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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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6-2

 二代目が十五歳になるまで話は進む。

 一代目は魔法も達者であったため、村では有名人となっていた。幾度となく魔物を退け、災害発生時には的確な指示を飛ばし、日常では頼れる医者……「英雄」と呼ぶに相応しい立ち振る舞いだった。そんな彼女を、二代目は心の底から誇りに思い、また頼りにしていたのである。


 この時期から、一代目は研究室にこもりっぱなしになることが多くなり、二代目が診療を担当する時間の割合が大幅に増えることになる。理由は分からなかったが、二代目は何も疑うことはなく、「きっと新しい病気を研究しているに違いない」と、日々の仕事にいそしんでいた。



「魔法を教えてほしいんだけど……」



 ノックをした後に、そう聞いてみた記憶がある。



「すまない、後にしてくれるか?」


「……うん」



 特に変哲のない声だった。恐れも怒りも悲しみも、何もこもっていない声。ヒーローとはとても呼べない、冷たさ。けれども、けれども、何故かそれを覚えている。氷のような寒々とした寂しさを、二百年たった今でもはっきり覚えている。

 当時は、ただ単に「忙しいのだ」と納得したはずだった。でも、心のどこかで、扉を今すぐぶち破りたいと思っていた……いや、後にその記憶を都合よく改竄しただけかもしれない。



 ――――そうすればよかったのに。



 ばばあになった今でも、その後悔をしている。過ぎたことであると、二百近いばばあが飲み込めない。若い自分が、幼い自分が、希望に満ち溢れた自分が、そう叫んでやまない。



 やがて、顔を合わせるまでの「空白」が、膨らみ始めた。


 半日、一日、三日、一週間、一ヶ月、三か月、半年、一年、三年……。


 話す内容なんてほとんどなかったから、会えたとしても特に何もしなかった。


 何か話せばよかった。

 天気でもダジャレでも歌でもなんでも。


 依然としてヒーローを演じ続けた母親との話し方を、忘れてしまっていた。


 魔物を狩るたびに、喝采を。

 病気を治すたびに、名声を。


 膨らんでいく虚像の裏で、母親の姿が、子である自分にさえも見えなくなっていた。青色の髪に青色のローブ、その後ろ姿がどこまでもどこまでも小さくなり続けた。


 ――――そして、彼女は死んだ。

 みんなみんな死んでいった。


 今思えば、あれは「紅い満月(ブラッドフルムーン)」の兆候だったのかもしれない。「紅い月」の多発。魔物の度重なる狂暴化と襲撃。





 老婆はモトユキに言った。「あれは地獄だった」と。

 そして、しわしわの口から、淡々と凄惨な真実が語られた。





 村の人間は、エミーを信じ切っていた。「また今回もなんとかしてくれるだろう」「エミーならあっという間に解決する」「だから俺たちは何もしない方がいい。邪魔になるから」そんな理屈で、村人たちは何もしようとはしなかった。

 数回は、防いだ。たった一人で。多くの魔物を、魔法で、燃やし、切り裂き、潰し、千切り、殺した。村のすべての人間を守り切ることができた。


 だが、ある夜、一代目が急死。

 いつも通り引き込まったまま、物音を一切立てずに死んだ。


 結界が張られずにむき出しとなった村は、まず、魔力中毒によりほとんどの人間が気絶及び行動不能になった。そのまま、襲ってきた魔物に、食われた。少しだけ魔力の大きな人間は、完全に意識がなくなることはなく、絶命するまで命を貪られた。

 断末魔は、静かなものだった。声をあげられる者が少なかったからだ。蟻が踏みつぶされても、何も音がしないのと同様に。静かに、静かに、ただ淡々と人が死んでいった。


 二代目は、ただそれを眺めているばかりだった。それはなぜかというと、家を覆う様に「絶対不干渉」の結界が張られていたからである。一代目特製のそれは、内からも外からも破ることは不可。まるで、「何もするな」と言われているかのような、そんな感覚だった。





