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あまりにもゆるりと過ぎていく時間に、流石のビルギットでも質問をこらえきれなかった。彼女は勢いよく席を立ち、こう言い放った。
「あの、一つ、いいですか? あまりにも……『革命』を軽く見すぎている気がするのですが」
「ああ、そうだな。今回の革命はめちゃくちゃ簡単に終わるだろうな」
「ど、どうしてですか?」
「そもそも、俺たちがこんなところで堂々と革命の話をしている時点で、大体察しがつかないか?」
こんなところで堂々と……確かモトユキと一緒に情報屋に行った時も、ネズミの店員が軽々しく話していた。国の立場に立てば、国家転覆を企む奴らが、こんなにも大胆に行動して良いわけがない。普通ならば、王が反乱を企む市民を鎮圧するはずだ。
ならこれは……?
「革命の話は、当然イサークも知っているだろう。ただ、それに対して何のアクションも起こしていない。兵士も、増えるどころか、減っている。炙り出しも行われていない。加えて、先の『王子公開処刑演説』……革命軍を煽るような行動をして何になる? あれで生命税に対する覚悟を示したらしいが、逆効果だ。思った通り、今回見回りしたすべてのところで革命の話が持ち上がっていた」
「なら王は、何がしたいのでしょう?」
「俺にはこう聞こえるんだ――――『この国を壊せ』ってね」
「……は?」
「ま、予測に過ぎないんだけどな」
「そ、それは無い話なのではないでしょうか。だって、『王』ですよ? 国を、壊すなんて」
「さぁな。でも今が、国を壊すチャンスなのは確かだ。王権を誰に譲るかは後々考えればいい。ともかく今は――――」
「――――レイスさん本人は、どうお考えですか? この、今の状況を、覆すべきか否か」
レイスは少しだけ考えた。ズレた眼鏡を右手中指で戻し、僅かに鼻を触ってから、ゆっくりこう言った。
「俺の感情は存在しない。厳密に言えば存在するが、騎士長という立場にいる以上、語ったところでどうなるわけでもない。『革命』への原動力は、全て俺たちへ投資してくれている市民の気持ちだ」
「そう、ですか」
「他に質問はないか? んじゃ、作戦を説明する」
作戦は、特に捻りのないものだった。
一週間後、各地に設置された拠点から騎士たちが一斉に王城を占拠する。バインド系の魔法を使える者を含めた二千人が主に王国派の市民を拘束・保護、レイス直属部下十二名がそれぞれの拠点の精鋭を指揮し王国騎士を制圧。その他不測の事態に備え、ヴァンクール諸拠点にはいくらかの兵を残し、更にレイスの判断で動く特別精鋭班を用意。ディアケイレス、ビルギット、ギルバード、ローレル、イブの六名が特別精鋭班に分配された。
市民の安全を度外視するなら、精鋭班の六名だけで可能なものだったが。
会議が終わった後も、ビルギットの考え事は終わらなかった。果たしてこれが正解の選択だったのか、革命や幻魔教への解釈がどこか飛躍しているような気がしてならなかったのだ。
幻魔では、地位が神霊種の適応度によって決まる。つまるところ、「祝福」とやらの純粋な強さで決定される。従って組織としての機能は弱いはずだ……もしこれが本当であったとしても、「コーマ」なる人物の暗殺が可能なのかどうか。そもそもコーマ自身の能力が公になっていないし、その他構造神の使い手の能力にも不確定要素が多すぎる。あまりにも早計過ぎると判断せざるを得ない。
特に、翡翠派のタイジュ・キリサキ。「確率神ヴァール・ガイリュウ」、確率を操ることができる神霊種。幻魔教に「大いなる目的」があったとして、それが既に「確定」されたものだったとすれば――――我々はなすすべもなく神の力の前にひれ伏すばかりなのではないだろうか?
