らが本物でないことはすぐに理解した。しかし、どうにも「質量」を持っていたことが気がかりであった。それを分析している暇はない。自分以外の二人は致命傷、自分も攻撃を受け流しただけで、次に第二第三の攻撃が仕掛けられる。彼はすぐに体術に移行した。折角自分の能力を試せる場であったのだが、ここはそんな意地を張っている場合ではないと、流石に理解していた。
「んだ、これ……?」
レイスがヘンリエッテの腹部から剣を引き抜こうとしたとき、そこにはおぞましいほどの「蝶」が沸いていることに気が付いた。青と黒が美しく絡み合った蝶である。相手の未知の能力から目を離すのは戦闘において悪手であるのだが、彼はアーネの方にも目を向けるのをやめられない。
ぶわあ、とアーネの額から「花」が咲いていた。鮮血を吸ったように真っ赤。絶命し脱力しきったはずの死体から、新たな生命が沸き出る……それは、自然の残酷さを謳っているようにも思えた。
彼女らが意識を失っていた時間はほんの数秒であるのだが、レイスは何故だか随分と長く感じていた。それほど奇妙で異様な光景。どんな神霊種かと想像すればするほど、深淵を覗くような気味悪さを感じるのだ。