11-2
すでに混乱状態にあった中核部隊だが、更に場を滅茶苦茶にする問題が現れる。
再び、しかし目と鼻の先で、恐ろしい爆発音と爆風と、莫大な魔力。
よく聞けば、ここだけではない。街全体にまばらに、「出現」したようだった。
レイス及びその部下たちはすぐに臨戦態勢に入った。彼は、爆風から身を守るために構えた腕を外す前に、二つのことに気が付いた。一つは、その神秘的にも思える魔力の中に、三銃士の魔力が微かに残っていること。もう一つは、彼らが、ディアケイレスが無力化されるのを待ってここに攻撃を仕掛けてきたこと。それがどう関係しているのかまでは分からなかったが。
「……っ、三銃士様のお出ましか?」
「残念、違いますね」
レイスの視線の先には、その神秘的な魔力とは反対に、禍々しいオーラを纏った人間が、三人居た。彼は、三人の事を知っていた。王国騎士三銃士、ジャンピエロ・ペルシケッティ、ヘンリエッテ・ランケ、アーネ・セーデルステーン。彼の言葉に対して答えたのは、ジャンピエロだった。
「今はもう三銃士ではないんですよ。私たちよりも『適合』する人間がいましてね。それが今、エーメリー君と戦っている人たちです」
「……久しぶりだな、ピエロ」
「相変わらずですね、エクスダイア君。皆を虐めて何をしているんですか?」
「虐めてなんかねぇよ」
「ふぅん。まあ、それはどうでも良いことですね。私は私の使命を全うするだけです。皆さんを解放してください」
「そいつぁ、できねぇな」
「どうしてです? もうすでにあなたは気が付いてしまっているんじゃないですか? このゲームは詰んでいることに」
「……」
彼らは何かが異質であった。
それは、レイスのように「真実」の特殊魔力を以てしなくても、誰でも直観的に理解できる事柄。人ならざる魔力が、そこにあるのだ。恐ろしく莫大で、恐ろしく神秘的な、「何か」の魔力。一同は沈黙していた。味方が来てくれたはずの、捕らえられていた民衆たちでさえも。
「切り札だったっしょ? あの紫色の子! ツンツン赤髪も流石にチェチー達には敵わないっしょ!!」
アーネがそう言って、空に舞い上がった。彼女は鷹の形質を持つ亜人であり、両手が渋柿色の翼になっている。細い足で器用に弓を扱い、こちらに矢を向けてきた。鋭い矢尻が、きらりと太陽を反射して輝く。
「ペラペラしゃべってないで、かかってきたらどうなんだ?」
「減らず口は相変わらずですね。これはじっくりと懲らしめる必要がありそうです。王を裏切った姫様も、ね」
ジャンピエロは、気味の悪い笑顔で、ジルベルトへ剣を向けた。忠誠を誓っていたはずの主人に歯向かう姿勢。否、そう見えているだけだ。先に、契約か約束かを破ったのはジルベルトであり、彼はもとより、王の犬であるのだ。
彼女は、良く分からない状況の連発で、身動きが取れなくなっていた。頭が雷を受けたように真っ白。その混乱の最中、ずっと味方のはずだった騎士たちに刃を向けられたという恐怖も合わさって、まるで夢を見ているかのような脱力感さえも感じていた。
「……お前らだっておかしいって思ってるだろ? 特にヘンリエッテ、お前だ。お前は優しいからなぁ、人を殺すなんて、どう考えても間違ってるよな、な?」
「……」
ヘンリエッテは、寡黙であり、レイスの部下と同じように拳を構えていた。しかしその佇まいには、氷山の如き集中力が感じ取れる。彼女は竜人。全身を光沢のある深緑の鱗で覆われている。そこから覗く黄金の瞳は、どこか憎悪を含んでいるように見えて、ジルベルトには特に恐ろしく見えた。
レイスは、一つ一つ、相手を挑発するように話し始める。
「何、別に血みどろの戦いを望んでるんじゃねぇんだぞ? 大人しく王様と話をさせてくれりゃ、こいつらもすぐに解放するさ」
「それはできないんですよ。エクスダイア君」
「何でだ? お前らにとっても悪い話じゃねぇだろ? 俺たちがここで敗戦したところで、王としての威厳は一向に無くなり続けるだけだし、民衆も……ここに捕まっている奴らのことは分かんねぇけど、もうすぐ王に協力をしなくなる。そうなれば生命税も王もクソも無い。保守党だか自由党だか分かんねぇが、国のトップは議会のどれかが引き継いでくれるだろうよ。晴れて共和主義なわけだ。そうなれば、お前らは、お役御免とはいかなくても、身分はみんな同じになるだろうよ。誇り高きピエロさんには、それが許せるのか?」
「それでもいいのです。王は絶対です」
「王は神に選ばれてるわけじゃねぇよ。俺たちが選んでんのさ」
「なら、私たちが王を選んでいます」
「数が圧倒的に違うって話をしてんだよ」
「もちろん、大義としての王で無くなるのは承知なんですよ。問題は、生命税が無くなってしまうことなんです」
