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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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5-1 「エミー」

 今日もまた、妙な夢を見た。得体のしれぬ誰かから名前を呼ばれる夢。別に悪夢という訳ではないが、あまり見たくはない。まだ早い時間のようで、ルルもジルベルト姫も寝ていて、静けさと寒さだけがこの空間にあった。

 昨日は驚いたな。ジルベルト姫の行動もそうだが、何よりもルルが話したことだ。たった一言だけだったが、確かに「馬鹿」と言った。何故、俺とは話してくれないのかは良くわからないが、そういう障害じゃないと分かっただけでも万々歳。それに、「自分の意思」を持ち出したことも喜ばしいことだろう。


 ……女に飢えていないと言えば嘘になる。ここのところ、性欲処理というものが一切できていなかったし、ルルがいるから考えることも許されなかった。

 俺は、そこまで義理堅い人間じゃない。昨夜、彼女の半裸を見て、少なくとも興奮した自分がいる。ルルがあの場にいなくても、流石に未成年に手を出すことはなかっただろうが、あと十年熟れていれば……。



「ルル、起きているなら素直に起きろ」


「……」



 俺がそう言うと、隣に寝ていた彼女は体を起こした。何か言いたげな顔をして俺の方を見るが、何もしてくることはない。物思いにふける白く美しいその表情は、ディアと同じくらい可憐な雰囲気があった。

 ルルの狸寝入りに気が付いたのは、寝息のリズムが違ったからだ。寝ているときは結構深めに息を吸うのに、わざとらしい浅い寝息だったから、勘づいてしまった。ま、さっきまでの思考を覗かれたところで、どうってことはない。これだけ端麗な容姿なら、男の煩悩など、いつも見ているはずだからな。少々気恥ずかしいが。



「俺たちは先に宿を出る。姫様は寝かしとく」



 言わなくても伝わるのだが、彼女はこくりと頷いた。先に宿を出る理由は、「姫様は疲れているから」というのが建前で、本当は「話すと気まずいから」ってのが本音だ。何を話したものか、さっぱりなのだ。女子高生くらいの歳の子、しかも異世界の住人、しかも王女様と話す話題など、俺が持っているはずがなかった。



 ☆



 それから三時間後。

 俺とルルはなぜか、ボロい家の前に居た。建材である木が、白アリか雨かは分からないが、腐食していて、地震なんかがくれば簡単に平地になりそうだった。シャルクドの町の外れ、貧民街が形成されつつあるこの土地では、別に珍しい建物ではなかったが。


 何故ここにいるのかというと、ここに「先代エミー」がいると、ネズミの情報屋が言っていたからだ。

 宿を出てから、俺たちはエミーの病院に行ってみたのだが、肝心のエミーに会うことはできなかった。当然のことだった。医院長という立場にいる以上、今日も激務に取り組んでいる。特に最近は患者の数が多くなっていて、ほんの少し面会する暇も無いようだ。念力で説得すれば、エミー以外の医者とは話せそうだったが、特に意味は無いのでやめておいた。

 どうしようか迷っていたところで、件のネズミ姉妹に情報をもらうことにしたのだ。彼女なら、理由を素直に話すことができるし。すると、「先代なら話を聞いてくれるかもしれないっちゅ」と言ってきた。そうして紹介されたのが、この場所だった、という訳だ。


 先代……エミーの名は「受け継がれてきたもの」らしく、今は三代目らしい。即ち、このボロ屋敷に住まうのは二代目。サングイスが持っていた「エミーの魔導書」は、一代目が書いたのだろう。受け継がれてきた名ならば、「エミー」が今でも活躍していることに納得がいく。

 二代目エミーは、医学分野において大成した人物で、黒死病、インフルエンザ、結核といった「元の世界」でも有名だった感染症を始め、赤マクアトル、マッドシアン血症、ポルコトプロ脳病など聞いたこともない様々な病気の治療薬や魔法を編み出したらしい。また、麻酔薬・魔法なども発明した。そんな凄腕の研究者だったのだが、金儲けには興味が無かったらしく、こうして家はボロボロのまま。


 俺は固唾を呑んだ。別に死ぬわけではないのだが、どこからか緊張が襲ってくるのだ。この魔導書を見る限り、エミーという人間は、研究する分野こそは違えど「疑問に思ったことに突っ走る」という性質を持つらしい。もしかしたら、俺の能力に興味を示して襲ってくる可能性も無くはない……。



 ――――トントン。



 乾いたノック音が転がった。人気のないこの場所では、ただその音だけがそこに響いていた。

 「ギィ」とドアが軋みながら開くと、所謂「魔女帽」を深くかぶった人間が闇の中に居た。その三角帽は、いかにも魔法の世界らしいもので、「魔女」という言葉を沸々と思い起こさせる。ドアにかける手が、異様に皺だらけなのに気が付いた。恐らく、目の前にいるのは「老婆」。ただ、顔は見えない。

 不自然に薄暗い室内を不気味に思いながらも、恐る恐る声をかけてみた。



「あ、あの、エミーさんですか?」





「――――食ってやろうかあぁ!!」


「うわあああ!?」



 光で自分の顔を下から照らし、その皺だらけの顔をこちらへ向ける。(失礼だが)まさにその形相は死神であり、二十八の男が尻もちをついてしまった。ルルは、思考を読んで先に知っていたせいか、特に驚くこともせずきょとんとしていた。



「なんじゃ、男の方がビビりとはのう」


「え……?」



 顎をさすりながら、彼女は俺を見下ろした。確かに皺だらけの顔であったが、よくよく見ればただの鷲鼻のお年寄だった。帽子からはみ出る髪の毛は、白髪がほとんどだったが、その中にいくらか青い髪の毛もある。眉毛も然り。



「あ、あなたがエミーさんですか?」


「そうじゃよ? なんじゃ? 回覧板じゃないのか?」


「え、いや、その、この魔導書を……」





「――――あ!!!????」





「ど、どうされたんですか?」


「よくよく考えてみたらワシ、お前さん方のこと知らんかったわ!! あっはっはっは!」



 テンションの高いババアだ。俺を驚かしたのは、この辺にいる子供だと思っていたからなのだろう。ちょっと驚かしてやろうという年甲斐にもないお茶目さを、俺は食らったのだ。

 てか、教えてくれても良かっただろ、ルル。危うく攻撃してしまうところだった。


 魔導士エミー、とてもそんな風格のある人間には思えないが……いや、この魔導書の中身も、これを少し真面目にした感じのテンションだった。油断をしないように、話を聞き出そう。

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