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イサーク王に人の心はあるのだろうか?
まるで自分の子供を物のように扱うその姿勢は、とてもじゃないが人間とは思えない。ジルベルト姫は跡継ぎに使えない人間であり、尚且つ権限もないとはいえ、その前に実の娘であるはずだ。実の子を愛さないほど罪なことはない。現に、彼女は実の父親に恨みを募らせ、それを正義という形で発散しようとしている。
先ずは休ませて、そこから冷静に行動を判断させるべきなのだろうが……俺には王族のシステムの学が全くないから、何も提案してやれない。彼女のことを守ってくれるような親戚が居ればいいのだが、記憶を繰り返し見てみても、王族は皆イサークに従っている。アーフィ王子の件でどうなったかまでは情報が無いが、情報屋のネズミが知ってない時点でお察しだ。
俺は、彼女に粥を嚥下させながら、そんなことを考えていた。
「も、もう大丈夫ですわ! 一人で頂けます!」
「お疲れでしょう。身の回りのことは一通り致しますから、ごゆっくりお休みください」
「なりません!」
「無意識に倒れてしまう状態です。姫様の意見は聞けません」
「……っ」
敬語の使い方ってこれであってるのかな?
風呂から上がったルルが、唇に人差し指を当てながらこちらを見ていた。見れば髪の毛はびちゃびちゃで、碌に乾かされていない。生まれてから日が浅いながらも、風呂には一人で入れるらしいが、髪の毛を自分で乾かすことはできないので、今までは俺が乾かしてやっていた。
すまないが今は自分でやってくれ、と俺は目で合図を送る。彼女はほんの少しだけ眉をひそめたが、渋々自分ですることにしたらしい。隣のベッドに腰かけ、くしゃくしゃとタオルで頭をふく。
「お風呂はいかがいたしましょうか。体調がすぐれないようでしたら、お身体をお拭きいたします。私めがお気に召さなければ、代わりにルルンタースが」
「……では、ルルンタース、お願いします」
「……ルル、すまないが頼んだ。タオルとお湯は俺が用意する。やり方は、わかるだろ?」
「……えぇと、やっぱりモトユキ、貴方で構いません」
露骨に不貞腐れるルルを見て、ジルベルトは選択を変えた。大方、俺の意識がジルベルトに向いていることが気に食わないのだろう。それとも姫にへつらうことが嫌なのだろうか?
しばらく後、ジルベルトがある程度回復してきたところで、身体を拭きはじめた。セクハラを気にしている場合ではないと分かっているとはいえ、なかなか悪いことをしている気分は抜けない。ともかく清潔な状態を保たなければいけないのだ。体が衰弱している今は、風邪でも十分な脅威となりうる。
体に目立った外傷はなかった。当たり前といえば当たり前なのだが、そうであることに越したことはない。
「その、モトユキ」
「はい」
「なぜあの子は、あんなに肌が白いのですか?」
「アルビノ、と呼ばれる先天的な疾患です」
「……その、何か困ったことはありますか?」
「強いていうならば、太陽の光にあたることができないことと、のちに視覚に異常が出る可能性があるということくらいですね」
「あの、えぇと……もし、ルルンタースが失明したとして、モトユキはどのように接しますか?」
「一生面倒を見続けますよ」
「……でも、貴方達は見たところ、本当の兄妹ではないようですわ」
「……?」
「……!」
ジルベルトは、それ以上何も聞いてこなかった。ルルのキスがなくても、彼女が何を考えているのかは容易に分かった。「普通はそうですわよね……」ってところだろう。そうさ、「普通」はそうなんだ。例えどんな重い障害や病気を持ったとしても、「家族」ならば見捨てない。実の息子を見捨てられるイサーク王は、だからこそ狂っている。
……彼女は深い虚無感を感じているようだ。
そこからは無言だった。静寂な時間で、ストーブのごおおという音しか聞こえてこない。じわじわと温まるこの部屋で、ルルは退屈そうに足をばたつかせ、ジルベルトはどこか遠くを見て物思いに耽っている。何か娯楽があれば良いのだが、生憎ここは無愛想なところで、なにもない。ただただベッドが二つあって、寝るためだけの簡素なところ。
「……ご存知の通り、ワタクシの弟は殺されました。それを貴方達がどう思われるかはわかりませんが、ワタクシは王を憎み、革命を志しています。もしも貴方達が王権支持者なら、今すぐ立ち去ってください……」
「……?」
静寂に慣れ、そろそろ身体拭きも終わる頃に、彼女は急に話し出した。
「っ……すみません。ワタクシは動けませんし、お金も今、払うことができません。ですから、その……」
せっかく着せた服を脱ぎ、裸体を俺の前に露わにする。
俺の思考が止まった。あまりにも唐突のことすぎて。
「ワタクシの身体で、よ、よければ……っ」
顔を真っ赤にしながら、彼女はそうはっきり言った。
――――パン!
乾いた破裂音は、ルルが頬を打った音だった。いつもは無機質に振る舞う彼女の行動に、ますます俺の思考が止まる。
「ばーか」
可愛らしい声でそう言って、はだけた服を戻す。そして、ぐしぐしと、彼女の茶髪を撫でた。ジルベルトの大きな瞳から、涙が溢れ始める。
ルルンタースの初めて発する言葉に隠された、暖かい意味。
これが彼女にとって本当の救いとなったわけではないが、なぜか俺も、胸の奥が締め付けられるような気分だった。