「そんなに大事かよ? 人の命をゴミみたいに扱うあれが?」
「君には分からないですよ。王の賢明なる選択は」
「ハハッ、でたよ。そんなに偉いのか、王に使えるお前らは。人を殺すお前らは」
「そうですね」
開き直ったように答えるジャンピエロに、苛立ちを覚えなかったと言えば嘘になるが、レイスの思考の背後には常に冷静なものがあった。彼の魔力は、主に水を操ることに長けており、特に「幻影」を作り出すことが得意だ。ディアケイレスと戦った時も使った、あの魔法。
それを、幕のように後ろに張り付け、味方全員を背景としてすり替えた。加えて、後ろに対してハンドサインを送った。
デ、イ、ア、さ、が、せ。
ギ、ル、ま、も、れ。
これだけは絶対条件であった。勝利するにしても敗北するにしても。
もし、彼の読みが正しいのであれば……今の彼らにとって、ディアケイレスやギルバードが強敵であるのは間違いない。何かしらのマジック、数回限りの必殺技でディアはやられてしまったのだろうが、つまりそれは、そうしなければならなかった、ということだ。このまま二人を失って敗北すれば、暴力のままに支配される構造が出来上がってしまう。そうなれば革命もクソも無くなってしまう。今この場で、バカでかいだけの魔力を持った彼らが来たということは、「必殺技」は何回もできないことを裏付ける。
「なんだ? なぜかかってこない?」
「あれれ、気にならないですか、私たちの異常なパワーアップのこと。ああ、そうでしたね、君には真実という特殊魔力があるから、もうすでにお気付きでしたか」
「……いや、何もわかんねぇよ。何が目的だ?」
「この力のこと、教えて差し上げますよ。君は誇り高き騎士の家系エクスダイア、私の師の御子息ですから」
「はぁ?」
「まぁ、どちらかというと、君の特殊魔力の方が主な目的なんですけどね。既にそれを持った人間は、軒並み強い適合を示すんですよ」
「なんだよ、その、さっきから適合適合って言ってるのは?」
「やっと聞いてくれましたね。適合というのは、神霊種の移植のことですよ」
「……?」
そういうと彼は、自分の左の籠手を外して見せた。包帯で優しく包まれているが、確かに、レイスはそこから強い魔力を感じていた。するすると、その布が外されていく。
早鐘を打つ鼓動。レイスは何故だか焦っていた。これは、ディアケイレスとかギルバードの心配ではなかった。いやもちろんそれに心配はしていたのだが、今目の前で広げられようとしている事実に、どこか果てしない恐怖を感じ、注目せざるを得なかった。
――――何かがそこに寄生していた。
火傷のような巣の中心で、人間の皮膚ではありえない強い黄色の何か。同時、鼻を刺すような臭いがそこに漂い始めた。
「クッサァ!! ねぇ、ピエロ、見せつけるのは良いけど、早くしまってね!」
依然として矢をこちらに向けながら、アーネが言った。
「フフフ、いいじゃないですか。慣れれば可愛いものですよ」
「な……んだよ、それ」
「そんなに怖がらないであげてください。私の息子なんですから。いえ、娘かもしれませんね」
「……」
「酸の神、キスラターと私の子です。神霊種との子作りは新鮮でした。なんせ、行為が無いので……その、自慰というものを初めて経験しました。すごいんですよ、この子。百人を一瞬で消し去ってしまうほどの酸を生み出せるんです。危うく私も溶けてしまいそうになるんですけどね、フフフ」
頬を若干赤らめながら言うジャンピエロと黄色い何かに、レイスは恐怖を感じずにはいられなかった。何かがおかしい。何かが狂っている。つま先から脳天まで悪寒が駆け抜ける。
彼は、半ば無意識的に銃を構えていた。本当は、奴らの虚を突いて繰り出してやろうと思って隠しておいたのだが、何故かそうせずにはいられなかったのだ。
「君のような特殊魔力持ちの人間は、ほとんどが高い適合率を示し、結構自由にこの子の能力を使うことができます。現在の三銃士のオアさんもそうですね。特殊魔力『稲妻』、そして神霊種『稲妻神フルレラン』。その威力は、まさに神。ああ、美しいです。何よりも注目すべきは、その精密性なんですよ。木々が乱雑に生える森の中を、たった一瞬、そうまさしく稲妻の如き身のこなしで、すり抜けてしまうんです」
「つまり、俺に投降しろ、と。そして、俺を含めた特殊魔力持ちの奴らを、お前らに捧げろ、と?」
「ええ。私は、暴力が嫌いです。話して君たちが理解してくれるなら……私はいくらでもお話いたしましょう」
「……」
「ただ誰かに話したかっただけっしょ? ジャンピエロ」
「フフフ、そうかもしれませんね」
レイスは三度、しかしばれないように、深く息を吐いた。彼の体の震えが止まる。無論、彼に寝返る意思は毛ほどもない。
今すべきことは、時間稼ぎただ一つだ。