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念力に限界は無いらしい  作者: BNiTwj8cRA3j
三章 誰かの為に
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0 「歪んだ正義」





「――――おとう、さま、どう、して……?」





 晴天の下、蚊の鳴くようなジルベルトの声が、沈黙の中へ放り込まれた。

 彼女らの下では、一万以上の民がいるというのに、まるで真夜中のようにしんとしている。



「ジル、これは仕方のないことだった。さぁ、部屋に戻りなさい。今日のこの時間は、第三類魔法学のお勉強だったはずだ」


「……あー、ふ? ねぇ、アーフ! ねぇ、ねぇってばっ!!!!!!」


「アーフィは英雄となった。この国を救う、な」



 しわがれた低い声で、王は話し始めた。しかし、優しい響きも持っている。

 父親として接してくる彼に、ジルは異様な嫌悪感を覚えた。


 ……それも当然のことだった。

 彼は、ジルの弟アーフィの「首」を持っていた。それは、造られたものではなく、昔のものでもなく、絵でもなく写真でもなく……今さっき切り離された、紛れもない本物だったからだ。


 アーフィの首のない胴体からは、ぴゅうぴゅうと血が未だに吹き出ている。ジルは、それが怖くて怖くて仕方がなく、体から力が抜けていくような感覚がした。

 ぼろぼろと、涙がこぼれ始める。弟が殺された悲しみ、怒り、そして「恐怖」。



 ――――逃げなければ。そして、戦わなければ。



 半ば本能的にそう感じた彼女は、力ない足取りで、王城の演説台から去ろうとする。

 王は、そんな彼女をちらりと見た後、再び民のほうへ振り返り、言った。





「さぁ、民よ! 今こそ〇×▲◎☆……」





 中へ入ったジルは、音を聞くのも忘れて走った。思考の端では、王が「素晴らしい」演説をしている。民が彼の声に一心不乱に耳を傾け、まるで、まるで、「弟の処刑」を肯定しているかのような、そんな異常な空間。

 王城内部は、静かだった。当たり前だ。王の演説なのだから、側近の騎士以外は内にいるわけない。今彼らは何を思っているだろう。彼らもまた、狂人なのだろうか。


 ジルは、走った。

 とにかく走った。

 この狂った空間から、一秒でも早く抜け出したかった……。


 冷たく乾いた空気が、何度も体を出入りする。喉が渇き、唾を飲み込むと、針で刺されたような痛みが走る。それ以上に、目の奥が痛い。寒いのに、熱い。





 アーフィ・リーベ・プレイアデス。

 アンラサル第一王子で三歳の男の子。ジルベルトとは十四歳も年が離れた弟だった。母親と同様の、桃色の髪の毛を受け継ぎ、目も髪もくりくりして可愛い弟。


 だが、重度の知的障がいを持っていた。三歳になっても立つことも話すこともしない。ただ赤ん坊のように世話を焼かされるだけ。しかし、ジルベルトは本当に可愛がっていた。愛していた。



 ……それなのに、あの王は。父は。



 確かに、今、アンラサルはつらい状況だった。

 近年、魔素濃度が異常に低くなり、とうとう飢饉が起き始めていた。食物がうまく育たないのだ。食料が足りなければ、他の産業にも影響が出始め、じわじわと国力も落ちてきている。このまま魔素濃度が低くなれば、そもそも人間が生活できなくなる状況に……。


 だから、「いらない人間」は切り捨てる。彼女らの父、イサークことプレイアデス七世は、「生命税」という理不尽な税金を提案した。命に税金をかけ、それを払えないのなら、殺す。仕方のないことだ。弱きを挫かねば、生きていけぬのだから。その税金は、食糧生産へと充てる。

 今まで殺されたのは、アーフィのような障がい者がほとんどだった。人間の醜さが露呈した証拠だった。民はそこへ一切触れずに、王へと怒りの矛先を向けている。


 ジルはこれを知っていた。気に食わぬことではあったが、こうしなければ国が潰れる。現に、これのお陰で、少しだけ立て直しつつある状況だ。

 しかし、歯がゆい。慈悲の神「メデドーゲン」の教えでは、障がい者も同じ命として尊重せよとある。「害」を「がい」と書けともある。これが、彼女が子供のころから守り続けた教えであり、常識であり、当たり前だった。


 だが、現実はどうだ?

 あの冷酷無比な王は、自分の子さえも邪魔だと判断すれば切り捨てる。

 反感する民を黙らせるための道具として扱う。

 目的のためなら子殺しをも厭わぬ悪魔だ。



「……止めなきゃ」



 ――――革命を。慈悲神の名の下に、正義の革命を。



 ジルは自分の部屋へ戻ると、ナイフと薄茶色のローブを引っ張り出した。そして裏口から街に抜け、人通りの少ない路地へと入る。


 ……そのナイフで、自分の腰まである茶髪を、雑に切った。肩のあたりまでに短くなった変な髪の毛は、とても王女とは思えない粗末なもので、少年のよう。

 次に、自分の顔の中央に、横一文字に傷を入れた。とても痛い。死ぬほど痛い。けれど、彼女の覚悟はそれくらいで揺るがない。



 今日のことを、ふと、思い出した。

 教師が出張だというから、自分一人で勉強していたところに、不意に、人々の怒号が聞こえてきたのだ。休憩がてら高いところから覗いてみると、初めはまるで暴動が起こったかのように見えたが、そうではなかった。民たちは武装していないし、王城の使用人たちも外へ出ているから、これは「集会」だった。

 遠くて何を言っているのか分からないが、最近の政策について、また一言二言するらしい……そう理解した矢先に、アーフィが現れた。王はひょいと片手に彼を掲げ、民に何かを言った後、「殺した」。


 見間違いかと思った。見間違いであってほしかった。

 慌ててそこへ向かったが……。


 もう、あの声を聴くことができない。

 体温を感じることができない。

 名を呼ぶこともできない。


 涙が、頬の傷の血を掬って降りてくる。服を汚してしまったが、逆に好都合だ。

 みすぼらしければ、捕らえられる可能性がぐっと低くなる。



 ローブのフードを深くかぶり、王への称賛の声が遠くで響くこの有象無象の街へ、ジルベルトは消えていった。

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