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ビルギットはその光景を見るや否や、応援要請を飛ばす準備をした。少々危険ではあるが、今この状況ではギルバードあたりでないと攻略ができない。彼女はそう判断したのだ。
会敵し劣勢にある場合、潜伏しつつ距離を置いているレイス隊の人間へ特定のサインを送ることになっている。ジルベルト隊の場合は、ついている人間が勝手に判断して応援を要請するが、ローレル隊の場合はビルギットとローレルにその権限があり、彼女らが戦闘不能にならない限りは勝手に応援要請されない仕組みになっている。より強力な敵と遭遇する可能性が高いうえに、二人の火力もそれなりに高いため、人員が増えれば逆に不利になる可能性があるからだ。
ところが。
「ビルギットさん、やめてください」
吹っ飛ばされたはずのローレルが、強力な魔力を放っていた。光の暖かな魔力である。そして、ビルギットの判断を否定する言葉は、ナイフの如く鋭い響きをしていた。
「しかし、もうギルバードさんでないと……」
「やめてください」
「しかし……」
「やめてくださいって言っているんです!!!!」
彼女の纏うローブは、先の一撃で既にボロボロになっていた。布が破れたその先の皮膚も、擦り切れて赤く滲んでいる。体は未だ痺れているようで、杖を握るその腕に過剰な力が加わっている。
けれど、気迫だけはその場の誰よりも大きかった。
「ンだぁ……? 仲間割れか? そーゆーのはあんまし気分よくねぇけど」
「どこのどなたかは存じ上げませんが、私が相手です」
「お、そうか。よろしくなぁ!」
空中からローレルが宣戦布告すると、女は明らかに喜んだ。その二つの両手剣に雷をバチバチと鳴らしている。一方で、ローレルからは金属と金属とを高速で削り合わせているような音がしていた。普段のローレルを知る者からすれば、今の彼女は何かがおかしい。こんなに取り乱すところは見たことがなく、敵の女に負けないほどの魔力を放っているところを見ると、恐怖で板挟みになった。
「……」
ビルギットは命令という言葉に弱い。作戦上は彼女とローレルの二人に応援の権限があるのだが、事実上のすべての権限を握っているのはローレルだ。故に彼女も動けずじまいで、これからどうするべきかの選択肢を「応援無し」の条件で模索した。選んだのは、残りの敵への攻撃である。彼女は味方に指示を出した。
結果として命令通り、骨太の女とローレルの一騎打ちという状況が発生した。
チェチーリア・オア、それがあの女の名である。
王国騎士三銃士の一人であり、主に雷の魔法を用いる。魔力量も常軌を逸しているが、それよりも特筆すべきなのは筋肉だ。特殊体質、という表現では言葉が足りないかもしれない。最早「病気」だ。筋繊維と骨の密度がかなり高く、平均したら岩の密度になるという「病気」である。健康面において特に支障はない。派手に転んでも骨折しないし、刃物が数ミリしか食い込まないので、寧ろ健康優良児だ。
レイスは彼女の存在を知っていて、「メスゴリラ」と呼んでいた過去がある。と言っても彼が王国騎士であった頃は下級兵で、特別強くは無かったので、要注意人物として伝わってはいなかった。また、そもそもの三銃士の情報はヴァンクールにあったが、チェチーリアの名はそこに無い。実は、王国側で秘密裏に騎士昇進が行われていたため、こちら側は不意を突かれてしまった結果になった。
ローレルは気が付いていないが、彼女はイングリッドの従妹になる。髪も肌も色が違うが、確かに魔力の質はほぼ同じ。知ったからといって何が変わるわけでもないのだけれど。
「すげえな、テメェのそれ! アタイもやろうかな!!」
……バチバチバチ!
チェチーリアは、イングリッドもやっていた雷の魔力を纏う魔法をやって見せた。シューテル(ローレルの故郷)で言うところの衣の魔法である。その体に眩い稲妻が駆け巡り、岩のような筋肉を打ち出さんと震えている。
ローレルは「恐怖」で突き動かされていた。どうやって彼女を一人で打ち倒すか……普通ならば危険を感じで逃げることを考えるはずの脳みそが、目の前の敵だけに百パーセントが動き始めたのだ。スピードもパワーも技術もあちらが上。魔力だけがほぼ互角。ほとんど勝ち目など無かったのだが、彼女はもう、負けることなど一切考えてはいなかった。
勝たねばならない。それが絶対。
「……うわぉ!?」
光の槍がチェチーリアの横を通り過ぎていった。
ローレルが選んだのは不意打ちである。一切の予備動作も詠唱も掛け声もなく、それを打ち出した。これで終わりではない。チェチーリアが体勢を立て直したときに見たのは、自分を狙う無数の光の槍。まるで檻のように取り囲まれ、逃げ道は無かった。
――――ズガガガガガガ!!!
槍が連続でぶち当たる音が響き渡る。
その魔法に明確な名前はない。今、彼女が作り出した技だからだ。魔力が続く限り連続で相手を処刑しにかかるその技は、まるで光の華が咲き誇ったかのように見えた。
「いってぇ……へへへ、テメェさては面白いな?」
「……っ!?」
流石のローレルも十分だと思って魔法を解除した。ところがその中に居たのは、ぐちゃぐちゃになった死体ではなく、軽傷のチェチーリアだった。勿論、ローレルはこれで殺せたとは思っていなかったが、転んだ程度のダメージしか受けていない彼女に戦慄した。
何故だか彼女は嬉しそうだった。にこりと笑ったその顔は、確かに騎士の風格もあったが、純粋な子供のようにも見えたのだ。
「ハハ、強いですね……」
それでもなおローレルは杖を握りしめ、一人で戦うことをやめなかった。
……今ここでギルバードに頼ってしまえば、自分は必要のない人間になってしまうから。