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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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9-5

 激しい金属音と裂空の音が、人気のない街に響いていた。

 主にローレルとチェチーリアの攻防である。ローレルは魔法を巧みに操り、チェチーリアから距離を取りつつ戦おうとしている。が、相手の筋力と雷の魔力による超加速とで、なかなか反撃のチャンスが見えていない状況であった。



「オラ! 逃げんな!!」



 何故だか楽しそうな声が、ローレルへと飛んでいく。彼女は全身に冷や汗をかきながらも、何とか策を講じていた。まず、今までの戦闘で分かったことがいくつかある。一つはあの敵の物理攻撃力が尋常ではないことと、もう一つは意外にも繊細な魔法を扱うということ。敵兵士に巻き添えを食らわせてやろうと近くを飛んでみたが、奴は丁寧に避けてこちらを追いかけてきた。まるで折れ曲がる稲妻だった。

 雷の魔法で飛ぶ……魔力の性質的にそんなことできるはずがない。恐らく「跳ぶ」なのだろう。ただでさえ異常な筋肉を電気で底上げして動かすその技術、空中を飛び回るはずの自分を効率よく追い詰める思考力、ギルバードやイングリッドとはまた違った「天才」なのだ。


 恐ろしい。

 ローレルは身震いする。周囲を見渡してみるが、何か役に立ちそうなものは無かった。ビルギットは未だ敵騎士と戦闘中だが、四苦八苦している模様。滅茶苦茶に乱戦状態であるから、あの砲撃などの威力の高い攻撃をしてしまえば味方も巻き添えを食らってしまう。かといって今この状況で味方を退かせるほど相手に隙は無いし、乱戦に参加しようにも処理が追い付かない。例えビルギットが上手く動けなくとも互角であったが、やはり全体としてみれば押されているのであった。


 ローレルは勝たなければならなかった。

 なんとしても、この剛腕の女に。


 それからしばらくの間、均衡状態が続くことになる。しばらく、と表現してもいいものだろうか。彼らにとってはしばらくであったが、客観的に見ればさほど長い時間ではない、三分くらいだ。けれどその間に、様々な思惑が各々の脳を駆け抜けたのだ。

 冷たい空気を切り裂く最中、ローレルの脳は情報が混濁していた。土砂降りの泥水の如きその思考は、未だ最適解を見つけられない。



 それもそのはずだ。



「おい」



 チェチーリアが追跡をやめた。ぎゅんと距離が広がっていくが、その声だけははっきりと聞こえてきた。



「テメェ本気でやってねぇだろ」



 ローレルは少しだけ苛立ちを覚えた。こちらは全力で向かっている。命と尊厳と正義をかけたこの勝負において、手を抜いた瞬間などあるはずもなかった。同時、反射的に飛ぶのをやめた。ここで距離を稼げば、言葉の槍を背中から受けることになってしまうからだだ。



「やってますよ!」


「テメェが強いのは十分わかった。でもよ、なんで仲間を呼ばねぇんだ?」


「……あ、あなたに、貴女に何が分かるんですか!?」



 チェチーリアは意外にも賢い人間だった。見習い時代において、座学はトップクラス。騎士の仕事においても周囲を見る力に優れ、戦闘は勿論、自治でも高い成績を残していた。

 この戦いでも、敵の主力が北からくることは大方分かっていた。城が北寄りに存在し、騎士の駐屯所も他と比べて少ない。狙うには絶好のところ。だから、主に北寄りに強い兵を置き、市民も特別に訓練しておいた人間ばかりにした。馬鹿正直に真北から来たのには驚いたが、応援の連絡は会敵した瞬間に済ませた。応援の到着まであと五分もないだろう。


 そもそも、王を逃がして自分たちに有利な場所で迎え撃てばこんな面倒なことはしなくてよかった。チェチーリアもそれを強く訴えたのだが、それは棄却されてしまった。その理由に、彼女は納得も理解もしなかった。ただ、従順な犬であることだけは誓ったのだ。



「助けを乞わねぇのは強ぇ奴だけどよ、助けを()()()()のは弱ぇ奴だぞ」



 その言葉は、完全に自分に向けられたものではなかった。つまり、チェチーリアは、自分ではない誰かにも言っているようだった。ローレルに明確な根拠があったわけではないが、彼女は強くそう感じたのである。



「さっきの『やめてください』ってのもよ、仲間の話だろ?」


「私は強さを求めているわけではありません。ヴァンクールの正義の下に、この杖を振るっているだけです! 貴女に易々と語られる筋合いはない!」



 ぼそりと、「どこが正義だよ」とチェチーリアは呟いた。その呟きはローレルには聞こえなかったが、何か不躾な言葉を放ったことだけは分かった。





 ――――ローレルの腹部に、膝がめり込んだ。





 さっきまでとは比にならない痛みと衝撃が全身を駆け上る。彼女は何をされたか、空中で吹き飛ばされている間に気付くことができなかった。

 地面に叩きつけられて数秒気を失った後、やっと何があったか気が付いた。蹴られたのだ。文字通り目に留まらぬ速さ。急激に魔力が変化した、かどうかは分からない。しかし、どうやらさっきまでの彼女とは別人であることは確かなようだった。


 血を吐いた。口と鼻が鉄のようなそれを感じ取る。どくどくと、自分の心臓が強く脈打つのが頭の中に響く。



「何が正義だよ。人を傷つけておいて」



 しかし体が動かない。



「テメェのそのクソみたいなこだわりのせいで、テメェの仲間も傷ついてんだぞ?」



 剣を喉元に当てられる。

 しかし体が動かない。



「それに、オーサマがどんな思いで人殺してんのか、知らねぇだろ」



 電気を流される。

 体が勝手にビクッと痙攣する。



「どっちが正しいとかそういう話はさっぱり分かんねぇよ。人殺すのも傷つけんのもダメだけど、やんなきゃなんねぇときもある。でもよ、テメェはそれを真剣にしてねぇよな?」



 視界がぶれて、彼女が二人に見える。



「確かにテメェの魔法と強さは面白いよ。でも、性根が気に食わねぇ」



 ローレルは……自分の意識が遠くなっていくことに気が付いた。

 暗闇の隣にあったのは、劣等感と絶望のみであった。

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