11-1 「反撃」
ローレル隊が敗北し、ギルバードが参戦した。その情報は、レイスの情報隊を通してジルベルト隊まで伝わっていた。ジルベルトは、南方城壁門のところで、拘束した市民の監視兼ヴァンクール拠点運営を行っていた。
謎の爆発音を聞いたのは、つい先刻の事である。そして、その場に居た一同が、異様な魔力の波を感じ取り、暫時の間の沈黙を招いていた。
「な、なんですか、今の音は?」
「……ギルバードの魔力じゃねぇな」
問いかけるジルベルトに、レイスは若干焦りのこもった声で返した。彼の部下たちも、その謎の現象に、得体のしれない恐怖を感じ取っていた。ある者はギルバードの新技だと考え、またある者は誰かが爆発系の魔法を使ったのではないかと考えた。
しかし、ジルベルトが感じ取ったのは、ただの「大きな魔力」ではない。何故だかわからないが、エミーの魔力を思い出していた。あの憎悪にまみれていながらも、どこか厳かな雰囲気が隠しきれない、そんな魔力だ。同時、二回目の悪寒が、彼女の背中を走った。
「……どうした?」
「……な、何でもありませんわ」
「嘘だな? 何か隠していることがあるな?」
「何でもありませんったら!」
レイスには「真実」の特殊魔力がある。故に彼女が嘘をついていることなど、簡単に分かってしまった。
彼女はそのことに気が付き、暫くの間俯いた。しかし、依然としてこちらを見つめてくる彼に負けて、今しがた自分が思いついてしまったことを話すことにした。
「エミーが、王国側になったかもしれません」
「……? エミーは戦争に反対だったから、これ自体には参加しないんじゃなかったのか?」
「……」
「おい、ちゃんと答えろ」
「べ、別に、可能性の話ですわ! どう予想しようが自由じゃありませんか? それと、貴方は敬語も使えない人間なのですか?」
しどろもどろでなかなか答えることのないジルベルトを催促すると、彼女は分かりやすく話を逸らした。レイスの能力を以てしなくても、彼女に何か隠したいことがあることなど、周囲には明白だった。
彼はそんな態度が気に食わなかったのか、相手が王族であることに怯むことなく強く言い返した。
「人の命かかってんだよ。何でそう予想したのか、正直に言え」
「……似ていた、からですわ」
「何がだ?」
「魔力が、ですわ」
「それだけじゃねぇだろ?」
「…………か、しました」
「あ?」
「け、喧嘩を……その、ここに居るエミーの軍は、彼女に何も断ることなく、ワタクシが勝手に、連れてきました」
「……は」
「エミーは、戦争に反対で、で、ワタクシは革命を起こそうとして、事前に話して、口論になってしまって……で、でも、皆さんに話したら、革命を起こしたいって、言っていましたから」
「……それで、エミーの逆鱗に触れたかもしれねーってか?」
「はい……」
ジルベルトは怒られるのが怖かったが、レイスは何やら一人でぶつぶつ言い始めた。
彼の能力で測れるのは、今現れた莫大な魔力が、少なくともギルバードやディアケイレスの物ではないということだけ。エミーには会ったことがないから、これが本当に彼女の魔力であるかどうかまでは分からなかった。ただ、ここまで大きな魔力を、「真実」の目をかいくぐって保管しておけるのだろうか。今の爆発と魔力は、まるで今そこで生まれたかのような、そんな感覚がする。そんなことが可能なのだろうか? 否、あり得ない。彼の直感は否定した。第三類魔法学をほぼほぼ習得している彼が思いつく限りは、そこまで精密な隠ぺい魔法が作れるはずがなかったのだ。
「じゃあ一体何なんだよ……」
レイスは近くに居る部下に聞いて見たが、当たり前だがしっくりくる仮説を立てられる者は居なかった。
一つだけ考えられるのは、「エミーの新理論」というものだけ。そうなれば割と何でもありになってくるのだが、それ以上の答えは出なかった。こちらにカウンターを仕掛けるために、わざと自分たちを弱く見せるような、そんな魔法を編み出した。それなら、王国の革命に対する態度の弱さも納得できる。そして、都市の約三分の一を制圧しようとしていた今、その作戦が決行され始めたのではないか、と。
となれば、その強敵は、ギルバードを倒すためだけに集中するはずだ。実際、今それが起こっているのだろう。ギルバードが戦っている方向以外のところからは、音が聞こえてこなかった。
「……ディアケイレスを応援させろ!!」
ここでディアケイレスとともに、強敵を潰してしまえば、当然カウンター作戦など無くなるはずだ。レイスの指示を聞いた連絡隊は「ハッ!」と返事をすると、各部隊への連絡を開始した。
連絡隊は、機動力のある者や魔法連絡が使える者で構成されており、それぞれ連携して、レイスの指示を全部隊に伝えたり、逆に状況をレイスたちに伝えたりする。最も危険な状況の諜報員、つまりローレル隊についているのはイブであったが、彼女からの連絡が無いのを見る限り、動けない状況にあることは確かであった。それだけ危ないということだ。
ドォォォン!!
どうやら戦闘が開始されたらしい。地面までをも揺らすその轟音が、何度も何度も響き始める。
既にこちらに怯えていた市民たちの中には、気絶をしたり、泣き出したりする者が現れ始めた。しかし不思議なのは、怖がる者たちと同じくらい、不気味に冷静な人間もいるところだった。彼らは何かを真剣に考えるように、目の前の空を睨んでいる。既に、レイスは彼らにそのことを問いかけたが、何か返事が返ってくることは無かった。
「……レイス騎士長」
「なんだ?」
遠距離通信を受け取った女部下が、恐る恐る彼を呼び、そして続けて――――まるで、これから処刑されるかのような絶望に満ち満ちた声で、言った。
「――――――――ディアちゃんが、やられたそうです」