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ビルギットたちは特に問題なく進んでいた。いくつか集団になっている騎士たちに出会うものの、牽制をぶちかませば数の利でごり押して拘束ができる。殺さない程度の魔力消費なので、ビルギットもローレルも特に疲弊はしていなかった。寧ろ、後ろについてきているヴァンクール兵の方が疲れているくらいだ。
しかし、大通りに出たところで事態は急変する。道が一気に開けているので、相手にとって迎え撃つには絶好のチャンスだった。
「ハッハハハ!! 反逆者ども!! かかってきやがれ!!!」
案の定、威勢のいい女の声が先の方から聞こえてきた。彼女はいつも大声を出しているせいか、その声はかすれたノイズも含んでいる。よく見れば、中央で一人だけ仁王立ちをした彼女がいた。二本の両手剣を背中に持ち、外界にさらされている上腕は枝豆のような筋肉をしている。
「246の人間を確認。この先100メートル、両脇の屋根に登って待機しています。真ん中に仁王立ちしている一人を除き、全員軽装歩兵。数の利では負けています。ローレルさん、若干強めに牽制してください。軽傷者を複数出すつもりで」
「了解です」
ローレルは光の槍を千本ほど頭上に出現させた。ある人間にはそれが幻想的な流星群に見えたが、ある人間にはただの殺戮の道具にしか見えなかった。これで「若干強め」なのだから恐ろしい。今までさんざん彼女の劣等感を語ってきたが、彼女とて鍛錬を怠っていたわけではない。寧ろ逆であり、彼女の努力は、ヴァンクールの一員となってから激しさを増していた。故に、魔法学校に居たときとは比べ物にならないほど強くなっている。
しかし、彼女は今、乱心状態にある。だからこそ手加減が上手くできない。本来「牽制」をしたければ、建物を打ち壊して地の利を奪ってしまえばいい。住民が居ようが居まいが足を止められるのは確実なのだ。ただ、彼女は優しいから、極力無関係な人間に傷をつけることはしないだろう。しかし、彼女が建物を攻撃しなかったのはもっと別の理由。そう、「焦っていて分からなかった」からだ。
「ぐあああ!!」
「くっそ! なんだあのでたらめな魔法は!!」
「防ぎきれねぇ!!」
金色に輝く光の雨が、敵へと降り注ぐ。先にも述べたようにこちらに「絶対に殺さない」という決まりがあるわけではない。どうしても不可能なら殺す。しかしその裁量は個人に任せられるのだ。
幾本かの槍が敵の体を貫いてしまい、彼女にとってこれは失態であったが、誰も咎めなかった。何故なら客観的にはこれもルールの範疇なのだから。
いやそもそも、ここにはルールもくそも無いのだが。
「ハッハハハ!! いいぞ!! それでこそ戦争のしがいがあるぜぇ!!」
だが、中央に居た女だけは光の雨を全て弾いて見せたのだ。馬鹿みたいに大きな両手剣を双剣として扱い、風車のように回転して魔法を使わずに防ぎ切った化け物。流石のローレルでも戦慄した。
「とても強い生命反応を確認……総員戦闘準備!!」
ビルギットのレーダーは、女の強さを瞬時に読み取った。彼女は魔力の他に、相手の身長や体重、体脂肪率、筋肉量など別のパラメーターも目算することができる。彼女は身長180センチメートル体重200キログラム……Fehler、異常値。あり得ない、あの体形で、身長センチメートルを体重キログラムの値が上回るなど。普通、身長180センチメートルの人間の平均体重は74キログラム、つまり体積は大体74リットルだ。彼女の体は確かに骨太ではあるが、別段何かが肥大化しているわけではないし、この値は装備重量を差し引いて算出したものだ。詰まるところ、体積は大体74リットルで正しいはずだ。だが、これで彼女の体の密度を計った場合、2.7グラム毎立方センチメートルと出る。
この値は、大体大理石と同じくらいだ。
「あり得ない……」
「どうしました!?」
「あの女性の方……岩と同じくらいの密度です」
「……は」
人間の密度は限りなく1に近い。にもかかわらずここまで外れた値が出る。これはトレーニングでどうとかいう問題ではないのだ。体の構造そのものが違う。骨や筋肉が異常なほど詰まっているのかどうかは分からないが、はっきりと断定できるのは正真正銘の「化け物」であること。
「総員、戦闘準備改め防御準備。戦闘は我々二人だけで行います」
「おぅ、なんだあ? もう終わりか? だったらこっちから行かせてもらうぜ!!」
ビルギットの準備を待たず、彼女は攻撃を仕掛けてきた。間一髪で避けたものの、剣がたたきつけられた地面は薄氷の如く砕けた。彼女の装備である双剣は、どうやら切り裂くよりも叩く目的の物らしい。
「皆さん下がってください! 聖なる光線!!!」
「おおおお!? ハッハハハ!! やべぇ!」
ローレルが咄嗟に放った光魔法。その光はとてもあたたかな感覚であるが、その太さと魔力量を見れば一気に悪寒が走るレベルの出力。聖なるという名前とは裏腹に、殺意に満ちた一撃だった。
しかし、女は陽気に笑いながら、それを易々と受け止めて見せた。剣の白刃には傷一つついていない。
「んなっ」
「お返しだ! 稲妻ソード!!」
――――バチバチバチィ!!
そんな禍々しい音を立てて、剣に雷がまとった。
「ハッハハハ!!」
「いや、ちょっとまってくださ……」
剣に体と杖がぶつかる音と、「ぎゃふ」という声とともに、ローレルが後方へ吹っ飛ばされた。一同は確かに見たのだ。先程まで圧倒的な強さを誇った魔導士が、蹴られた子猫のような声を上げてしまったところを。何よりも、その美しくか細い声に、戦慄を超えて恐怖が襲ってきた。容赦がない。慈悲もなく内臓もろとも潰されるのを確信した。
「ハッハハハ!! さあ、もっと暴れようぜ!!」
その異常な力を誇る女の、少しかすれた声が、激戦の合図となった。