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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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7-4

「クロードは、もともとこの病院で働いていてね。知的障がい者の介護士だった。出会った当時、ボクは十二歳、彼は十四歳だった」



 重苦しい雰囲気の中、彼女は語り始めた。夕日が、三人を虚しそうに照らしている。

 この世界では、年齢が二桁になった少年少女が働くのは珍しいことではない。アンラサルでは十六歳から大人という扱いだったが、特に子供が働いたらダメだという法律はなかった。ただ、彼女らのように医療現場で働く子供は少ない。



「ストレスのかかりやすい仕事だったのに、弱音や愚痴の一つも言わずに一生懸命で、作業も丁寧で、そんな姿に惹かれたのさ。もっとも、告白してきたのは彼からだったけど」



 さっきとは打って変わって、穏やかな口調。呼吸をする度に、エミーの体からは力が抜けているようだ。一方、モトユキたちはそんな彼女が狂気に満ちているように見えて、緊張が増すばかりだった。



「たった一年くらいだけど、楽しかったな。所詮子供の恋愛だから、深みなんてなかったんだけど。手をつないだり、キスをしたり……一度セックスに誘ってみたんだけど、奴は結構なヘタレでね。結局ボクは未だに処女なのさ。ハハハ」



 「もうそれが叶わなくなってしまった」、彼女は聞こえないくらい小さな声で呟いた。何も考えずに放った下ネタは、冷たい空気の中に取り込まれてしまった。それもそうだった。こんな状況で笑える奴なんていない。無理やり口角を上げていたが、すぐに疲れてしまった。



「事故……なんて言われているけど、あれは()()だった。発達障害を持つ少年たちを世話しているときに、ボコボコに殴られたのさ。色んな方法で。鉄のパイプ、椅子の角、重めの積み木、やかんの熱湯、加減を知らない拳と脚。誰か分からないくらい顔がはれ上がり、色んな骨にひびが入り、赤黒い痣が何か所もできてしまった。あとでその少年たちに理由を聞いて見れば、『いつも他の人に虐待されていて、ムカついていたところに弱そうなやつが来たから』だとさ」



 次の「それだけならよかった」という言葉が湿った。子猫のようにか細い音が、喉の奥で小さく響いていた。



「彼には記憶障害が残った。逆行性と前向性の両方が、強く、深くね。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。廃人さ。文字通りの廃れた人間。ボクとの思い出なんて一かけらも覚えていないし、覚えてくれない。やり直すことさえできなくなったのさ」



 悔恨、けれど迷いもある。色んな感情がごった煮になっているのに、なおもエミーは冷静でいようと耐えているようだ。でも限界だ。いくら強く賢く気高い医者だとしても、度を過ぎたストレスがかかると爆発する。いとも簡単に。シアトリカルな演出などなく、蟻を潰す子供さながら、その残酷な真実は唐突に訪れるのだ。

 モトユキは嫌な予感がした。既に嫌な状況なのに、尚も強い悪寒がするのだ。


 彼女は自身の左腕をまくった。そこには夥しいリストカットの痕と、それが囲むように





 ――――胎児が居た。





 人間かどうかは分からないが、とにかく腕に彼女ではない生命がくっついているのである。モトユキは全身に鳥肌が立っていくのを感じた。それはルルも同じだったみたいで、その白い毛が逆立った。

 恐怖、率直な感情はそれだった。二十八の男がこの場から逃げ出したくなったのだ。殺されるわけでもなく、傷つけられるわけでもないのに。あのダンジョンで、ルルの資料を見たときのような気持ち悪さが、全身を駆け抜けていった。



「な、んだ、それ?」


「光を司る神霊種(オールドデウス)、グアン=ルークス。古代文明に神霊種(かれら)を使って人体実験をしていたみたいでね、その技術を復号がてらやってみたのさ。ボクの卵子とグアンの精子で体外受精させ、ある程度育ったものをこうしてくっつけた。神霊種(かれら)に実体があったのも驚いたが、ちゃんと『子供』になることが一番驚いたよ。実質こいつは、四代目になるのさ」


「なにを、したかったんだよ?」


「征服。(こいつ)の力でこの国を征服するのさ」


「ちょっと待てよ、おかしいだろ、どう考えても」


「何がおかしいのさ?」


「だって、子供だぞ? 生きてるんだぞ?」


「意識はないさ。キミは胎児の状態の記憶があるのさ?」


「そうじゃねぇよ! 俺たちと同じ、人間で」


「人間じゃないよ? 何を言っているのさ?」


「だから、意味が、分からない……!」


「……? ボクの方が分からないのさ。キミは感情が先行して、論理がまるでない。呼吸が荒く、鼓動も早い。少し落ち着いて、深呼吸するのさ」


「おまえ……」


「力を貸してくれ、モトユキ。正義の為に、キミの力が必要なのさ」



 ぶっ壊れている。結構前からモトユキは気付いていたが、これほどまでに狂気に満ちているとは思わなかった。前に殺したヴェンデルガルドとは比にならないくらいだ。いや、きっとエミー自身も分かっている。それでも、彼女は修羅になる道を選んだのだろう。己の歪んだ正義の為に、神の理を泥に埋めたのだ。

 おかしいのはなんだ? 悪いのは誰だ? 正義とはなんだ? 倫理とはなんだ? 命とはなんだ? もう、誰にもわからない。いや、初めから誰もわかっちゃいないのかもしれない。そのツケが今ここに転がっている。正しい答えを決めていなかったばかりに、誰も何も言えない動けない。



 お前さんは、力の強いものに執着しすぎておる。もう少し、小さな力にも目を配るべきじゃのう。


 何故か、モトユキはこの言葉を思い出した。思い出したからと言って、彼の思考に変化があったわけではない。ともかく彼女を止めねばならないと思って、無理やりにでも言葉をひねり()()()()()()



「――――?」



 ルルンタースがキスをした。

 瞬間、彼の意識は暗転した。

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