2-3
男はギルバード、女はローレルと名乗った。
名前を聞いたら変な顔をされた。
ディアは何だか懐かしい感覚がしたが、彼らを思い出すのに少しだけ時間がかかった。――――あぁそうだ、こっちの赤い奴はむになんとかを作ってくれた奴だった。それから、モトユキに止められてキレてた。白い奴は……風呂に入れてくれた奴だ。痛かった。
「あれ? あの顔面が黒くなった奴は?」
「イングリッドさんはディオックスに残った。俺たちだけこっちに来て、今はここで『騎士』ってやつをやってる……騎士かどうかは良く分からんが。イングリッドさんがやってたようなものとは全然違う……ってこの話をしても分かんねぇよな」
ギルバードがどこか温かみのある声で答え、少しだけローレルの微笑みが強張った。二人はちらりと意味深なアイコンタクトを取ったが、特別気にすることでもないので、ディアは放っておくことにした。
「えぇと、その……何があったんですか? ディアさんのお知り合い、なんですよね? できれば一からお話をしていただきたいところですが。あ、どうぞお掛けください」
話題についていけないビルギットが言う。だが、そんな彼女を無視して、ディアは問いを続けた。彼らがイスに座る間さえも、無駄にしたくないようだ。
「……で? なんでここに?」
「それはこっちのセリフだが……まぁいいだろう。お前たちがここにいるのは、どうせ大したことのない理由だろうからな。あの時だって、そうだった」
「ここはギルの故郷なんです。今はこんな感じで荒れてますがね、ハハ」
「『魔力不足』……その原因が分からない限り、俺達にはこうしてここで働く以外に貢献できない」
自分が蚊帳の外にいることに、少ししょんぼりしているビルギットを見かねたローレルは、ぱっと明るい声で聞いた。
「ビルギットさんは……えぇと、どんな感じでモトユキ君と知り合ったんですか?」
「どんな感じ……ですか。そうですね、意外とあっさりしていたもののように感じます。私が名前を聞いて、モトユキさんがモトユキですと返す、どこにでもあるような出会いです」
「モトユキ君のお仲間ということは、かなりお強いんですよね? 今までに感じたことのない魔力を感じます」
「ありがとうございます」
「ところで今日は、どんなご用事で?」
「……『幻魔教』について、調べに来たんです。機密情報らしいので、足止めを食らってますが」
彼女はこれを漏らすかどうか迷ったが、モトユキの知り合いであり、且つディアと対等に話ができる人物だったので、彼らを信用することにした。彼らが騎士であるならば、協力を仰げるかもしれなかった。
「幻魔教、ですか」
「成程、じゃあお前は今から、俺たちに開示を求めるんだな?」
話をすぐに理解したギルバードがそう言った。
「ええ、その通りです……教えて下さい」
「残念ながら、俺にはその権限がない。全てはレイスが握っている」
「レイス?」
「騎士長だ」
ギルバードはくしゃくしゃと頭を搔く。何を考えているのかビルギットには分からなかったが、どうにもレイスなる人物に会わなければ話が進まないようだ。
彼女がディアの方をふと見ると、あと十秒もあれば寝てしまいそうな様子だった。
「……なんで、幻魔教を調べてるんですか?」
「最終的には『潰す』ことを目的にしています」
その言葉に二人が戦慄し、しばらく言葉に詰まった。会話の中に緊張感が走ったのには、ビルギットは気が付けなかった。
「……それは、かなり難しいと思いますが。戦力だけの問題ではなく、倫理とかそういうのも関わってくるはずです。結果的に大量の人が死ぬ結果になる可能性も」
「ええ。だから、調べています。それを今後どうするかは、モトユキさん次第です」
「そういえば、本人は?」
「別の情報を集めています。これ以上の公言は、私では判断できません」
「……凄く強い力を持っている子なのは知っていますが、前に私が会ったとき、ずっと張り詰めた顔をしていたのを覚えています。今は、モトユキ君、どんな様子ですか? 友人として知りたいです」
「……分かりません。私には、人並みの感性が備わっていないので」
「……??」
それからまた少しだけ沈黙が訪れた。
奇妙で異常なこの関係は、彼らが思考を要するのも無理ないことだった。お互いがお互いのことを探り合う戦慄した状況。一つ間違えれば、何か大きなものが崩れそうな感覚。実際はそんなこと無いのだが、二人はその不安を心のどこかで感じていた。
ディアは興味なさげに寝ていた。
「……そういえば、ディアちゃん、亜人、なんですよね? 瞳孔が人間のモノではないですし、一緒にお風呂に入ったときも、『角』がありました」
「角……それは初めて知りましたね」
「……蜥蜴、か? でも『角』があるし、潜在能力が飛びぬけすぎている。それに『爬虫類』の亜人は、かなり珍しい上に、人間の体とあまり馴染めないから、その特徴が顕著に表れるはずだろ。俺の目には、今こいつは、ただの女の子だ」
「そうですね……さしずめ、『ドラゴン』かと」
「……アンラサルにいたか?」
「いえ、いません。竜人と呼ばれている人は全て『蜥蜴』が元です」
「そもそも、亜人って何なんですか? 適者生存で説明できない気がするんですが。事実、亜人の方々は、その特徴を活かし切ることができていないように思えます。まるでテクスチャだけ違う人間です。尻尾や耳が無駄に大きい分、デメリットでもあります」
ビルギットは素直に疑問をぶつけてみた。
二人は少しだけ驚いた顔をした。そもそも「適者生存」なんて言葉を聞いたことが無かったから。ただ、彼女の持つ学術は、自分たちのものとそう変わりないと判断して、話を進めた。
「……ええ。自然界では、『かなり異質』と言えます。何かを模倣するように動物が進化をするのは珍しいことではないですが、人間に特定して、不安定な進化を遂げているのは、それ系の学問でも謎とされてきました。しかしここアンラサルでは、遺跡調査の技術が発達しており、結果的に『造られた存在』であることが明らかとなっています。ディアちゃんは、その子孫、ということではないでしょうか」
「だが、『ドラゴン』は聞いたことが無い」
一同はディアを見つめた。
彼女は机に突っ伏して寝ているだけだった。