 ここからは、一代目の残した日記である。モトユキは、手渡された薄汚いその手帳を、ぱらぱらとめくった。汚い文字で綴られている。


「○月×日、私は原因不明の頭痛に襲われることが多くなった。感染症の疑いもあるため、極力他の人間に接しないようにすることをここで誓う。また、クローンに精神的負担をかけないようにするため、この事実を隠し通すことも誓う」


「(次の日の日付)、今日もまだ痛む。血液検査をしたところ、細胞量や酸素量がかなり低かった。頭痛の原因は低酸素によるものかもしれない」


「〃、私のクローン(娘という文字を消した跡がある)は良く仕事ができる。このまま仕事を任せても問題はないかもしれない。一方で、頭痛のほかに、眩暈などの症状も現れ始めた。単純に疲れの可能性も否定できないため、今日はこれくらいにして休む」


「〃、痛い。割れるように。頭が。計算ミスを良くするようになっているように感じる。思考力の低下は否めない。少量の吐血も確認。特に考察はできなかった」


「〃、今日は紅い月が起こった。ぶっ倒れそうになったが、何とか乗り越えた。魔力については特に変化がないらしい。威力も持久力も問題ない。頭は痛かったが」


……


「(一番初めの日付から半年後)、いい加減ここまでくると何らかの病気を疑わざるを得ないのだが、血液検査をしたところ、正常値に戻っていた。今までの異常値は、不健康な生活が招いたものだったらしい。生活を戻したら戻したで、この頭痛も治ってほしかったが」


……


「(一番初めの日付から一年後)、最近、白い何かが見えるようになった。恐らくげんかくだとおもう。あと、むずかしい字がおもいだせなくなってきた。記憶しょうがい? いや、まほうにかんしてはいまだ問題なく使えるし、こうして書く文しょうの文ぽうははっきりしている」


……


「(日付が書かれていないが、恐らく五年後)このむら、いろんなことがあったきがする。きがするんだけど、なんか、おもいだせない。いたくて、もじが、ふるえる。あのこ、は、わたしとちがって、しっかりしてる。だいじょうぶ、わたしが、いなくても」


「(その次の日の日記)昨日のきおくがまるまる飛んでいた。その中でも私は日記をちゃんと書いたらしい。人格がぶんれつしようとしている? そんなばかな。とうとう私もせいしんしょうがいしゃの仲間入りか? いや、そんなのどうでもいい。いたい、いたい、いたすぎる。げろも吹き出るようにスムーズだ。無理やり口を閉じておしこめないと、くえない」


「(そのまた次の日の日記)母親って、何をすればいいのだろう? 私はあの子にとって母親として何かをしてあげることはできただろうか? ……あれ? なぜ私は何かをしてあげようとしているんだ? 痛い、いたい、いたい、いってぇ」


……


「(事件の二日前)やばい、やばい、やばい、やばい、やばいやばいやばいい(この先はミミズ文字になっていて読めないが、何かの液体がこぼれて乾いた跡がある。唾液もしくは涙か?)」


「(事件の前日)そういえば、あのこの、なまえ、きめてなかったっけ? いままで、なんて、よんでたっけ? えぇと、くろーん、そうだ、私の、どういついでんしこたい。うん? なんだっけ、これ。いでんしって、なんだっけ? ああ、たしかせいぶつのからだの(この先に急に殴り書きをした跡があるが、乱雑すぎて読めない)」









「(事件当日)ごめんね」


 その懺悔の下には、子供がぐちゃぐちゃに落書きをしたような魔法陣?が描かれていた。二代目曰く、これは「命壊魔法陣」と呼ばれる、命を燃料にする魔法陣らしく、事件の日の不干渉結界を作ったもの。









 ポルコトプロ脳病――――後に、二代目が発見及び治療法を確立することとなるこの病気。極度のストレス状態が一時的にほどけることによる、脳内魔力侵入量の異常上昇が主な原因。通常であれば魔力は体外に排出されるのだが、これが何度も繰り返されるようになると、やがて脳内組織が変化し、癌と似たような腫瘍を形成する。主な症状は損傷個所によるが、幻覚、眩暈、激しい頭痛などが挙げられる。病気が進行すると、記憶障害、人格障害、睡眠障害、拒食、吐血が起こる。療法は、通常の癌治療と同じく、摘出又は破壊だ。

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