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応援を呼ばないという悪手を選んでしまったにしては、ビルギットは善戦を繰り広げた。
ヴァンクールの人間が彼女の指示に素直に従っていたからともいえる。普通に戦闘に参加すれば処理が追い付かずに敗北する確率が高まるため、とにかく自分の前には出ないように指示し、相手をひるませることだけに尽力した結果、全員を拘束することに成功。加えて、先のローレルの攻撃が、相手の戦力と士気を下げたことも関わっている。
ヴァンクールの動ける人間は120名に減ってしまったが、死者は敵味方誰一人出ていなかった。
ところが。
「てめぇら、待たせちまったな」
チェチーリアがローレルを倒して戻ってきた。一同に戦慄が走る中、ビルギットは迷わず攻撃を仕掛ける。拘束した人間を解放されるのを避けるため、まずは別の場所で戦うことを選んだのだ。
突進に慄き体制を崩した彼女は、そのままビルギットに押されて100mほど離れた場所まで押された。すぐに振りほどこうとしたが、その瞬間にビルギットは素早く身を翻した。
二度目のタイマンだった。
チェチーリアは基本的に人間を嫌わない性格であるが、何となくビルギットには嫌悪を覚えた。それは様々な要因が重なっている。まず、先ほどのローレルの態度。戦いに真剣になっていないのは、ビルギットにも言えることであった。仲間を呼ばずに舐めた姿勢で戦ったこと。次に、仲間が倒されたことに対する冷静さ。確かに戦士には必要な精神であるかもしれないが、一切表情を崩さない彼女に冷たさを感じていた。最後は、単純な「勘」。何かおぞましい虚無を感じてしまう。これに関して完全に自分のせいであったが、それを認めたところで嫌悪が変わるわけではなかった。
一方でビルギットは至って冷静だった。当たり前だが。
まず、チェチーリアがローレルを倒せるほどの力があることは確実。しかし、魔力量で言えば断然ローレルの方が上であった。ということは、彼女自身の「肉体」のパラメータが異常であるということだ。先に計算した筋肉量もそうだが、冷静さも侮ることはできない。そこまで測ることのできる機能がない以上、ある程度の距離を取って戦うことが最善だ。ただ、砲撃メインでは、燃費が悪い上に今後の作戦に支障が出るかもしれなかった。
能源剣《EnergieSchwert》――――高エネルギーを放出し、剣として武器にする技。ヴェンデルガルド戦で発動したものよりも五割ほど長いそれが、今、ビルギットの右手に生えた。
ローレルとはまた違った魔力放出と感情。その無機質なオーラには、流石のチェチーリアでも若干の恐怖を覚えた。
「……」
「……」
二人の間に会話は無かった。ただ一瞬の沈黙ののち、先に仕掛けたのはチェチーリアだった。常人なら目に留まらぬ速さでビルギットの懐に潜り込み、その両手剣を振るった。勿論、真っ二つにするつもりは無かった。殺戮は彼女の趣味じゃない。「面」で叩こうとしたのだ。
「……!?」
驚いたのはチェチーリア。ビルギットは最小の動きで避けて見せた。全く恐怖も焦燥も無く。
乱戦においては、計算量が指数関数的に増えていってしまうため、ビルギットが苦手とするところだったが、一対一の攻防においては無類の強さを誇る。今さっきの一撃も、彼女は正しく認識できたわけではなかったが、僅かな行動パターンから弾き出した結果は誤差率5%以内であり、無事よけきることができた。しかも、更にその精度は増していく。
「鳳凰斬《PhönixSchwert》」
冷たい感覚のその声に反応するように、青白い剣が、鳳凰の如く燃え上がった。そのままチェチーリアの薄い鎧に切り込みを入れる。
「熱っ……」
空中で身をよじらせるが、若干の切り込みが肩に入ってしまった。熱のせいで、どうやら鎧は意味を成してくれなかったようだ。解けた鉄が、皮膚を焼くにおいがした。
「ハッハハハ……技は面白れぇ。だが、これを防げるか?」
地面へ落ちていくチェチーリアに、ビルギットは追撃を仕掛ける。しかし、彼女は器用に剣で攻撃を受け流した。そして地面に着いた瞬間、自慢の脚力と雷の魔法で、落雷のような音を響かせながら距離を取った。
ビルギットは撃滅砲《Zerstörungskanone》の準備をした。これは、摩滅砲よりもさらに破壊に特化した砲撃である。その代わり魔法への破壊力は失われてしまうが、彼女にとってはこれが最適であった。肌とコートを黒い内部機構が突き破って現れ、彼女の美しい両腕は瞬く間に破壊兵器へと変貌した。
Fehler……居ない。
彼女のカメラはチェチーリアの姿を認識できなかった。カメラだけでなく、温度センサーやマイクでさえも。周囲を見渡してもどこにもいなくなっていた。
目を離した時間は僅か0.1秒。その間に、チェチーリアは音も気配も全て消してしまったのだ。
否、上だ。
恐ろしいほど精密な雷の魔法で音もなしに再び空中へ飛び上がり、+極と-極が激しい勢いで引き合う静電気の原理で、地面に超加速。ビルギットの脳天に、その二本の両手剣が振り下ろされようとしていた。
「落雷ハンマー!!」
技名はともかく。
文字通り落雷の勢いでビルギットに襲い掛かった。実は、イングリッドも似たような技を使っていた。
ビルギットは大きく避けた。何とか致命傷は免れ、衝撃波とともに転がるだけで済んだ。だが、起き上がった先に待っていたのは、追撃に次ぐ追撃。阿呆みたいな大きさの両手剣を双剣として扱うその姿は、雷神のそれであった。
押される。
押される。
押される。
一対一では無類の強さのはずのビルギットが、明らかに押されていた。それは、京を超えるクロック数を誇る彼女の性能を、ただの人間が超えようとしているということだ。ただの単純な攻撃ではなかった。全てが乱数の如くうねり、捻られて繰り出される斬撃……!
ビルギットの右腕が、切り落とされた。