☆
ビルギットとディアには宿舎の部屋の一つが与えられた。会議から二時間後には、飯も風呂も済ませ、残りは寝るばかりの時間となっている。
ビルギットは、もう一度神霊種についての資料を見直している。つかみどころのなく、研究のしづらい相手であるのは間違いない。何しろ相手は「概念」なのだから。
精神器官を宿す動物が、世界を認識する際に用いる「概念」。それを核として体を持ったのが神霊種。幻魔教には、異世界から人間を、神霊種の能力を付与させて呼び寄せる魔法技術が存在する。所謂転生魔法だ。ここアンラサルでは、遺跡調査により、過去にも似たようなことが起こっていたことが確認されている。神霊種の能力を人間に直接宿らせる方法だ。以前にモトユキとともに確認したこととほとんど同じことで、彼らの体の一部を人間に移植するのだ。
「……ディアさん?」
「なんだ?」
ふと見れば、ディアが神妙な顔立ちで何かを考えていた。ベッドの上で胡坐をかき、風呂に入ってふわふわになった髪の毛をいじりながら。
「いえ、いつになく真剣な顔をしていたので」
「……ミヤビには、レベラーという能力があった」
「ミヤビさんに?」
「ミヤビはもともと幻魔によって転生させられた人間だ。そして、そのレベラーという能力は幻魔の転生者に標準装備してあるらしい」
「どんな能力なんですか?」
「相手の能力を数値化して見ることができるんだ。筋力、魔力、知力、賢力の四つだ」
「権力?」
「賢い力、と書くやつで、頭の良さを示すんだ」
「……それで、ディアさんが真剣な顔をしていたのと何の関係があるんですか?」
「レイスは昼間に、こう言ってた。『馬鹿だ』って。でも、そこに違和感を感じる。転生魔法の詳しい仕組みは知らんが、そもそもレベラーは、わざわざ搭載する必要のない能力なんだ。必要なのは『言語理解』くらいのものだろう。だけど、全員が全員、相手の『頭の良さ』と『経験値』を知ることができる」
「確かに。魔物を相手にさせたり、人間を殺戮するという目的のためなら、コストパフォーマンスが悪いですね。レンのように強力な人間に任せれば、簡単に終わるのに」
「加えて、『頭の良さ』を計る魔法は、難しい。『経験値』だけなら、脳のシナプスの多さや大きさを計る魔法を作ればいい。が、賢力の場合はそうはいかない。神経系の伝達速度や複雑さ、脳自体の表面積や体積の大きさといった単純な手段では計れない。そいつの思考パターンや気質、周りの環境、現在の感情や状況にも左右されるから、それも考慮しなければいけない。何よりも『頭がいい』は人によって物差しが違うから、何かしらそれを定めなければいけない」
「単純な脳の性能を表しているという訳ではないのでしょうか?」
「ミヤビの脳とモトユキの脳、二人は全く思考回路が異なるだろう。単純な性能で比較した場合、ミヤビの方が遥かに良い結果が出るはずだ。あいつは魔物との戦闘において、細かな操作が可能だ。この場合、確かに『勉強』という思考回路は遅いかもしれないが、『戦闘』という回路はかなり効率的に動いている。魔法で、『勉強』と『戦闘』の区別をつけられるとは思えない。何故なら人によってどのように感じ取るかは変わってしまう……つまり伝達回路が変わってしまうからな」
「……よ、良く分からなくなってきました」
「もし本当に、レベラーが完全な魔法ならば……つまりそれは躍起になって開発したということ。躍起になるということは、そのくらい必要だったということ。なぜ必要だったのか、それは――――」
「それは?」
「頭の良い奴に従わせるため、というのが有力だろうな」
「……?」
「例えば構造神を持つ奴ら。もし彼らが反乱を起こせば、コーマという奴もただじゃすまないだろう。完全にねじ伏せられるほど、簡単な問題じゃない。構造神は吾輩でも勝ち目がない存在だからな」
「……」
「そいつらを従わせる。頭の良さというのは、意外と馬鹿には効くんだ。『あいつが言っているのなら間違いない、勝ち目がない』って感じで、何も疑わずに肯定してしまう。何しろ祝福の力を持つのは人間、感情のある人間だ。レイスの言った通り、そこが弱点なのは間違いない。そいつらを簡単に従わせるための、一種の手段だ」
「なるほど。要は『コーマが自分を頭良く見せたいから作った』、だが半端な魔法ではだめだから、コーマなる人物の『物差し』を用いた計測魔法、それがレベラーということですね」
「ああ。概念神には、意外と他人の心に介入できる祝福が少ない。『意識神』がそれを総括してしまっているからな。レンはそんな思惑のコーマに気が付いて、逃げ出した……もしくは従いながら遊んでたっていうのが実態だろう」
「しかし、コーマはあまり人前に姿を見せないと言いますよ?」
「数人で十分だ。構造神をもつリーダーさえ従えれば、それで支配できる」